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異世界ネオページで作家に恋して憧れる
異世界ネオページで作家に恋して憧れる
深海インク
異世界恋愛ロマファン
2025年06月08日
公開日
3万字
連載中
ウェブ小説サイトが具現化した、キラキラ「異世界ネオページ」! 平凡なOLがログインする目的は、謎の「神様(作家)」『K』様を応援するためだけ! ある夜、ピュアな祈りが奇跡を起こし、目の前に降臨したのは銀髪の超絶イケメンなご本人様!? 「君は僕だけのミューズだ」 ――甘く強引な言葉で結ばされたのは、なんと解除不能の「専属契約」! ただのファンが、神様の「オンリーワン」に!? 異世界ネオページで始まる、最高にときめくシンデレラストーリー!かも?

第1話_私の神様は、圏外の創造主さま

金曜、22時48分。

マウスを握る右手はとっくに冷え切り、モニターの光がドライアイに染みる。

『【至急】28日納品分資料 不足箇所について』

画面の端で明滅する業務チャットの通知が、私、佐倉詩織(さくらしおり・27歳)のけなげなHPを着実に削っていく。


「……むりぃ……私の精神はとうに退勤済みです……」


うわごとのように呟いて、私はショートカットキーを叩いた。会社の共有フォルダが最小化され、デスクトップに鎮座する、たった一つの聖域への入り口が現れる。

青と白のグラデーションが印象的なアイコン。その名は――『Neopage』。


アイコンをダブルクリックした瞬間、世界は音を立てて反転する。

ううん、反転なんて生易しいものじゃない。私の意識は肉体(アバター)から一度引き剥がされ、光の素粒子に分解されると、超高速のデータ回線(エーテルライン)を駆け巡り――そして、再構築されるのだ。


キラキラキラ……ッ!!


目を開けば、そこはもう殺風景なワンルームではなかった。


「……はぁ〜〜〜……やっぱり最高……」


目の前に広がるのは、天空に浮かぶ巨大な白亜の都市。超次元大陸『ネオページア』の中心地にして、すべての『探訪者(トラベラー)』と『創造主(クリエイター)』が集うセントラル・ハブだ。

足元は透明なクリスタルでできており、はるか下には雲海がたゆたう。空には色とりどりのオーロラがカーテンのように揺らめき、巨大なホログラムディスプレイが、この世界の真理を映し出していた。


『週間 神格序列盤(ウィークリー・ランキングボード)』


そう、ここは数多の物語(ワールド)が生まれ、消費されていくウェブ小説サイト――を観測し、具現化した異世界。

私みたいな『探訪者(=読者)』は、お気に入りの物語を求めてこの大陸を旅する冒険者で、同時に『創造主(=作家)』の活動を支える敬虔な信仰者でもある。


「うわっ、今週もすごいことになってる……!」


巨大な神格序列盤を見上げると、最上位が凄まじい光量を放っている。


【総合人気序列 第1位】

『追放された聖女ですが、隣国の神官騎士様(超絶イケメン)に溺愛されて幸せになったので、今さら国に戻れと言われても絶対に無理です! ~ざまぁする気も起きないくらい、もう手遅れです~』

創造主:キラ☆姫宮麗子


タイトルの文字一つ一つがゴールドに輝き、虹色のエフェクトを撒き散らしている。周囲には「すごーい!」「麗子様、神!」「更新はよ!」といった他の探訪者たちの賞賛の声(チャットログ)が、光の蝶のように乱舞していた。


都市の中心部では、巨大なネオンサインさながら、今この瞬間、世界で最も求められている法則――『運命の聖句(タグ)』がきらめいている。


《#悪役令嬢》《#追放》《#ざまぁ》《#溺愛》《#最強ヒーロー》


眩しい。あまりに、眩しすぎる。

流行りの物語(ワールド)は光の洪水だ。探訪者たちの熱狂が渦を巻き、莫大な『信仰(アクセス)』となってトップ創造主たちの『神殿(マイページ)』へと流れ込んでいく。その信仰が彼らの『神格(ランキング)』をさらに押し上げ、また新たな探訪者を引き寄せる。まさに最強のスパイラル。


