目が覚めたら、僕はオカメインコになっていた。
意味がわからないと思うだろう。僕も意味がわからない。
いつもより背中がベッドに沈んでいるな。それに、やけに窮屈だ。
そう感じて身を起こそうとしたら、体が動かない。
「ぴきゅっ!?」
口からそんな声が出た。ぴきゅっ!? ってなんだ。ぴきゅっ!? じゃないんだよ。なんでぴきゅっ!? なんて声が出たかというと。
僕の体が白い鳥になって、その分だけ体が大きくなって。
パジャマがパツパツになっていたからだ。
「ぴきゅっ!!」
いや、だからぴきゅっ!! じゃないんだって。
(動けない。これ、どうすればいいんだ!?)
両腕は翼になってしまっている。袖が翼でパツパツで……パツパツすぎて、痛い。
待てよ、ズボンは脱げているようだ。僕の胴体が大きくなり、自慢の長い脚が短くなったおかげでズボンは脱げている。足が無事ならなんとか歩け――
「ぴきゅっ!!」
歩けない。動けない。歩く前に起き上がれない。
どうしよう――
考えた末、僕は叫ぶことにした。
どんな声が出るかは知らないが――
「ギャギャギャギャギャギャギャギャギャ!!!!!」
びっくりした。とってもびっくりした。まさかこんな声が出るとは思っていなかった。女子の黄色い声みたいなのが出ると思っていた。
おっと、びっくりしている場合ではない。
「ギャギャギャギャギャギャギャギャギャ!!!!!」
叫び続けていると、自室のドアが開いた。
「ギャギャ!」
長い髪を一本のおさげにしているおっとり系の母が入ってくる。
「あらあら……」
息子が鳥になったというのに、母は平然としている。ここはもっと驚くところではないだろうか。もしかしたら驚いたのかもしれない。驚いた結果が「あらあら……」なのかもしれない。
「ぶちゅっぶちゅぷちゅ(パジャマが……)」
「あらあら、あらあら」
通じたとも思えないが、母はパツパツになったパジャマを脱がしてくれた。ボタンを外すのは面倒だと、ハサミを使われた。袖はハサミじゃないとどうにもできなかった。
「ぶちゅくちゅ(起こして)」
「はいはい、はいはい」
通じたとも思えないが、母は僕を起こしてくれた。
ふう、落ち着いた。
人と同じ大きさの鳥になってしまった僕は、さっそく全身鏡の前に行ってみる。
白くて丸い頭がある。頭にトサカが生えている。
ほっぺたにオレンジ色の●がある。
胸はもふっとしている。おなかも、もふっとしている。
ん? そもそも、どこがおなかなんだ? 胸なるものはあるのか?
(……あるか。胸肉売ってるし)
母は「朝ごはん食べなさいね」と言って部屋を出て行った。
(そうか。朝ごはんか)
とりあえず食事は摂った方が良いだろう。でも、こんな姿になって学校はどうしようか。
枕元に置いていたスマートフォンが床に落ちている。画面をなんとか見ようと、後退りをしてくちばしでスマートフォンの位置を調整して、上くちばしの先端でタッチした。彼女から通知が来ている。ぼくの彼女の、橘 璃々だ。
『鈴芽君、明日も会えるの楽しみにしてるね』
(璃々ちゃん……!)
楽しみにされているのに欠席はできない。まずは朝ごはんを――ん?
なんだか、体がむずむずする。
ぼくはごはんの前に羽繕いをした。やったことがないにも関わらず、なぜかスムーズにできた。その際に足を上げたのだが、くるぶしあたりというのだろうか、その辺からもふもふと毛が生えていて、これは逆くつした……レギンス……いやそんなにパツパツしてないから……そうだ。
ももひきだ。
この、くるぶしあたりから脚を覆っているもふもふはももひきというのが適切だ。
ぼくはそう確信した。
🐤🐤🐤
羽繕いを終えて、部屋へ出る。
自室の中がたんぽぽの綿毛のようなふわふわしたものと粉でこなこなしくなっていることには気付かなかった。気付くのは帰宅後だ。
食卓に行くと、部屋が狭かった。真ん中にどーんとテーブルと椅子があり、壁際には食器棚だの棚だのごちゃごちゃと色々積まれているのだ。無理もない。
もふもふの体を通路に押し込みながらいつもの自分の席に行く。テーブルの上には、ベーコンエッグとお茶碗に注がれたごはん、味噌汁が置かれている。
「ぷきゅぷきゅ(いただきます)」
さあ食べようとしたところで、気がついた。
どうやって。――更に。
これ、食べていいのか?
という疑問が頭をもたげる。疑問を表すために、実際にちょっと首を傾げてみる。
まず、ベーコンエッグ。一部共食いである。
そして、ごはん。これは……古い米が鶏の飼料になっているというニュースを見たことがあるし、鳩が貰って食べていたのをどこかで見た気がするから、たぶん大丈夫だろう。
いや、でもあれは生米で、炊いたのは食べていいのか?
それに、味噌汁。
本能が言っている。味噌汁はやめとけ、と。せめて冷めてからにしろ、と。
……冷めてからならいいのか?
「どうしたの?」
「ぴぃ……」
おお、なんか鳥っぽい声が出た。
「あ、そうね。食べにくいわよね。じゃあ、あーん」
母が目玉焼きを切ってあーんをしてくれる。中学生にもなって母から「あーん」をされる息子なんて、と情けなくなる。どうせなら璃々ちゃんにしてほしかった。
母は、食べちゃいけないとかいけなくないとか、そういうことは考えていないようだ。
ぼくは仕方なく、迫る目玉焼きをあーんで口に入れた。
口がピーナッツみたいな形をしているから、とても食べにくくて少しこぼしてしまった。
その時、テレビからアナウンサーの声がした。
『まさか、総理大臣がオカメインコになってしまうとは……』
『しばらくは官房長官が業務の代行を行うということです』
「ぴゃ!?」
びっくりして声が出た。テレビ画面に、オカメインコの顔が映っている。頭とトサカは灰色で、ほっぺたにはやはりオレンジ色の●がある。
口を半開きにして両翼を浮かせていると、母が言った。
「ああ、そうなの。なんかね、人間がオカメインコになる現象が起きてるんだって。変身する条件はわかってなくて、ランダムっぽいとか……」
「ぴゃっ!?」
ランダム!?
なんだそれは。だとしたら、まさか、璃々ちゃんも――
ぼくはあさごはんを早く早くと羽をわきわきしながら要求し、味噌汁だけは拒否し、水を飲んで家を出た。
服は着ていない。
今のぼくは、このもふもふの体一つだ。