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後編

「那奈ちゃん、来てくれてありがとう」

「一応……こんな高そうな券もらったから……」


 やはり何だかそっけないんだよな。


「貴女が那奈ちゃんね。よろしく」

「は、はい……」


 母さんは那奈ちゃんを自分の部屋に連れて行くと、ウォークインクローゼットに入り、那奈ちゃんに服を見せた。

 その服は金色のラメや銀のスパンコール……そして肩パットに腰の細すぎるボディコンと呼ばれたものの等……こんなの那奈ちゃんに着させるの!?


「あ。間違えちゃったわ。こっちはワタシの昔の服だったっ」


 ボクは思わずズッコケてしまったが、その後母さんに那奈ちゃんの制服とカバンを渡されて、部屋の外に出された。


「女の子が着替えるんだから、それぐらい察しなさい」


 そして……那奈ちゃんがドレス姿で出てきたけど……その姿は確かに綺麗だった。

 でも、なんだか少し古臭く見えたのは、間に合わせで用意したからなのだろうか。


「似合ってるわよ、ソレ。やはり貴女に相応しいと思ったのよね」

「はい……そうなんですね」


 母さん、それって嫌味なの? 明らかに古い今では着ないようなドレスじゃないか。

 那奈ちゃんはその嫌味を肌で感じたのだろうか、ボクと会話もせずに会場のホールに向かった。


「母さん! 似合ってるって、どういう事だよ!!」

「そんなに声を大きくしなくても教えてあげるわよ。あれはね……母さんが昔、家が破産寸前で全てを失った時に、あの人が自分を信じて待っていてほしいと言ってくれて、待っている間に自分で縫い直したただ一つ残っていたものなのよ……」


 え? 母さんが破産寸前? 今までに苦労なんてしたこともなかったと思ってたのに。


「誠児さんも、優秀なお兄さんと比べられてそれがコンプレックスで家を飛び出したのよ、その後お兄さんが海外でテロから現地の人を庇って亡くなった。あの人が変わったのはそれからね」


 そんな事聞いたことも無かった、父さんも財閥の二代目で苦労した事無いと思ってたのに。


「その後、あの人は顔中に青あざを作ったままモーニング姿で札束を握りしめてタクシーで母さんをパーティー会場に連れて行ってくれた。そんな思い出のドレスなのよ」

「そう……だったんだ」

「さあ、早く追いかけなさい。あの子、貴方の大事な子なんでしょ」


 ボクは那奈ちゃんを追いかけてパーティー会場に向かった。


 会場にはすでに祖父の仲間の幹部、どれもこれもがまるで劇画の世界から出てきたような濃い爺さん達と、父さんのバブル時代のグループの人達、これらが昔話をしていた。


 祖父の仲間はもっといっぱいいたそうだが、みんな途中で死んだそうだ、爺さんたち曰くここにいるのは修羅場の生き残りだと言っていた。そう、ボクが近所の腰の低い魚屋さんだと思っていたのはなんとヤクザの若頭だったそうだ。


 マジで住む世界というか住む時代が違うな……。


 一方の父さんのバブル時代の仲間は青山だの銀座だのの話が出ていたが、全員何ともだらしなく太鼓腹で頭が薄くなっているような人達だった。


 その娘とか孫というのが僕に何だかんだと言ってすり寄ってきてるけど、ボクは那奈ちゃんが気になる。


 ボクが那奈ちゃんを見つけると、那奈ちゃんは関口さんとこの美桜ちゃんに何か言われているみたいだった。


「お姉ちゃんの服、綺麗だね」

「え……そう……?」


 さっきから見ているとボクにすり寄ってきた女性達は全員那奈ちゃんのドレスを見て嘲笑しているようだが、美桜ちゃんは本心からそう思っているのかな。

 関口さんの家は父さんと昔ライバルだった洋介おじさんのとこだけど、ここは本当に絵で描いたような幸せ家族なので、父さんがたまに昔話でいう関口さんと本気で争ったなんてのがまるで信じられない。


