「すげーご馳走だなあ! まさか千野くんの手料理をいただけるとは……えーと、松永くんだっけ? 君もはじめて?」
「いやあ、前に何度か作ってもらったんですけどねー。あれを料理と呼ぶのか微妙なとこですね。ここまで手のこんだ料理は、間違いなくはじめてですよ」
金曜日の夜、津和の同僚の西見さんと松永を夕食に招いた。
西見さんは、俺が津和と出会ったときに、ぐうぜん居合わせた人だ。一度キチンとあいさつをしたいと思ってたんだ。
それから松永は、日ごろから世話になってる上、先日の夜は飲み屋に置き去りにしてしまったから、そのお詫びもかねて呼ぶことにした。
知らない者同士ばかりで、場の雰囲気はどうなるかと心配してたが、意外にも西見さんと松永が和気あいあいと会話してる。
(二人とも、コミュ力高そうだもんなあ)
キッチンでスープを温めていた俺は、二人の会話に聞き耳をたてながら感心する。
すると追加の料理をテーブルへ運んでいった津和の、少し尖った声が割りこんだ。
「盛り上がってるところ悪いが、料理はすべて俺が作った」
「えっ、そうなの? 津和、お前料理出来たんだ?」
「なにを驚くことがある? レシピ通りに作っただけだ」
津和は同僚の前だと、淡々としてて少し冷たい感じがする。
先日の夜、松永に対する態度があまりにそっけなくて失礼とすら思ったが、どうやらこれが彼の通常運転のようだ。
それでもめげない同僚の西見さんの明るさと、何を言われてもどこ吹く風でマイペースな松永のおかげで、それほど悪い空気にならないのが救いだ。
「なあなあ、本当に俺も参加してよかったのかよ?」
キッチンに顔を出した松永は、おかわりのビールの缶を手に、そっと耳打ちしてきた。
「あたりまえだろ。津和さんだけ友達を呼んで、俺は呼べないなんて不公平じゃん」
「まあ、そういう考え方もあるか」
「それよりも、さっそく西見さんと打ち解けてくれて助かったよ」
「気さくで話しやすいな、あの人」
からりと笑ってリビングへ戻る松永が、いっそうらやましい。
俺なら、慣れない場所で初対面の人と話すなんて、きっと怖気づいてしまって無理だ。
「ケイ、手伝いはもういいから、向こうで休んでおいで」
松永と入れ替わりに、今度は津和がキッチンにやってきた。
津和は、平日の夜なのにご馳走をたくさん用意してくれた。はじめて作る料理ばかりなのに、本当に器用だと思う。
俺も仕事帰りなのに、まったく役に立たなかった。野菜すら切らせてもらえず、せめて盛り付けぐらいはと、今はキッチンでお手伝い中だ。
「もう少しでスープがあったまるから、大丈夫だよ」
「いいからケイは休みな。スープなら俺が運ぶよ」
津和はお玉をにぎる俺の手に、自分の手を重ねてきた。
「……これじゃ、手が離せないよ」
「ふふ、そうだね。一緒にやる?」
「危ないだろ。火傷したらどうするんだ」
「そうだね、ケイのやわらかい手に火傷のあとなんかついたら大変だ」
そう耳元でささやかれ、俺は思わずお玉を取り落としそうになった。
背中によりそう悪戯好きの恋人を、肩越しににらみつけると、なぜか蕩けそうな笑みを返された。
(この笑顔の半分……いや十分の一でもお客さんに向けてくれれば、もっと場がなごむと思うんだけどな)
俺は小さくため息をつくと、津和のお手製野菜ポタージュを注いだ皿を、二人で一緒にテーブルへと運んだ。
「お、きたきた」
「おつかれー」
先に一杯やっていた客人二人は、すでにほろ酔いでご満悦だ。酒のつまみに出したカルパッチョのサラダは、もう半分近く減っている。
「ほらほら、乾杯しようぜ」
「あ、グラスそっちにあるよ」
「うん。津和さん、ビールでいい?」
「ケイがついでくれるなら、なんでも」
そういう甘ったるい発言も、津和ほどのイケメンだとしっくりくるから不思議だ。
現に二人の客たちも、平然とスルーしてる……いや俺のために、あえてスルーしてくれたんだなきっと。
「なあ、相方がこれだけ料理上手だと、千野ますます作らないだろー」
「あ、うん。まあそこは……」
「いやケイは作ってくれるよ、ね? この間のパスタもおいしかった。また作って?」
俺の言葉をさえぎる勢いで、津和が否定する。そして最後の言葉は、俺に向けて甘く囁いてきた。
(これはぜったい、わざとだろ。松永にマウント取ってるつもりか)
本当は俺だって、今夜は何品か作るつもりだったんだ。それを前日になって、津和が突然『俺が全部作る』ってゆずらなくなって……その理由がものすごく馬鹿馬鹿しい。
『なんでケイの手料理を、他の男に食わせなくちゃならないの?』
――狭量過ぎる。
(俺の手料理にどれだけ価値置いてんだ……実際、たいしたもの作れねーぞ)
そして嫉妬深い。すぐ大人気ないマウント取るし。
「なるほどね、そういうことかー」
勘のいい松永は、どうやら察したようだ。これはかなり恥ずかしい。
その点、西見さんは人の良さそうな顔できょとんとしてる……分かってないのか、それとも大人だから、分からない振りをしてくれてるのか微妙だ。
「ひとまず、おたがい紹介できたから、まあ、よかったね」
「ん? よかったって、なにが?」
隣でビールのグラスをかたむける津和が、この場にそぐわない妙に艶めいた流し目をよこす。
俺はドキリとして、あわてて視線を目の前の料理にもどした。春巻きがうまい、春巻きって家で作れたんだ。津和はこれで、料理は初心者っていうのだからすごい。
「おうよ、これで千野くんと津和は、公認のカップルになったわけだ」
「そうそう、おめでとう千野~、陰ながら応援してやんよ。あ、もう陰ながらじゃないかー」
向かいの西見さんと松永から、息がぴったり合ったエールをもらい、俺は恥ずかしさでいたたまれない。
するとなぜか隣の津和が、いきなり俺の腕を取って立ち上がった。
「というわけだから、もう十分だろ。ケイのお披露目はこれで終わり」
「え、ちょっと……」
「これ以上こいつらに見せると、ケイが減る」
至極真面目な顔でそうのたまう恋人に、客人二人はいっせいに抗議の声をあげた。
「えええ、なんすか、それー」
「もっと千野くんと話したかったのに」
「うるさい。酒とつまみなら出してやる。でもケイはこれ以上はダメだ、もったいない」
津和がキッパリ言いきったが、二人の客人は『まあ、しかたないな』とすんなり引き下がってくれた。
津和は俺の手を取ると、一緒にリビングを後にする。冷えた廊下に出ると、俺は細く息を吐いた。
「……ごめん、ありがと。助かった」
「何が? 俺はただ、あいつらにこれ以上ケイの可愛い姿を見せたくないだけだよ」
そう言いながらも、ちゃんと洗面所に寄ってくれた。俺は黙って、薬棚から医者の処方薬を取り出す。
(やっぱ、偏頭痛があるのバレてたか……)
うまく隠したつもりでも、なぜか津和にはバレてしまう。
薬を飲み下し、口もとを手の甲でぬぐうと、鏡の中の津和と目が合った。彼の瞳は慈愛に満ちた、どこまでも甘くやさしい色を浮かべていた。
(本編・完)