「……ズルいよ、君は」
シャワーを浴びて風呂場を出ると、津和がタオルを手に不機嫌そうな様子でこちらをにらんでいた。
「どうしてそう、男前なんだよ」
「どこがだよ……てっ、こら、やめろ」
頭から乱暴にタオルをかぶせられ、髪をぐしゃぐしゃと、かき回すように拭かれた。
「俺が名前呼びに弱いって、知っててあんな煽るような真似して」
「だって。そうしなきゃアンタ、俺だけ気持ち良くして、ぬるく終わらせるつもりだっただろ?」
俺はタオルを奪い取ると、津和に背を向けて自分で髪を拭く。
洗面台の鏡の中で、津和の不満げな顔に、俺は眉を下げた。
「てかゴメン、そもそも俺が悪かったよ。あんたの好意を、下手なお返しで無下にするとこだった。サイテーだよな」
「……いや、そこまで大げさじゃない。俺も少し大人げなかった。素直に君の好意を、受け止めるべきだった」
結論。俺たちはどっちも、人の好意の受け止めかたが下手過ぎ。
「本当は、君の気づかいがうれしかった。本当だよ?」
「俺こそ、あんたの気づかいに感謝してるよ。だから単純に、俺もなにかしてあげれたらいいなって、そう思っただけ」
「そっか……」
おたがい、ちょっとずつ嘘が混じっていると思う。
津和は、俺がまるで損得勘定のように、彼の善意を労働でチャラにしようとしたことに、まだ少し怒ってる。
そして俺は、彼の一方的な献身に納得がいってなかった。
どうして尽くそうとばかりするのだろう。俺から返せるものなんて、大したことなくても、少しくらいは受け取ってほしいのに。
(津和くらいなんでも持っていると、逆になにをもらったらうれしいのか、自分でよくわからないのかもな)
俺の好意を受けとめてほしいなんて、傲慢かもしれない。
でもそうでもしなければ、どうやって彼への思いを伝えたらいいのかわからない。
薄っぺらな言葉や、善意の対価とかんちがいされる労働では、到底彼の心に響かないだろう。
ましてや好意なんて、伝わらないんじゃないか?
(あれっ……そもそも俺、あいつに好きって言ったことあったかな)
言ったような気がしていただけ。これまで面と向かって、はっきり伝えてなかったと思う。
だが今さら告白しても、信じてもらえるだろうか。それこそ薄っぺらい言葉に響かないか心配だ。
津和のペースに流されて、世話を焼かれるうちに、いつの間にかほだされて、うやむやなまま付き合いだした、と言われれば否定できない。
ここまで尽くされたあとでは、今さら好きだと言っても、信憑性が無いように取られかねない。
津和はいつも、自分のほうが俺を好きだと言って、どこか得意げに笑う。
これまで彼の気持ちが理解できなかったが、今は少しばかりうらやましい。
俺も、彼に夢中になれば、自分が彼になにをしたいのか、どうよろこばせたいのか、自ずとわかるのだろう。
(俺、ちゃんとあいつのこと、好きなのかな……)
津和の姿を見ていると、彼の気持ちに追いついてないことを、まざまざと見せつけられているようでくやしい。
津和は俺をズルいと言うが、あいつこそズルいと思う。