 那奈ちゃんは小さく笑ったけど、その瞳には光がなかった。美桜ちゃんにありがとうとも言わず、ふと視線を落としてドレスの裾をつまんだ。

 パーティー会場の照明がきらびやかに照り返し、天井のシャンデリアが溶けたガラスみたいに揺れていた。

 この会場にいる誰もが、まるで別の世界の住人みたいだ。


「……来なきゃよかった、こんなとこ」


 ぽつりと落ちたその声は、僕の耳にだけ聞こえたのかもしれない。

 その時、突如として会場の上空から「ドドドドド」と爆音が響いた。

 誰かが「来たぞ!」と叫び、皆が振り返る。

 ガラス張りの屋上のヘリポートに黒塗りのヘリが着陸した。


 スモークが立ちこめる中、一人の女が姿を現す。

 迷彩服にサングラス、黒髪をなびかせながら堂々と歩く彼女。

 ドアから出た瞬間、彼女はバク転で着地すると、

 スモークの中でくるりと一回転――


 ドレス姿に変わっていた。


 「待たせたわね。これが私の、ウォーク・オブ・フェイム(勝者の入場)ってやつ」


ジェシカ・コシミズ。世界的インフルエンサー。

 SNSで数千万のフォロワーを持ち、本人も難民ボランティアで活躍するセレブ。


会場の空気は彼女の登場で完全に奪われた。

 「わぁ……」と美桜ちゃんが目を輝かせ、周囲の男たちは口を開けて見とれている。

 那奈ちゃんの肩がぴくりと震えたのが見えた。


「へぇ……」


 ジェシカが那奈ちゃんを一瞥したあと、言った。


「いいドレスね。でも、あなたが着るにはちょっと、夢が足りないわ」


 カチッ。


 何かが、那奈ちゃんの中で壊れた気がした。

 そして次の瞬間には、彼女の姿はもう会場にはなかった。



 おれは相原幸治、みんなにはラッキーさんって呼ばれてる。


 昔は漫画家だのミュージシャンだの、夢ばっか追いかけてた。誠児とはその頃からの腐れ縁だ。あいつとは、風呂なしアパートでカップ麺すすりながら朝まで語った仲だぜ。


 だけどある日、突然あいつが言いやがった。「実は、うち、カジヤグループの本家なんだ」ってな。

 何言ってんだコイツって思ったが、マジだった。日本最大の財閥の後継者が、ずっと早乙女って旧姓で通してたってんだから驚きだ。


 まぁ、それでも昔の義理ってやつだ。パーティーに誘われりゃ、顔くらい出さねぇとな。

 ――と、そんな気分で会場を抜け出し、店に戻る前にバイクのところで一服してたんだが。

 見覚えのあるドレス姿で、少女が飛び出してきた。


 最初は誰かと思ったが、すぐに気づいた。誠児の息子、真人の友達の、那奈ちゃんだ。

 泣きそうな顔――いや、むしろ泣くことすら許されてないような顔だった。

 ハイヒールのまま、慣れない街を歩く足取り。

 ドレスの裾を握りしめて、小さく震えてた。


「お嬢ちゃん、こんな夜にどこ行くんだい」


 おれのバイクの横で立ち止まった彼女に、声をかけた。

 一瞬、警戒されたけど、誰かに話を聞いてほしい顔ってのは、すぐにわかるんだよ。


「……どこでもいい。ここじゃないとこ」


 その一言で十分だった。おれは黙ってヘルメットを渡した。

 未成年には酒は出せねぇが、ノンアルのカクテルくらい、いくらでも付き合ってやれる。

 夜の風を切って、“LUCKY JACK”へ。


 元はジャズバーだったが、今じゃカウンターだけの静かな隠れ家みたいなもんさ。おれ一人で気ままにやってる。

