『それで、どうするんだ? 肝心な剣が一本しかない問題は』
レガートが持っていた剣は三本。一本は持ち逃げされ、もう一本は、
「でも、一本あれば問題ないのでは? 街で立派なものを買うまでのつなぎとしては」
『お前は今の自分の状況が分かっていないらしい。捻挫した左足を支えるのに何を使う? その剣を使うしかあるまい』
「あっ」
自分の体調を把握できずに剣の道を究めることはできない。これは先が思いやられる。そして、
「ひとまず、我が家に帰らせてください。僕が戻らなくては、妻が心配しますから」
レガートは、無銘の剣を杖のように使いゆっくりと歩き出す。その歩みは、ぎこちない。青々とした茂みから小動物が顔を出すと、ぴょこぴょこと先を駆けていく。
『レガート。名案を思いついた』
「名案ですか?」
『剣をしまえ。右足をバネのようにして、あの動物を追い抜け。第一課題だ』
「えーと、本気ですか……?」
『嫌なら、今すぐ体を乗っ取ってもいいんだぞ?』
「そんなぁ」
◆ ◆ ◆
小動物とかけっこをすること数刻。目の前にレガートの家らしきものが見えてきた。森に建てられた小屋は立派とは言い難いが、腕がいい職人が手がけたのは間違いない。随所に古き良き時代のデザインが施されている。これを再現できる者を簡単に見つけることはできない。おそらく、商人としてのツテを使ったのだろう。人脈が広いのはいいことだ。これから先、トライゾンの動きを漏らさず収集するのに役立つこと間違いなしだ。
「母さん、帰ったよ」
「あなた、遅いから心配したわ。……ちょっと、傷だらけじゃない! まさか、盗賊に襲われたの!?」
「まあ、そんなところかな」
レガートはごまかしたつもりだろうが、剣を持ち逃げされたのだから嘘とも言えない。開いた扉からは、おいしそうな匂いが漂ってくる。おそらく豚を使った炒め物だろう。
『早く家に入れ。お前に必要なのは休息だ』
「そりゃ、そうだけど……」
『バカ、人前で声を出すな。前を見ろ。すでに怪しまれているぞ』
目の前には怪訝な表情をした女性の姿があった。茶色の髪を後ろで束ねていて、黒曜石のような瞳がきらりと光る。
「リーナ、そう睨まないでくれよ」
レガートは、さりげなく名前を教えようとしたらしい。だが、俺は事態が悪化したと悟った。リーナの目は、獲物を狙う猛禽類のように鋭く細くなった。どうやら、家での立場は彼女の方が上らしい。加えて、体の主導権を握られかねない状況だ。少し、レガートがかわいそうに思えてくる。
『焦る必要はない。寝る前にまとめて聞かせてくれ。お前が寝ている間に最善策を立てておく』
レガートは小さく頷くと扉をくぐった。
◆ ◆ ◆
「ラメントさん、我が家の事情は分かったと思います」
『ああ、ざっくりとな。家族は妻と男の子一人。商人として成功している』
「そんなところです。それで、どうしますか?」
『まずは、体を鍛えるところからだな。
「まさか、この引きちぎれそうな右腕で腕立て伏せとか……?」
レガートの声はわずかに震えている。鍛錬への嫌悪感からではない。その先――剣技を修めた後に待つトライゾンとの対決が頭をよぎったに違いない。今は一介の商人。いきなりその差を埋めることはできない。地道にコツコツと鍛えるしかないだろう。
『安心しろ。左手は使えるだろ? 利き手ばかりに頼っていると、命取りになりかねない』
「なるほど。それで、具体的には?」
『夜中に考える』
「えっ」
『俺は感覚派だからな。論理的に教えるのは苦手なんだ』
過去、弟子たちを育てる時は、「背中を見て学べ」と言い聞かせてきた。だが、今回はそうはいかない。何とかして言語化する必要がある。
『とりあえず、寝て体力回復だ。それができるのは、お前だけだからな』
「分かりました、ラメントさん」
『さん呼びする必要はない。これから、長い付き合いをするんだ』
「じゃあ、遠慮なく。おやすみラメント」
数分すると、レガートは寝息を立て始める。
『やはり、昼の一件のダメージが大きいか。しかし、どうやって
レガートの試練が肉体的なものなら、俺の場合は精神的なものだ。ともに乗り越えるしかない。そして、国民を救ってみせる。それが、剣聖の役目なのだから。