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第26話 そして生まれる~シン視点~

 その様は可憐に咲き誇る花のようだった。純真無垢な天使そのものだった。


 フェルが顕現してからのロサはとにかく楽しそうだったが、今日は更に楽しそうだった。


 それはそうだろう。待ちに待ったケットシーまで顕現したのだから。


 花か天使かというようなほほ笑みで「クローよ」と紹介されたときは笑ってしまった。黒い猫だからクロー。単純明快だ。


 いつだったか彼女がネーミングはわかりやすく覚えやすくつけるかインパクト抜群な忘れられないものでなければ意味がないといっていた。


 つまり今回は前者だったのだろう。


 魂の本質とは早々に変わらないらしい。それが嬉しくてわらってしまったのだが、どうやらネーミングを笑ったんだと勘違いしたらしく頬を膨らましている。


 どうしようかわいい。食べたくなる。あの柔らかなほっぺたをぽくっと食めば甘やかな味がしそうだ。


 思わず見つめていればなにかもの問いたげな視線を感じるたのは夕食前。


 今は先に湯浴みを済ませたロサがベッドですやすやと寝息を立てている。ロサがこの世界にやってきた喜びの勢いで数日同じベッドで寝ていたが程なくして気づいた。


 この世界の常識をこれから覚えていくロサがこの関係が異常だと気づくのはそう遠いことではないだろう。


 生まれ変わり組は夫婦で転生するので新しい環境への不安からまた結婚するペアも多いが、別々の道を編むペアだって珍しくない。


 つまり、男女関係は前の世界の延長ではない。それはまっさらでいちから関係を築くということだ。この世界の男よりもちょっと有利というのはあるだろうが一方的な思いで縛ることはできない。


 したがって彼女にも選ぶ権利があるって話だ。今は頼る縁がなくて俺のそばにいる。


 意図してそう仕向けたのは俺だ。


 俺の狭量で醜い独占欲だ。


 他なんて見てほしくない。俺だけでいいじゃないか。やっと会えた。存在を確かめるように抱きしめて眠った。不安だったから。夢見た彼女が目覚めとともに消えるように朝起きていなくなっていたらと不安だった。


 それも落ち着いてきたこの頃。精神的に余裕の出てきた俺は下半身にも余裕ができてきた。腕の中に収まる甘やかな存在に反り立つ欲が出口を求めて暴れるのだ。


 そもそも未婚の男女がひとつ屋根の下などこの世界では非常識で低身長のロサが幼く見えることを鑑みても旗から見たら幼女誘拐の監禁変質者だろう。


 これらを考慮して寝室は分けるべきだと思い提案したら俯かれた。袖をちょんと引かれて「分けるの?」とか細い声で言われて誰が肯定できるだろう。


 俺は無理。


 そんなわけで今も一緒に寝ている。


 俺、頑張ってる。若い肉体持て余してある意味毎晩修行僧。


 眠るロサの前髪を人差し指の背でそっと払い、穏やかに上下する唇にそっと近づく。


 「……。」


 無言の圧を感じる。耐えかねて振り返れば4つの瞳。


 『獲得者が契約者を襲おうとしているぞ、クロー。』


 『心配ないだろう。この方は契約者に嫌われるとわかっている行動はしないだろうよ。』


 なんか好き放題言われている。


 『ときに獲得者よ。』


 「それは俺のことか?」


 『いかにも。我らは魔物討伐簿戦利品、本来なら獲得者が我らを目覚めさせ契約し契約者となるもの。しかしどうしたものか此度は些か勝手が違うようだ。』


 『ですので私どもは一度確認をしておきたいのです。獲得者殿。私どもは卵にあっても外を知っておりました。あなたが私どもを孵化させる様子がなく暗く冷たい場所に置いていたことも。』


