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第6話

            ◇◇◇

 ギルバートの「毒か……」の一言を聞いてすぐさま部屋にあった水槽に生姜湯を入れたら、案の定魚がすぐに浮かんできた。


 ギルバートに毒を盛ったのは、一月前に入った若い下働きだった。いつもニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべていたので以前から皆に怪しまれていた。


 しかしとうとう今回尻尾を出したのだ。


 サイラスはギルバートに手渡された死んだ魚を医務室に持ち込んだ。検出されたのは即効性の神経毒だ。どうやら生姜のエキスに紛れさせていたらしい。


 あまり癖のない毒なので、匂いだけでは分からない事もあると言う。


「ですが、王子は部屋に持ち込んだ途端に毒か、と」

「それは流石というか何と言うか……こうやってすぐに死体を検分させたのも、全てご存知だったという事でしょうか」

「どういう意味です?」

「この毒はすぐに体に吸収される特殊な毒です。それが分かっていたので、すぐに魚を水槽から引き揚げてここに持ち込んだのでしょう。おかげで毒の成分がこんなにも残っている! これで解毒薬が作れるかもしれません」


 体内に入る事で初めて毒性を発揮する毒である。しかもこの毒は神経を一瞬で麻痺させた後すぐに体に吸収されてしまい、今までその全容はよく分かってはいなかった。


 しかし、ギルバートの手柄によって魚はまだ毒を吸収しきれない間に死んだようだ。これでどこから吸収され、どんな風に弱るのかが分かる。


 手を叩いて快挙だ! と喜ぶ医者のモンクに魚を託し食堂に行くと、そこには騎士団の連中が青い顔をして座っていた。


「どうしたの?」


 サイラスが声を掛けると騎士の一人が振り返った。


「いやな、毒殺犯の処遇を聞いてさ、やっぱりあの方は容赦ないな、って。よりによってあの泉に沈めるっていうのがさ……怖すぎるだろ」

「ああ、確かに」


 サイラスはあの丘の上の泉を思い出して思わず口元を押さえた。


 あの泉は通称悪魔の泉と呼ばれている。酸がとても強く、入ったものを何でも短時間で溶かしてしまうのだ。そこに沈めろだなんて、ギルバートの冷酷さが伺える。


 けれどギルバートを毒殺しようとした時点で、どのみち処刑だ。首を刎ねられるか溶かされるかの二択である。


「やっぱり王子は怖い人だ……あの水槽だって、元々毒見役に置かれてるんだろう?」


 騎士の言葉にサイラスは頷いた。


「そうだよ。ちょうど一月前に突然魚を飼い始めたんだ。だから僕はピンときたんだよ。ほら、よく命を狙われてる人って魚とかに毒見させるでしょ? あれだなって」


 今まで試した事など無かったが、今回初めてあの水槽が役に立った。逆にあの水槽が無かったらと思うとゾッとする。


「あらかじめ、こうなるって分かってたのかもな」

「どういう事?」

「だって、下働きが入ったのも一月前だぞ。そして水槽を置いたのも一月前。偶然にしちゃ出来すぎだろう?」

「言われてみれば……」


 一体いつから分かっていたのか、凡人には天才の思考など分からないのだと改めて認識したところで、騎士団とサイラスはギルバートに恐れを抱きつつ、無言で昼食を取ったのだった。


          ◇◇◇


 庭には二羽鶏が居る。いや、ダジャレでは無くて。


 ギルバートは朝食に出される卵を自ら取りに行くのが日課だ。こう見えてギルバートは動物が好きだ。動物からは大抵嫌われるが、それでも好きだ。


 今日も鶏の卵を取るべく庭に出てみたが、そこに鶏は居ない。


 何故だ。可愛いコッコちゃんとピッピちゃんが居ない。確かに二人はいつもギルバートを見ると逃げ惑うが、それを追いかけて卵を産ませるのがギルバートの仕事なのだ。


 鶏にとって卵詰まりは死に至る危険もある為、欠かせる事の出来ない日課だというのに!


 ギルバートは視線を庭から繋がる森に向けた。森には野犬が居る。万が一コッコちゃんとピッピちゃんに何かあったら、ギルバートのガラスのハートなど粉々に砕けてしまう事必須だ。


 ギルバートは走り出した。森に向かって。


 森の中は爽やかな朝だと言うのに木々が生い茂り薄暗い。


【こういう場所は本当に嫌いなんだ。じめじめしてるし、何よりも暗い!】


 気味の悪い蔦が絡まる木も不気味だし、食べたら絶対に死んでしまいそうなキノコも怖すぎる。大体どうしてこんな手の届く所にこういうのが生えるのかが解せない。


 下ばかり見て歩いていたギルバートは、いつの間にか目の前に花畑が広がっている事には気付かなかった。


 ふと顔を上げて花畑を見て、ギルバートはゴクリと息を飲む。


「何てことだ【こんな所にこんな花畑があったなんて!】」


 すっかりコッコちゃんとピッピちゃんの事を忘れてしまったギルバートは、花畑の真ん中に一人の少女が倒れているのを見つけた。急いで駆け寄りその顔を覗き込んで息を飲む。


【か、可愛い……】


 正に胸キュンである。見事な金髪は腰までありそうな程長い。フワフワと風に揺れる様は、あのトウモロコシ人形よりもずっと手触りが良さそうだ。思わず手を伸ばしたギルバートは慌てて手を引っ込めると、少女を覗き込んだ。


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