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第15話 自覚した気持ち

 知りあってたったの一週間、しかも出会い方はろくでもなかった。

 情けない俺に、あれこれ世話を焼いてくれて、最初はただうっとうしいだけだった。強引でマイペースすぎて、理解できないとこもたくさんあって……でも、いいところや面白いところもたくさんあって。

(どうしよう、なんてお礼を言えばいいんだ)

 津和からは、たしかに好意は伝わってくる。それが同情から来るものなのか、気まぐれから来るものなのか、どっちだろう。

 同情ならともかく、ただの気まぐれだったら、いつあきられるか分からない。深入りすると、おたがい傷を負う。

(特に、俺のほうがダメージ大きそうだな)

 そう思ってしまう時点で、すでに津和のことが相当好きなのだろう。その気持ちを

友情にとどめたいのか、恋愛感情に発展させたいのか、自分の心なのによく分からない。

 そもそも俺は、同性との恋愛経験がないんだ。

(津和はどうなんだろ)

 ただひとつわかっているのは、拒絶されたら、このルームシェアは終わりだ。それは彼との繋がりを断つ意味もある。




 その日の夜。ビル清掃の仕事から帰宅すると、先に帰宅していた津和がリビングで出むかえてくれた。

「おかえり」

「ただいま……病院行ってきたよ」

 聞かれる前に先に伝えると、津和はフワリと口もとをゆるませた。

「そうか」

 たった一言なのに、俺の心は満たされていく。こんな風に、誰かに心配されたり気づかわれるのは、実家を出てからなかったから、胸がいっぱいになる。

「あ、メシ食った?」

「うん。今日はデリでテイクアウトした」

 冷蔵庫を開けると、二人分はよゆうにありそうな量のサラダや肉料理が出てきた。

「いくらなんでも、これは多すぎだろ」

「食いきれそうにない?」

「そうだなあ。腹へってるけど、さすがに全部は食いきれなさそう」

 キッチンにやってきた津和は、俺の背中越しに冷蔵庫をのぞいた。色っぽいコロンの香りがして、とたんに心臓の音がうるさくなる。

「君が食べるなら、俺も一緒に食べようかな」

「えっ、もう食ったんじゃないのか?」

「うん、でもまた食べたくなった」

 至近距離でジッと顔を見つめられて、顔がジワジワ熱くなっていく。

「えっと、わかったから、一緒に食おうぜ。あ、俺、酒はパスな」

 いそいそと皿の準備をする俺を、津和はテーブルで頬杖をつきながら待っている。こういう小さな労働で『お返し』させて、俺が遠慮しないようバランスを取ってくれてるのだ。

(天性の人たらしだな、これは)

 知れば知るほど、津和のかっこよさを再認識してしまう。こんな男に惚れられたら、さぞや幸せにちがいない。

「どうしたの? それ、うまくなかった?」

 気がつくと物思いにふけっていた俺の箸は、完全に止まっていた。

「や、そんなことない。うまいよ。ただちょっと、考えごとしてただけ」

「ふーん、食欲を凌駕するほど気になることでもあるの? それって睡眠欲か性欲しかないんじゃない?」

 津和は箸を置くと、身を乗りだすように俺の顔をのぞきこむ。そして長い指先で、俺の目の下をなぞった。

「隈は薄いから、睡眠は足りてる……ということは性欲か。で、どうする?」

「ど、ど、どうするって?」

 きっと津和は、俺の気持ちを、俺自身が気づくより先に知っていた。俺が自覚して、認めるまで待ってる。いや待たずに、今すぐにでも認めるさせようとしてる。

(津和が好きだ)

 世話焼きでかっこよくて、かなりマイペースなとこもあるけど、つつみこむようなやさしさに落ちた。

(それに、うぬぼれじゃなければ、津和も俺のこと……)

 津和の瞳には、あからさまな情欲の色がにじんでいた。俺はそれに応える覚悟を決めたが、ひとつだけ先にたしかめておきたいことがある。

「あの、俺、男同士って経験なくて。その、津和さんは……?」

「俺もないよ」

 サラリと返されて当惑する。このまま流れにまかせて、ことを進めてしまっても大丈夫だろうか。おたがい初心者ならば、いろいろ調べたり、なにか用意するものがあるんじゃないのか? 少なくとも避妊具は、俺はこの場に用意してない。そもそも避妊具って必要なのか、それすら分からないのだが。

「あの、準備とかどうする? 俺、正直言ってよく分からないんだけど」

 未知の領域につい弱気になる俺に対して、津和は平然としててむしろ余裕すら感じた。

「経験はないけど知識はあるよ。君は?」

「えっ、俺?」

 知識って言われても、単純にナニをどこにつっこむかくらい知ってる。知ってはいるが、それにいたるまでの過程が分からない。

「わかってないって顔してるね。じゃあ俺がリードするよ」

「あっ、なにを……んんっ……」

 唇がやわらかく押しつけられ、熱い舌が歯列をなぞって、奥へと侵入してきた。

(あ、熱い……)

 肉厚な舌が、喉の奥でちぢこまっている俺の舌をとらえてからみつく。吸い上げられると同時に、口の中の水音が耳の奥にひびくから、たまらなく恥ずかしい。

(うう、クソッ、なんだこれ……体がむずがゆくなってくる……)

 何度もくり返し吸われ、口の中をねぶられ、ようやく唇が解放されるころには、完全に腰がくだけていた。腰に回された津和の手が、なだめるように俺の背中をなでる。

「……おいで」

 津和の顔に、とろけるような笑みが広がった。手を取られて、俺は誘われるまま寝室へ向かった。

 部屋の明かりは消したまま、薄く開いた扉からしのびこむ明かりが、室内のシルエットをモノトーンに描く。そんなモノクロの世界で、俺はベッドの上にやさしく転がされた。

「ちょ、ちょっと待って……」

 シャツのすそをまくられて、俺ははたと我に返って、素肌をなでる男の手をおさえた。津和は男同士の行為について『知識はある』というけど、やりかたを知っていたとして、はたして俺で勃つのだろうか。

 あらためて自分の裸体を考えてみても、魅力的とは到底思えない。運動不足で筋肉もなく、ただ細いだけでメリハリのない体だ。

「どうしたの、そんなかわいい顔して」

「へっ……」

 津和の吐息が頬にかかる。少なくとも俺の顔は、津和の好みにハマるのだろうか……それとも、ただのリップサービスか。どっちにしても、これから服の下を見られるかと思うと、気持ちがくじけそうだ。

「あのさ、今はよく見えないと思うけど……俺、実はあんまり」

「ああ、今明るくするよ」

「え? わっ、違……」

 ベッドのサイドランプがつけられると、モノクロからカラーの世界へとなってしまった。これではぜんぶ見えてしまう。

「い、いいのかよ……暗くてよく見えないほうが、やりやすいんじゃないの」

 心が折れかけた俺は、自分のシャツのすそをつかむと、グッと伸ばすように引き下ろして肌をかくした。それがむしろ、津和の欲情に火をつけてしまうと知らずに。

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