 「不服が?」


 『いや。我らはそのおかげで暖かな甘く極上の主に出会えた、僥倖と言えるし、獲得者殿が契約者殿になりたいわけでないことも理解している。』


 「そうか……。最初からロサに捧げるつもりだったからね。君らなら高難度魔獣からの獲得物だし、そこらの魔獣なんかより彼女を守ってくれるだろう。俺は彼女が傷つく姿を見たくないんだ。」


 『これはこれは……。薄々思っておりましたが過保護でおられる。万一に主を贄にし私どもを意のままにする輩かとも思いましたがそれは心配なさそうでなにより。』


 「待った。贄とはなんだ?」


 『おや?獲得者はご存知ない?てっきり存じ上げた上で贄にして契約者をてごめにし、私どもを間接的に使役するのではと一抹の危惧をしておりましたが……。その溺愛からも察せられましたがやはり無用の心配でしたか。』


 「だから!贄とはなんだ!?」


 『私ども従魔は主が死すとその血肉を喰らいます。そうして主の存在を跡形もなく消すことで契約の楔から解放されるのです。人間の中には死後といえどその身が残らないことを毛嫌いする者がいる。私ども魔獣にはわからぬ概念ですが……。そういう者は他者に契約を行わせ契約者を籠絡し囲うことで従魔を操る愚か者もおるのですよ。まぁ、なにせ髪一筋爪の先一片すら残りませんので。』


 「そん……な。」


 『召喚師が少ない理由はそこにもあるのでございましょう。故にそのことを知る者は今となっては稀有でございますが。』


 「食べる……のか?ロサを?」


 『如何にも。だがそれは主殿の死後だ。』


 「まってくれ……それはいくらなんでも……。」


 『既に契約は成されました。もう変更はできません。主様がお亡くなりにならぬ限り。』


 「そん…な。ではお前たちが血肉欲しさに彼女をわざと死に追いやることは……。」


 『ない。我らは長命種で急ぐ理由がない。主殿が生きていれば魔力が供給されるので無駄な食は取らずとも良くなる。それに主殿と過ごし信頼や絆を獲得すればその味が血肉にやどり魔力と混ざり極上の餌となる。早めるのは愚行である。』


 『獲得者は主様が傷つくことなく守られれば良いと仰る。ならば私どもはそれを願いを守ることで獲得者の権利を行使したとみなしましょう。以降私どもの主様はロサ様のみでございます。』


 『我らは2つ主は持たない。忠義とはたった一つに注がれるもの。願いを受け入れることで義は果たした。我らの主はロサ殿のみとなる。主に害なすものは容赦せぬ夢や夢忘れるな。』


 フェルはニタリと笑って体を丸めた。どうやら眠ってしまったらしい。クローも熟年の執事の如し所作で一礼するとフェルの腹のあたりで丸まった。


 いくら死後とはいえ衝撃の事実を知ってしまった。これってロサは知っているのか?俺はなんてものを彼女に渡してしまったんだ。


 結局その日は寝れなかった。存在を確かめるようにロサを抱きしめてまた失うのかと怖くなった。


 それなのに翌朝俺の様子がおかしいことに気づいたのかロサに問われて答えられずにいるとあいつらがなにか言ったのかもしれない。


 ロサはいつもの花のようなほほ笑みで俺の顔を覗き込んで言ったのだ。


 なぁんだ。そんなこと気にしてるの?と。


 それからこともなげに言うのだ。


 死んだあとなんだから食べられても痛くないし私はわからないから構わない。残された人はちょっと寂しいかもしれないけど悲しんでくれる人の胸には思い出が残るから大丈夫でしょ。死体は誰も幸せにしないし、火葬や土葬の手間がなくてエコじゃない。大体、誰が先に逝くか残されるかわからないのにそんな先のこと考えて生きてたら何もできないじゃない。今を楽しまなきゃ損でしょ。だからこの子たちを嫌わないでね。私はちゃんとわかってて契約したのだから。


 笑顔でそう言われて誰が反対できるだろう。それにもう取り消せない。だから彼女を抱きしめて囁いた。俺より長生きしてねって。



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