目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第17話 異常種たる所以

 目の前には二本足で立ち、両手には鋭いかぎ爪を持った成人男性に近い体格を持ったトカゲに似たモンスターがいる。

尻尾に当たる部分には蛇の頭が生えており、鎌首を持ち上げて頸部を広げ威嚇すると、眼を細めて睨みつけて……。


「俺が奴を引き付けるから、そいつを安全な場所に避難させろ!」

「……直ぐに戻ります」


 生物としての形から逸脱したその姿を見て、本能的な恐怖から動けなくなりそうになる身体にムチを打ちながら後ろに下がる。

すると、先程までぼくがいた場所に何かが連続でぶつかる音がしたかと思うと、見えない衝撃が身体を打つ。


「……こいつ、手数が多すぎんだろっ!」


 ダートさんの事が気になるけれど、患者を背負った状態では加勢に入る事ができない。

急いで周りを見渡して安全な場所を探す。


「……ここまで離れれば大丈夫かな」


 探してみたけれど、隠れる事が出来そうな場所が無い。

だから異常種から離れた場所に患者をそっと下ろすと、急いでダートさんの元に戻ると長杖を構えて彼女の後ろに立つ。


「……おせぇよ!」

「すみません」

「患者は安全な場所に置いて来たのか?」

「えぇ……多分、大丈夫です」


 ダートさんが魔術で空間を切り裂いて作った不可視の盾で攻撃を的確に防ぐ。

けれど、鉤爪と尻尾の蛇による連携を裁くのに精一杯のようで……


「なぁ、悪いんだけど少しだけ前衛を任せてもいいか?」

「……わかりました」


 自信が無いけれど、ダートさんなりの考えがあるのかもしれないと思って頷くと、後ろに下がった彼女に合わせて前に出ると長杖で攻撃を受け止める。


「……ぐっ!」


 鋭い衝撃が両腕に響いて、思わず長杖を手放してしまいそうになる。

咄嗟に手に力を入れて強く握りしめるけれど、彼女はよくこの激しい攻撃に耐えられたものだ。


「俺があいつを術で引きつけるから、暫く耐えてくれ!」

「……何か考えがあるんですか?」

「いいから俺を信じろ、泥霧の魔術師の二つ名になった由来を見せてやるよ」


 ダートさんが空間収納の中から短杖を取り出すと、両手で祈るように持つとゆっくりと眼を閉じる。


「狂え狂え狂気の瞳、恨み恨み憎悪の心、汝の仇敵は触れれば届く先にある、己が手に握りし刃で復讐を果たせ……汝の心に呪いを穿つ──我が名の元、殺害の許可を下す」


 誕生が赤黒く発光する。

これは確か……呪術の中でも、使用者が少ない精神に干渉するものだったはず。

相手の心に干渉して呪いを掛けることで、自分の意思に反した行動を強制させる外道の術だと、以前師匠から聞いた事がある。


「これは……」


 受け止めていた猛攻が止まり、モンスターが棒立ちになったかと思うと、突然我を失い狂ったかのように、自身の身体を傷付け暴れ始める。

泥霧……人の負の感情を実体化させるとか、そんな感じの意味がある言葉だった筈。


「今だっ!やれ!」


 彼女の声に無言で頷き、モンスターの背後に回り込んで無防備な背中に長杖を当てると、自身の魔力を強制的に流し込む。


「わかりました!」


 長杖から流れ込んで来る情報から肉体の構造を把握すると、魔力の波長を強引に合わせ、これ以上苦しませないように心肺機能を停止させる。


「……やったか?」


 その場で胸を抑えながら苦しみだすと、口から泡を噴き出しながら倒れ何度か痙攣を繰り返した後、力尽きると舌を出して動かなくなった。

とりあえず何とかなったけれど、何だかやけにあっさりと終わった気がする。


「かもしれませんね」

「よし、とりあえずこいつを解体するから、レースはここで待ってろ」

「……解体、ですか?」

「おぅ、異常種の情報は冒険者ギルドで高く買い取って貰えるからな」


 手に持っている短杖を空間収納の中にしまうと、一本の短剣を取り出して息絶えたモンスターへと近付いて行く。


「へへ、これは良い臨時収入だ……ん?」

「……どうしました?」


 鼻歌交じりにモンスターを解体していた手が止まると、何かに警戒しているのか眉間にしわを寄せて立ち上がると、短剣を構えた状態で振り返る。


「なぁ……おめぇさ、このモンスターの尻尾の蛇ってどうした?」

「……尻尾?」

「おぅ、切り取ろうと思ったらねぇんだわ」


 尻尾が無いという言葉に何故だか嫌な予感がして、長杖を構えて周囲を警戒する。


「こりゃ……まずいかもな」

「……ダートさん、まずいってどういうことですか?」

「おめぇは知らないとは思うけどトカゲ型のモンスターの中には、窮地に陥った際に自分の尻尾を切り捨てて、暴れる尻尾を囮に逃げる奴がいんだよ」

「もしかして、尻尾の蛇が無くなってるのって……」

「あぁ、身体から切り離されて。どっかに潜んでいるかもしれねぇ」


 ダートさんの言う通りだとしたら、この森の中に潜んでいる可能性がある。

警戒をより一層強めて、直ぐに動けるようにはしてみるけれど、地面は草に覆われ、頭上は樹々から伸びた無数の枝のおかげで、視野が悪い。

この状況で襲われたら──


「……ダートさんっ!後ろっ!」


 ダートさんがモンスターの死体から背を向けた時だった。

どうやって姿を変えたのか、周囲の色と同化した蛇が飛び上がり彼女に襲い掛かる。

咄嗟に前に出て庇おうとするけれど、間に合うのか分からない。

ゆっくりとコマ送りのように動いて見える視界の中で、本体から切り離されて尚、活動を続けられる生命力の強さに、異常種と言われるゆえんを見せられた気がした。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?