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第9話 おたがいさま

「……ズルいよ、君は」


 シャワーを浴びて風呂場を出ると、津和がタオルを手に不機嫌そうな様子でこちらをにらんでいた。


「どうしてそう、男前なんだよ」

「どこがだよ……てっ、こら、やめろ」


 頭から乱暴にタオルをかぶせられ、髪をぐしゃぐしゃと、かき回すように拭かれた。


「俺が名前呼びに弱いって、知っててあんな煽るような真似して」

「だって。そうしなきゃアンタ、俺だけ気持ち良くして、ぬるく終わらせるつもりだっただろ?」


 俺はタオルを奪い取ると、津和に背を向けて自分で髪を拭く。

 洗面台の鏡の中で、津和の不満げな顔に、俺は眉を下げた。


「てかゴメン、そもそも俺が悪かったよ。あんたの好意を、下手なお返しで無下にするとこだった。サイテーだよな」

「……いや、そこまで大げさじゃない。俺も少し大人げなかった。素直に君の好意を、受け止めるべきだった」


 結論。俺たちはどっちも、人の好意の受け止めかたが下手過ぎ。


「本当は、君の気づかいがうれしかった。本当だよ?」

「俺こそ、あんたの気づかいに感謝してるよ。だから単純に、俺もなにかしてあげれたらいいなって、そう思っただけ」

「そっか……」


 おたがい、ちょっとずつ嘘が混じっていると思う。


 津和は、俺がまるで損得勘定のように、彼の善意を労働でチャラにしようとしたことに、まだ少し怒ってる。

 そして俺は、彼の一方的な献身に納得がいってなかった。

 どうして尽くそうとばかりするのだろう。俺から返せるものなんて、大したことなくても、少しくらいは受け取ってほしいのに。


(津和くらいなんでも持っていると、逆になにをもらったらうれしいのか、自分でよくわからないのかもな)


 俺の好意を受けとめてほしいなんて、傲慢かもしれない。

 でもそうでもしなければ、どうやって彼への思いを伝えたらいいのかわからない。


 薄っぺらな言葉や、善意の対価とかんちがいされる労働では、到底彼の心に響かないだろう。

 ましてや好意なんて、伝わらないんじゃないか?


(あれっ……そもそも俺、あいつに好きって言ったことあったかな)


 言ったような気がしていただけ。これまで面と向かって、はっきり伝えてなかったと思う。

 だが今さら告白しても、信じてもらえるだろうか。それこそ薄っぺらい言葉に響かないか心配だ。


 津和のペースに流されて、世話を焼かれるうちに、いつの間にかほだされて、うやむやなまま付き合いだした、と言われれば否定できない。

 ここまで尽くされたあとでは、今さら好きだと言っても、信憑性が無いように取られかねない。


 津和はいつも、自分のほうが俺を好きだと言って、どこか得意げに笑う。

 これまで彼の気持ちが理解できなかったが、今は少しばかりうらやましい。


 俺も、彼に夢中になれば、自分が彼になにをしたいのか、どうよろこばせたいのか、自ずとわかるのだろう。


(俺、ちゃんとあいつのこと、好きなのかな……)


 津和の姿を見ていると、彼の気持ちに追いついてないことを、まざまざと見せつけられているようでくやしい。

 津和は俺をズルいと言うが、あいつこそズルいと思う。

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