少女は、少年の腕を紅いものがすっと流れ落ちるのに気が付いた。
木から落ちてしまった少女を受け止めたとき、そばにあった石にかすめて肌を切ったのだ。
つい先ほど授剣式典のアコレードで、少年の右肩に神々しい長剣が触れるのを目にしたばかりだというのに。
彼の綺麗な腕を、あの凛々しい腕を、あろうことか自分のせいで傷つけてしまったなんて……!
木登りなんて、するべきではなかった。
庭に出てまで探しに来てくれた少年に止められたのだから、素直に従うべきだった。
だけど……少年に見せたかった。
自分は高貴な生まれの令嬢ではないことを、少年に示したかった。
裾の広がったドレスで木登りするようなお転婆と婚約だなんて、侯爵家様が選択を間違えた、あとで後悔するに決まっていますと。
要するに、少女エリアーナは『逃げ出した』のだ。
アコレードを済ませたばかりの美しい少年の前に連れて行かれ、「そなたの婚約者だ」と紹介された、あのひどく居心地の悪い場所から。
自分を捉えて離さない少年の瞳があまりに切なく、綺麗に揺れるものだから──。
それに。
初めて目にした本物の『血液』は、十歳のまだ幼い少女の瞳には鮮烈が過ぎた。
「ごめんなさい、ごめんなさい……!」
薔薇の花弁のように愛らしい唇からは、ただ一つの言葉だけが溢れる。
傷口からじゅわりと滲む真紅の雫に背中が震えた。どうしたら良いのかわからぬまま目頭が熱くなり、アメジストの瞳から大粒の涙がぽろぽろと頬を伝いこぼれ落ちた。
少女の動揺とはうらはらに、少年は怜悧な面輪をまろやかにほころばせる。
少女は十六歳の彼よりも六つ年下であったが、長い睫毛が影を差すアーモンド型の大きな瞳や緩やかに波打つ長い髪を結えた姿は実際の年齢よりも大人びて見える。
北國出身の透き通るような白い肌に紅色の頬、艶やかな桜色の唇は幼いながらもどこか艶かしい。成長すれば花をも恥じらう美貌の女性となるだろう。
「ごめんなさい……ほんとうにっ……」
「そんなに泣かないで? こんな怪我、たいしたことないよ」
青草の上に尻を着く少年の
淡い紫色のドレスが草の上でふわりと丸く円を描く姿は、まるで一輪の花が咲いたように可憐だ。
銀糸の装飾が煌めく象牙色の騎士服を纏った少年は、目の前にある愛らしいものに腕を伸ばし、頬を流れる涙を指先でそっと拭った。少女を見つめる青灰色の眼差しが途方もなく優しく揺れる。
「僕の大切な
「私が、大切……? アレクシスさま……? そんなはずがありません……」
少年の笑顔の先にある、この違和感はなんだろう──・・・
「泣かないで。僕の可愛いエリアーナ」
──アレクシスさまが、私を『可愛い』だなんて。
そんなはずがありません……っ!
突然に強い風が吹いて、野花の花びらが雪のように舞い上がる。
視界に白い