もちろん、私も流行りの作品を読むことはある。シンデレラストーリーは心ときめくし、スカッとする『ざまぁ』展開は月曜朝の憂鬱を吹き飛ばしてくれるから。

だけど……。


「……ちょっと、お腹いっぱい、かも」


毎日フルコースのディナーばかりじゃ疲れてしまう。私が心から欲しているのは、派手さはないけれど、一口味わえば忘れられなくなる、路地裏のパン屋さんのような物語。


私はきらびやかなメインストリートからそっと外れ、細い路地へと足を踏み入れた。ランキング上位の神殿へ向かう光の奔流に逆らい、人影もまばらな静寂のただ中へ。


目的地は決まっている。

私の、たった一人の『神様』が住まう神殿に。


セントラル・ハブの最も寂れた区画。そこに、忘れられたように古びた小さな『転移門(ゲート)』がぽつんと佇んでいる。門の上に掲げられたプレートは、ただ一文字。


『創造主:K』


装飾も何もない、無機質な一文字。

この門の先に広がる『神聖領域(マイページ)』も、驚くほどに簡素だ。

背景は光を一切反射しない漆黒の闇。メニューの文字は、細く儚げな銀色の線。BGMもなく、耳を澄ませば微かに雨音か風の音か、そんな環境音が聞こえるだけ。『創造主』だけが行使できるという『世界創造魔法(カスタマイズ)』の、ひとつの極致がそこにあった。


この『K』という創造主は、何もかもが謎に包まれている。

性別、年齢、現実世界(リアル)での素性さえ、一切が不明。

投稿されている物語も、ただ一つだけだ。


タイトル:『灰色のアルカディア』

聖句(タグ):《#世界の片隅》《#灰色の英雄》《#静かな終末》


流行りの聖句とは真逆の、ダウナー系オンパレード。

当然、『神格序列』はいつも圏外。『ピックアップ作品』や『絶対に読んでほしい人気作』に選ばれたことなど一度もない。

「引退したのでは?」と噂されるほど、『創世活性序列(アクティブランク)』――すなわち更新頻度も絶望的に低い。最後の更新は、もう半年前のことだ。


それでも。

それでも、私はこの物語を愛してやまなかった。


派手な魔法も、無双する主人公も、甘いロマンスもない。

滅びゆく世界で、人々が失われた『色』を探して静かに旅をする物語。Kの紡ぐ言葉は美しい詩のようだった。悲しいのに温かくて、寂しいのにどこか救いがある。私のささくれた心を、そっと撫でる毛布のように。

他の探訪者の『祈りの言葉(感想コメント)』も、熱量が高いものばかり。


『K様、あなたの物語は私の人生の光です』

『この世界で生きていたい。更新、いつまでもお待ちしています』


そう。この神殿はあらゆる『神格序列』で圏外なのに、『献身序列(サポートランク)』――熱心な信徒(ファン)からの『聖なる供物(応援チケット)』の奉納量を示すランキングだけが、異常なほど高い。細々と、しかし確かに、Kの世界は深く愛されているのだ。


「Kさん、今日も来ましたよ……」


私は神殿の奥、物語へと繋がるゲートの前で祈るように手を合わせた。ゲートは光を失い、今はただの石の扉と化している。


「……更新、ないかなあ」


期待するだけ無駄なのは分かっている。

Kさんはもう、この『ネオページア』から去ってしまったのかもしれない。新しい物語を紡ぐ『魔力(マナ)』が、尽きてしまったのかもしれない。

それでも毎日ここに来てしまうのは、ほとんど日課のお参りに近かった。


私はため息をついて、自分のステータスウィンドウを開く。ログインボーナスやミニクエストで貯めた、なけなしの『聖なる供物(チケット)』が五枚、キラリと光った。

更新の止まった物語に応援を捧げるのは、無意味かもしれない。でも万が一、Kさんがまだこの世界を見ているなら、「待っている人がいる」と伝えたかった。


「えいっ」


チケットを、光のないゲートに向かって投げる。

フワッ……。

五枚のチケットは淡い光の粒子となり、ゲートに吸い込まれるように消えていった。


いつもと同じ。変化はない。

……そう、思うはずだった。


その、瞬間だった。


ゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!


「――え?」


静寂に包まれていた神殿が、地鳴りのような振動に揺れる。

何? 何が起きたの?