 「気の利いた一杯」とやらを作ってやりながら、那奈ちゃんの話を聞いた。


 父親はいない。母親は病気で生活保護。

 自分は何も持ってない――そんな言葉が、ぽつぽつと出てきた。

 すべて吐き出したあと、ようやく彼女はカクテルを一口、口にした。

 その時、少しだけ目の奥に火が灯ったように見えた。


「……ラッキーさんって、失敗したことある?」


 そう聞かれて、おれは笑った。


「あるさ。山ほどな。夢も、仲間も、女も、金もな。でも――死ななきゃ、やり直せるってことだけは知ってる」


 思い出して、少しだけ話した。


「昔な、タコ天に出してやるって騙されて、バイク取られたことがあった。誠児と一緒に詐欺師のガレージに殴り込んで取り返したっけな」

「タコ天?」

「叩こう!バンド天国。若い頃のミュージシャンなら誰でも知ってる登竜門さ。……あの頃はおれも、無敵だと思ってたもんさ」


 そのときの那奈ちゃんの表情は、少しだけ柔らかかった。

 だけど――


 店を出たところで、すれ違った男がいた。御堂光。

 あれは、この辺りの半グレどもの元締めだ。

 目を見りゃわかる。毒と欲と、嘘だけでできたような男だ。

 気づいたときには、那奈ちゃんの姿は消えていた。



 あのパーティーの後、那奈ちゃんはずっと学校を休んだままだ。

 それに御堂先輩も欠席、あの優秀な生徒会長が何故?


 それにボクは那奈ちゃんにSNSをブロックされていて見れない。


 仕方なく彼女の家を調べ、カバンと制服を返しに行くと……家には病気の母親だけで那奈ちゃんは帰っていなかった。

 那奈ちゃん、こんな辛い環境でずっと暮らしてたんだ……知らなかった。


 そんなボクに父さんの悪友と言っていたラッキーさんがバイクで駆け付けた。


「オイ、大変なことになってるぞ!」

「えっ!?」


 ボクはラッキーさんから那奈ちゃんが悪徳ホストクラブに入りびたっている話を聞いてしまった。

 でもどうやって調べれば……。


「里香さんならわかるはずだ。今すぐに帰ってみろ」


 ボクはラッキーさんに言われたように、家に帰ってからすぐに母さんに話してみた。

 すると、母さんは自分のフォロワーを総動員して那奈ちゃんを探してくれた。

 なんと、母さんはセレブアカウントで数万フォロワーのリカさまだったんだ。


 この子を探してほしい、そのすぐ後に入ってきた情報で、那奈ちゃんはホストクラブで豪華な食事が楽しいって書いていた。


 ブロックされていない母さんのスマホから見た、ななぽんアカウントでは、豪華な食事、みんな優しい、生きててよかった、もう働かなくてもいいんだ、といった今まで無理していた分吹っ切れたような那奈ちゃんの投稿がいくつも見られた。

 まともに寝ていないのだろうか、化粧はキツく、目がトロンとした感じになっている。


 ――まさか、このままでは!!


 やきもきしていたボクの所に母さんがやってきた。


「あ、そうそう。そのホストクラブ、夢王って最悪だって尚美が言ってたわね、あの子は洋介さん一筋だからママ友からの情報だけど


「あの頃、ママ友にひとりだけ“ハマっちゃった人”がいてさ……」

「お姫様みたいに扱われてると思ってたら、最後は借金背負って夜逃げよ」

「那奈ちゃんって子、正直もう“本気”で落とされてるんじゃない?」」


 という話だった。

 マズい!! このままじゃ那奈ちゃんが!!


