目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
病棟R:タイムコードE
病棟R:タイムコードE
手塚部長
ミステリー推理・本格
2025年06月07日
公開日
2,905字
連載中
ある日目が覚めた主人公。すると知らない白い天井。カチカチと鳴る時計の音……どうやらここは病院らしい。病院に入ることなんてしたか?と思いつつ(本編では思わない)この病院から抜け出すことはできるのか

0〜3章



呼吸のリズムに合わせて、どこかで機械が「カチッ、カチッ」と音を立てている。

だが、心電図の波形は見えない。


頭が重い。名前が、出てこない。

何者なのか、自分がここにいる理由も、まるで分からなかった。


「……誰か、いますか?」


声を出したのは反射的だった。だが、返事はない。


代わりに、天井のスピーカーから合成音声が降ってきた。


> 「症例R-001、意識レベル:確認。再起動成功。」

「タイムコードE、00:00にリセット。退院処理は未完了です。」




その言葉を聞いた瞬間、心のどこかが強く拒絶した。

聞いたことがある。いや、それだけじゃない。


……この声を、何度も聞いた気がする。


だが、記憶は白紙のまま、ただ恐怖だけがにじんでいく。


僕はここから出られるのか?


それとも、もう何度も出ようとして、戻されてきたのか――。

~~~~~~~~





『病棟R:タイムコードE ― 症例R-001 ―』


第1章「朝の回診」



---


> 「おはようございます、R-001さん」


声をかけたのは、看護師のような服装の女だった。

淡い水色のナース服、白いマスク、アイコンのように整った髪。


年齢も雰囲気も、まるで量産された人形のようで、違和感があった。


「体調はいかがですか?」


「……覚えてません。というか、何も覚えてないんです」


「はい、それは正常な反応です」


その返答に、思考が止まる。

何が「正常」なのか?


女は淡々とタブレットを操作しながら言った。


「症例R-001、反応チェック:完了。認識再構築フェーズへ移行します」


「あの……ここはどこですか?」


女は微笑んだ。が、その表情に感情はなかった。


「ここは、病棟Rです。あなたの回復と再調整のための特別病棟です」


「退院できますか?」


「はい。必要な条件がすべて満たされれば、可能です」


「条件?」


「本日中にご案内いたします」


それだけを残し、女は部屋を出ていった。

静寂だけが残る。


——足元に、小さな紙切れが落ちていた。


ベッドの金属フレームに引っかかっていたそれは、誰かの手書きメモのようだった。


『次はB棟には行くな』


見覚えはない。でも、この文字を、自分が書いたような気がした。


なぜ「次」と書かれている?


初めてここに来たはずなのに。


……頭の奥で、何かが軋んだ気がした。


小さな違和感が、静かに心の奥に沈んでいく。



> 廊下の突き当たりに、他の区画とは雰囲気の違う鉄扉があった。

表示は消えているが、扉の上にうっすら「B棟」という文字が残っている。


看護師は誰もいない。

カメラの目は、なぜかこの角度だけ死角になっている気がした。


警告のメモを思い出す。


『次はB棟には行くな』


「……“次”って、なんだよ」


鉄扉に手をかける。

開くはずがないと思っていた扉は、鍵がかかっていなかった。


静かに、でも確実に開いていくその先は、廃墟のような病棟だった。


照明は一部しか点いておらず、廊下には剥がれた床材や落書きのような記録が散らばっていた。


一歩、足を踏み入れるたびに靴音が響く。


壁に貼られたボードに、なにか紙が留めてある。


カルテのようなそれには、こう書かれていた。


> 症例R-001

状態:回復傾向

面談記録:2025.06.04/06.04/06.04/06.04

記憶修正試行回数:12




日付がすべて、同じだった。


それも、今朝起きた日付と同じ。


「……冗談だろ」


頭の中に、過去の記憶ではない“何か”がうごめき始める。


足元に目をやると、

小さな紙の切れ端が床に落ちていた。


震える指で拾い上げる。そこには、自分の筆跡で——


> 『次こそ、ちゃんと死ね』




と、書かれていた。


背筋が凍る。

視界の隅で、何かが動いた気がした。


だが振り向いても、そこには誰もいない。


静寂の中、廊下の奥から……なぜか自分の声がした。


> 「……また、ここからかよ……」


