知りあってたったの一週間、しかも出会い方はろくでもなかった。
情けない俺に、あれこれ世話を焼いてくれて、最初はただうっとうしいだけだった。強引でマイペースすぎて、理解できないとこもたくさんあって……でも、いいところや面白いところもたくさんあって。
(どうしよう、なんてお礼を言えばいいんだ)
津和からは、たしかに好意は伝わってくる。それが同情から来るものなのか、気まぐれから来るものなのか、どっちだろう。
同情ならともかく、ただの気まぐれだったら、いつあきられるか分からない。深入りすると、おたがい傷を負う。
(特に、俺のほうがダメージ大きそうだな)
そう思ってしまう時点で、すでに津和のことが相当好きなのだろう。その気持ちを
友情にとどめたいのか、恋愛感情に発展させたいのか、自分の心なのによく分からない。
そもそも俺は、同性との恋愛経験がないんだ。
(津和はどうなんだろ)
ただひとつわかっているのは、拒絶されたら、このルームシェアは終わりだ。それは彼との繋がりを断つ意味もある。
その日の夜。ビル清掃の仕事から帰宅すると、先に帰宅していた津和がリビングで出むかえてくれた。
「おかえり」
「ただいま……病院行ってきたよ」
聞かれる前に先に伝えると、津和はフワリと口もとをゆるませた。
「そうか」
たった一言なのに、俺の心は満たされていく。こんな風に、誰かに心配されたり気づかわれるのは、実家を出てからなかったから、胸がいっぱいになる。
「あ、メシ食った?」
「うん。今日はデリでテイクアウトした」
冷蔵庫を開けると、二人分はよゆうにありそうな量のサラダや肉料理が出てきた。
「いくらなんでも、これは多すぎだろ」
「食いきれそうにない?」
「そうだなあ。腹へってるけど、さすがに全部は食いきれなさそう」
キッチンにやってきた津和は、俺の背中越しに冷蔵庫をのぞいた。色っぽいコロンの香りがして、とたんに心臓の音がうるさくなる。
「君が食べるなら、俺も一緒に食べようかな」
「えっ、もう食ったんじゃないのか?」
「うん、でもまた食べたくなった」
至近距離でジッと顔を見つめられて、顔がジワジワ熱くなっていく。
「えっと、わかったから、一緒に食おうぜ。あ、俺、酒はパスな」
いそいそと皿の準備をする俺を、津和はテーブルで頬杖をつきながら待っている。こういう小さな労働で『お返し』させて、俺が遠慮しないようバランスを取ってくれてるのだ。
(天性の人たらしだな、これは)
知れば知るほど、津和のかっこよさを再認識してしまう。こんな男に惚れられたら、さぞや幸せにちがいない。
「どうしたの? それ、うまくなかった?」
気がつくと物思いにふけっていた俺の箸は、完全に止まっていた。
「や、そんなことない。うまいよ。ただちょっと、考えごとしてただけ」
「ふーん、食欲を凌駕するほど気になることでもあるの? それって睡眠欲か性欲しかないんじゃない?」
津和は箸を置くと、身を乗りだすように俺の顔をのぞきこむ。そして長い指先で、俺の目の下をなぞった。
「隈は薄いから、睡眠は足りてる……ということは性欲か。で、どうする?」
「ど、ど、どうするって?」
きっと津和は、俺の気持ちを、俺自身が気づくより先に知っていた。俺が自覚して、認めるまで待ってる。いや待たずに、今すぐにでも認めるさせようとしてる。
(津和が好きだ)
世話焼きでかっこよくて、かなりマイペースなとこもあるけど、つつみこむようなやさしさに落ちた。
(それに、うぬぼれじゃなければ、津和も俺のこと……)
津和の瞳には、あからさまな情欲の色がにじんでいた。俺はそれに応える覚悟を決めたが、ひとつだけ先にたしかめておきたいことがある。
「あの、俺、男同士って経験なくて。その、津和さんは……?」
「俺もないよ」
サラリと返されて当惑する。このまま流れにまかせて、ことを進めてしまっても大丈夫だろうか。おたがい初心者ならば、いろいろ調べたり、なにか用意するものがあるんじゃないのか? 少なくとも避妊具は、俺はこの場に用意してない。そもそも避妊具って必要なのか、それすら分からないのだが。
「あの、準備とかどうする? 俺、正直言ってよく分からないんだけど」
未知の領域につい弱気になる俺に対して、津和は平然としててむしろ余裕すら感じた。
「経験はないけど知識はあるよ。君は?」
「えっ、俺?」
知識って言われても、単純にナニをどこにつっこむかくらい知ってる。知ってはいるが、それにいたるまでの過程が分からない。
「わかってないって顔してるね。じゃあ俺がリードするよ」
「あっ、なにを……んんっ……」
唇がやわらかく押しつけられ、熱い舌が歯列をなぞって、奥へと侵入してきた。
(あ、熱い……)
肉厚な舌が、喉の奥でちぢこまっている俺の舌をとらえてからみつく。吸い上げられると同時に、口の中の水音が耳の奥にひびくから、たまらなく恥ずかしい。
(うう、クソッ、なんだこれ……体がむずがゆくなってくる……)
何度もくり返し吸われ、口の中をねぶられ、ようやく唇が解放されるころには、完全に腰がくだけていた。腰に回された津和の手が、なだめるように俺の背中をなでる。
「……おいで」
津和の顔に、とろけるような笑みが広がった。手を取られて、俺は誘われるまま寝室へ向かった。
部屋の明かりは消したまま、薄く開いた扉からしのびこむ明かりが、室内のシルエットをモノトーンに描く。そんなモノクロの世界で、俺はベッドの上にやさしく転がされた。
「ちょ、ちょっと待って……」
シャツのすそをまくられて、俺ははたと我に返って、素肌をなでる男の手をおさえた。津和は男同士の行為について『知識はある』というけど、やりかたを知っていたとして、はたして俺で勃つのだろうか。
あらためて自分の裸体を考えてみても、魅力的とは到底思えない。運動不足で筋肉もなく、ただ細いだけでメリハリのない体だ。
「どうしたの、そんなかわいい顔して」
「へっ……」
津和の吐息が頬にかかる。少なくとも俺の顔は、津和の好みにハマるのだろうか……それとも、ただのリップサービスか。どっちにしても、これから服の下を見られるかと思うと、気持ちがくじけそうだ。
「あのさ、今はよく見えないと思うけど……俺、実はあんまり」
「ああ、今明るくするよ」
「え? わっ、違……」
ベッドのサイドランプがつけられると、モノクロからカラーの世界へとなってしまった。これではぜんぶ見えてしまう。
「い、いいのかよ……暗くてよく見えないほうが、やりやすいんじゃないの」
心が折れかけた俺は、自分のシャツのすそをつかむと、グッと伸ばすように引き下ろして肌をかくした。それがむしろ、津和の欲情に火をつけてしまうと知らずに。