 やきもきして動けないボクを祖父の執事のゴンザさんがひょいと首根っこを摑まえた。

 そしてボクはいやがおうにも車に乗せられ、隣にはどっかりと祖父が座っていた。


「お前をある場所に連れて行く……それは男を知る場所だ」


 ボクはゴンザさんに拉致られたように車に乗せられ、辿り着いたのは――海の見える崖の上だった。

 舗装もされていない山道を越えた先、潮風が吹きつける海の見える崖に、ひとつだけ場違いに豪奢な墓が建っていた。


 祖父がゆっくりと車を降りる。ボクもそれに続いた。


「ここは……?」

「御堂暁光の墓だ。昭和の時代に、誰も止められなかった“怪物”のな」


 墓石には御堂暁光の名。享年……昭和47年と刻まれ、風に晒され、どこか荒れている。


「わしがこいつと拳を交えたのは、50年近く前。あいつは“国を呑む”つもりで動いてた。わしは何も持たんただの荒くれだった。だが――最後に残ったのは拳だけだったな」

「……拳、ですか?」

「ああ。場所は燃え盛るタンカーの甲板の上。逃げ場のない地獄の舞台で、わしと奴は殴り合った」


 マジで昭和の劇画かよ、と言いたくなるが……もう慣れた。

 というかどう考えてもコレ違法だよね!?


「それで……ここにその遺骨を埋めた、と……って違法じゃん!」

「仕方あるまい、そのままライバルだった男を野ざらしにするわけにもいかんかったからな」


 その後ろで木にもたれかかったインテリっぽい爺さんがタバコをふかしながらつぶやいた。


「安心しろ、剛。その件は俺が県警の書類を適当に色々ちゃっちゃとやって処理して置いてやった。まあ、あの全裸告白の時に俺が現役だったらお前の今の栄光は無かったかもな」


 この人は元警察官僚だった城嶋さんか、何か伝える為にここに来たのかな。


「頼まれていたモノは調べておいたぞ」

「うむ、ご苦労だった」


 祖父は、タバコに火をつけた。海風に煽られながら、やっと火がつく。


「派手に暴れて、派手に散った。だがな、あいつの残した闇はまだ終わっちゃいねぇ」

 ボクはハッとした。那奈ちゃんの状況が、急にこの話と重なってきた。


 御堂……暁光? 御堂……御堂……!?


 墓の前で、祖父がその名を口にした瞬間、ボクの脳内で点と点がつながった。

 御堂……生徒会長の御堂先輩。ずっと那奈ちゃんに執着していた、あの優秀で、でもどこか冷たい先輩――。

 まさか……いや、でも“夢王”と繋がってるなら……!


 血の気が引いた。ボクはすぐに家に帰り、スマホを取り出す。


「ラッキーさん、お願いします! ボクを“夢王”まで連れて行ってください!」

『……マジで行く気か? お前、一人で?』

「行かなくちゃ……ボクが那奈ちゃんを助けるって、約束したから……!」


 その声に、ラッキーさんがため息をついた。


『わかった。死ぬなよ、坊主』


 ボクが到着したラッキーさんのバイクに乗せてもらった頃、祖父はゴンザさんに用意してもらった電話で何かを話していた。


「ワシだ。お前達……久々の出番だぞ。腕は鈍ってないな」


 何か言っているみたいだったが、ボクはバイクに乗っていてよく聞こえなかった。


 夢王のある通りは、煌びやかなネオンと裏社会の闇が交錯する、六本木の裏路地みたいな場所だった。

 ラッキーさんがバイクを止めてボクの肩を叩く。


「ここからは一人で行け。坊主……お前の覚悟を見せてやれ」

「……うん。ありがとう」


 ボクは震える足で、“夢王”のガラス張りのドアを押し開けた。

 中は異様なほど派手で、酒と香水の匂いが混じった空間だった。酔い潰れた女の子たちがソファに倒れ込み、ホストたちは高級シャンパンを開けて笑っている。


 ――那奈ちゃんは……どこ?


 その瞬間、スーツの黒服たちがボクに気づいた。


「おいコラ、ガキが何しに来た?」

「客か? ……いや、ツレを探しに来た系か?」


 ボクは息を呑んで、叫ぶ。


「那奈ちゃんを……那奈ちゃんを返してくれ!!」


 ホストたちは鼻で笑い、黒服がボクの胸ぐらを掴んだ。


「調子に乗るなよ、坊や――!」


 ドン、と腹に蹴りが入った。

 視界が歪み、膝から崩れ落ちる。

 痛い……痛い……でも、ここで引いたら、那奈ちゃんは――!