~~~~~~~~


第2章「00:00の既視感」



---


> チリ……チリチリ……


微かな電子音と共に、世界がふっと白く染まった。


目を開けると、天井だった。


また。


真っ白な壁、真っ白な天井。


それだけでもう分かる。


戻された。


「……うそだろ」


起き上がると、さっきと同じ配置の点滴。

ベッドの位置、カーテンのシワ。


それらすべてが、さっきと“全く同じ”であることに気づくまで、数秒かからなかった。


天井のスピーカーが、またあの声を落とす。


> 「症例R-001、意識レベル:確認。再起動成功。」

「タイムコードE、00:00にリセット。退院処理は未完了です。」




「同じだ……完全に、同じだ……」


ベッドの金属フレーム。

下を覗き込むと、そこにあるはずの紙が——また、ある。


『次はB棟には行くな』


覚えている。はっきりと。


これは、もう**“最初”ではない。**


鏡を見た。


顔に見覚えはない。

でも、目の奥にうっすらと疲れがにじんでいた。

何度も、何度も、こうして目を覚ましてきた人間のように。


廊下に出ると、またあの看護師が来た。


「おはようございます、R-001さん」


「……体調はいかがですか?」


「それ、さっきも聞きましたよね」


看護師は一瞬だけ動きを止めた。が、すぐに無表情でタブレットに目を落とす。


「症例R-001、錯誤反応:軽度。記録済み」


「おい、待て、俺はさっき——」


その瞬間、彼女の指がピッと画面を押した。


次の瞬間。

世界が、ノイズのようにざらついた。


頭の中に、短く強い電気ショックのような痛みが走る。


そしてまた、


> チリ……チリチリ……




白い天井。


「…………嘘、だろ……」





~~~~~~~~


第3章「症例002」



---


> 昼食後、再びB棟に向かう通路を通った。

今度は、カメラに映らない角度を慎重に選んで。


鉄扉は、やはり開いていた。


奥に進むと、空気が変わる。

廃墟のような廊下。崩れた天井。誰もいない静寂。


「おい、そっちは——」


声がして振り返ると、そこに人影があった。


同じ入院服。痩せた体。

主人公より少し年上に見える男だった。


頭に包帯を巻き、片目に眼帯。

それでも、その目は、妙に**“こちらを見透かしていた”。**


「……お前、症例R-001、だな」


「……誰だ」


「R-002。ずっとここにいる」


男は壁にもたれてしゃがみ込み、静かに笑った。


「最初は俺も001だった」


「……は?」


「ここではみんな、“一番最初”から始まる。

自分が誰かも忘れてな」


主人公の背筋が凍る。


「ループのこと、覚えてるのか?」


「一部だけな。全部は持ち越せない。

でも、“次の奴にヒントを残す”方法だけは、見つけた」


それって——あのメモ。


「“次”って……お前が書いたのか?」


「かもしれないな。あるいは、その前の俺かも」


彼はポケットから何かを取り出す。

それは、小さなICチップのようなものだった。


「これは記録媒体だ。お前が“3回目”を越えたら渡す」


「なんで今じゃダメなんだ」


「1回目と2回目じゃ、“まだ理解できない”情報が含まれてる。

下手に渡すと、逆にループを壊す」


「ループを……壊す?」


男は少しだけ、悲しそうに笑った。


「壊れたループの中で生きるのが、一番辛いんだよ。

俺は……それをもう、30回は味わってる」


「じゃあどうすれば……」


その瞬間、警報が鳴った。


> ピー……ピー……!

「症例R-001、許可区域外侵入確認。初期化処理を開始します。」




世界が、揺れる。


男が何か叫んだ。


「次は、“コードP”を探せ——!」


そして、再び。


> チリ……チリチリ……




白い天井。







この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?