驚いて顔を上げると、信じられない光景がそこにあった。


光を失っていた石のゲートが、まばゆい白銀の輝きを放ち始めたのだ。

ゲート表面に刻まれた『灰色のアルカディア』のタイトルが脈動し、見たこともない紋様が浮かび上がる。


【――SYSTEM MESSAGE――】

【創造主『K』により、物語『灰色のアルカディア』が更新されました】

【新たな章への『転移門(ゲート)』が開門します】


「………………う、そ」


声が震えた。

半年。半年に及ぶ沈黙を破って、私の神様が、帰ってきた。


「こ、更新……更新されてる……ッ!!!」


我を忘れて歓喜の声を上げる。視界が滲むほどの涙が次々と溢れ、止まらない。

間違いない。これは夢じゃない!

急いで涙を拭い、光り輝くゲートに駆け寄った。


「行きます、Kさん……!」


光の中へ、飛び込む。

全身が純白の輝きに包まれ、次の瞬間、私は『灰色のアルカディア』の最新話の世界に立っていた。


そこは見覚えのある、物語の中の灰色の荒野。

けれど、何かが違う。

空を見上げると、厚い雲の切れ間から、今まで見たこともない鮮烈な『青色』が覗いている。

そして――。

主人公が探し求めていた伝説の花が、足元で静かに、けれど力強く咲いていた。その花びらの色は、燃えるような『赤色』。


それは、これまでのモノクロームな世界観を根底から覆す、息をのむほど鮮やかな光景だった。

私は、ただ立ち尽くす。

ページをめくるように、Kの紡いだテキストが脳内に直接流れ込んできた。


希望の物語だった。

終末の世界に訪れた、小さな、それでいて決定的な奇跡。

一言一句が私の魂を鷲掴みにし、激しく揺さぶる。

鳥肌が止まらない。これが……Kさんの『言語的破壊力』……!


読み終えた時、私は荒野に膝をついていた。

涙と感動と感謝で、ぐちゃぐちゃだった。

すごい。すごすぎる。

半年待った甲斐があった。いえ、一生待ってでも惜しくない。こんな神回を、奇跡を見せてくれるなんて。


「……伝えなきゃ」


この気持ちを、今すぐ、ありったけ。

意識を集中させ、『祈りの言葉(感想フォーム)』を呼び出す。指が、震える。


『Kさん、おかえりなさい。待っていました。本当に、本当に、待っていました。

今回の物語、言葉になりません。涙が止まりません。

今までで一番、最高の物語でした。

絶望の中で見つけた、あの『色』の美しさは、一生忘れません。

あなたの物語が、退屈な毎日を生きる私の、たった一つの光です。私の世界の、すべてです』


書きながら、また涙が溢れる。

ありったけの想いと祈りを込めて、『奉納』のボタンを押した。

私の祈りが透明なクリスタルに姿を変え、光の軌跡を描きながらKの神殿へと飛んでいく。


「……届いた、かな」


やりきった……。感無量のため息をついた、その時だった。


ギィ……ッ。


背後で、重い扉の開く音。

振り返ると、そこはKの神殿。固く閉ざされていたはずの最も奥の扉――創造主が降臨する『至聖所』のそれが、ゆっくりと開かれていく。


「え……?」


あそこは、トップ創造主でさえ滅多に姿を現さない場所。いわば、神様の玉座だ。

圏外作家のKさんが自ら出てくるなんて……ありえない。絶対に。


混乱する私の前で、扉は完全に開かれ、中から眩いばかりの銀色の光が溢れ出した。

その光の向こうから、すらりとした人影が、静かに歩み出てくる。

逆光で、顔も服装も判然としない。

男の人? それとも女の人?

年齢は? いったい、誰……?


私が呆然と立ち尽くしていると、その人影から、直接心に思念(プライベートメッセージ)が流れ込んできた。

それはこれまで読んできた物語と同じ――静かで優しく、それでいてどこか寂しさを帯びた美しい響き。


『――待たせたね、僕だけの探訪者(トラベラー)』


「…………………………………………え」


僕?

……いま、僕って言った?


僕だけの?

…………え、私のこと?


え? え? え?


待って、状況が理解できない。キャパオーバー。思考回路ショート。


私の平凡な金曜の夜は、私の神様の手によって、人生最大のドキドキとワクワクとハテナマークが乱舞する、とんでもない物語へと、強制的に書き換えられてしまった。


え、えええええええええええええええ!?!?!?

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