 さらに殴られ、踏みつけられる。


「ガキのくせに人の“商品”に口出してんじゃねぇぞ!」


 その瞬間――店の正面のガラスが、**ガァアアアン!!**と爆音を立てて砕け散った!


「――誰かと思えば、ただのクソ餓鬼共か。……昭和舐めてんじゃねぇぞ」


 粉塵と煙の中から現れたのは、革ジャンに金チェーンをぶら下げたオッサン。


「わいは関根正樹や……この街の裏と銭のことは、だいたいわいの目に入っとるわ」


 そしてその後ろには、アロハシャツで銃のスリングを下げた渋い外人――


「マイク・ブロンソン大佐。こう見えて対テロの訓練は生きてるうちに充分済ませてるんでね……民間人保護、開始だ」


 さらに、メガネにスーツの男が笑う。


「“元官僚”の城嶋だ。公安もこのクラブには興味津々でね。今日ここを潰す口実が欲しかったところだ」


 そして最後に――


「真人!! ようやった!!」


 祖父――剛が、酒瓶片手に店へとなだれ込んできた!


「誰じゃ! ワシの孫を殴ったアホはァ!! 顔覚えたぞ!!!」


 まさに昭和の修羅、全員集合――!!

 さらに、タンクトップにハーフパンツ姿の美女も、あれってひょっとして……ジェシカさん!?


 祖父と爺さん達、それにジェシカさんはホストクラブの半グレ相手に圧倒的な立ち回りを見せた。

 そしてそこに到着したのは、だらしないお腹のバブルのオッサン達だった。


「坊主ども、この街で商売するんだったら相手を選ぶべきだったな、今日でこの店は終わりだ」


 その目力は、パーティーで昔話を語っていたバブルの残党とは思えない鋭いものだった。


「敵対的M&Aって知ってるか、お前達の親会社のフロント企業がたった今オレたちの傘下に入った、つまりお前達にとってオレは親会社の社長という事になるんだ」


 だらしないオッサンだと思っていた父さんの仲間が見せたのは、金でのケンカだった。


「な、何でだ!? 店のホームページが……見れなくなっている」

「あーあ、よーす犬が本気出しちゃったね。彼、若い頃ペンタゴンにハッキングかけたっていうから」


 よーす犬って、美桜ちゃんのお父さんの洋介おじさんの事?

 なんと、昭和、平成の祖父や父さんの仲間が那奈ちゃん救出に全員力を貸してくれている。


「真人、ここから先はお前が行け、あの御堂の孫と決着をつけてこい!」 


 そうか、祖父も彼が御堂の孫だと気が付いたのか。


夢王の照明がまだらに明滅する中、砕けたガラスの向こう――

ただ一人、御堂光がお立ち台の上に立っていた。

ボロボロのスーツに血のにじむ拳、瞳だけが、爛々と燃えている。


ボク……いや、オレがふらつきながらも睨み返す。


「……結局、誰もオレを止められなかったな。半グレも、親会社も、官僚どもも……ただの駒にすぎん」

「……どうして……那奈ちゃんを、あんな風に……!」

「お前にわかるか? オレの名は“光”。でもな……この名を背負うってのは、闇の中で光を握り潰して生きるってことだ」


オレは一瞬言葉を失ったが、拳を握り直した。


「俺は名前通りに生きてやるんだ!光輝く“表社会”を全部支配し、てっぺんに立って、“時代の覇者”になってやる!」

「そんな……薄汚いやり方で光が掴めるもんか!!」


その一言に、御堂の目がギラつく。


「なら――証明してみろよ、坊や。“夢王”の頂で、オレの拳を超えてみろ!」


音楽も、喧騒も消えた。

見つめ合ったまま、両者が――走る!


ドゴッ!!


交錯する拳! 御堂の打ち下ろしがオレの頬を裂く。そしてオレのアッパーが御堂の腹を抉る。


「弱ぇな……その程度で“正義”を語るな!」

「正義なんか知らねぇ! 那奈ちゃんが泣いてた、それが全部だ!!」

「泣いてねえだろうが、笑っていた。オレはアイツの求めていたものをくれてやったんだ。その後代償を払うのは当然だろうが!」


オレが膝をつく。血まみれ。視界が歪む……痛い、ケンカなんてした事ないのに。


「……終わりだ。やっぱり“理想”は、現実には勝てねぇ」


那奈ちゃんの涙、剛の言葉、バイクの背中、すべてが胸に蘇る。


「勝ち負けじゃねぇ……! 譲れないもののために立ち上がるんだよ!!」


お立ち台の上――

オレの拳が、御堂の顎を打ち抜く!

のけぞる御堂。足元がふらつく。


だが――もう一発。


オレの渾身のストレートが、御堂の顔面に炸裂!


ドッ!!


御堂がガラステーブルに突っ込み、崩れ落ちた。


そして彼は……お立ち台の下に、倒れこんだ。


 辺りを静寂だけが包んだ。


御堂は薄く笑った。


「……そうかよ……じいさんの時代から……やっぱ拳だけが、最後に残るのか……」


オレは拳を下ろし、立ち尽くす。


「光ってのは……誰かを傷つけて手に入れるもんじゃない……誰かと“分け合って”、初めて本物になるんだよ……」


御堂の目が、初めて……人間らしい、どこか“悔い”の混じった目に変わった。


「……見事だ、真人。拳の意味を、よう伝えた」


那奈ちゃんが助け出され、俺に駆け寄ってくる。


「……バカ。ボロボロじゃん……でも、来てくれて、ほんとにありがとう……でも、あたしも強くなるね……」

「やるじゃない、ダディとグランパ以外でこれだけ出来るジャパニーズ、ゴウさんだけだと思ってた、アナタ……カッコいいわよ」


 ジェシカさんがオレにウインクをしてきた。

 それを見ていた那奈ちゃんが何だかちょっと表情が怖いんだけど……。


「あたしだって……負けない、きっと。真人君に相応しいオンナになるわ」

「いいわね、望むところよ」


 ジェシカさんと那奈ちゃんががっちりとした握手をしてるけど……ひょっとしてこれオレの事?


 御堂が倒れ、半グレは全て昭和の修羅と平成のバブル世代によって壊滅。

 こうして、ホストクラブ夢王の戦いは終わった。


 城嶋さんの通報で、警察はすぐに駆け付け、御堂と半グレのホスト崩れたちは逮捕された。

 御堂が連行される際、祖父がこう言っていた。


「お前が本当に御堂を立て直したいなら、ムショから出たらワシの所に来い、鍛え直してやる!」


 御堂はそれを聞き、寂しそうに笑った。


「ジイさん、今の時代、そんなの流行らねえよ……」


 連行されていく御堂の表情は、どこか清々しい爽やかなものだった。


 後日、那奈ちゃんが家にドレスを返しに来た。


「ごめんなさい、ボロボロにしてしまって……」

「良いのよ、これは思い出のもの。心には残ってるから……」


 そしてオレは那奈ちゃんに母さんのこのドレスの話をした。

 残りの話は父さんから聞いたんだが、顔を腫らしてモーニング姿で現れたのは、祖父と殴りあって膝をつかせたかららしい。

 その際にもやし鍋の話も聞いた、母さんが電話も使えず、誰も頼れる人がいない中唯一家を知っていたのが当時の父さんの住んでいたアパートで、そこでもやしだけの鍋を二人で食べたそうだ。


 そうなんだ、みんな……苦労して生きてきたんだな。


「あたしは……あなたの足手まといじゃないよね……?」

「うん、那奈ちゃん……ボ……オレとつ、付き合ってください!!」

「えっと……友達、から……なら」


 こうして、オレはついに……那奈ちゃんと付き合えることになった。


「祖父と父の恋愛アドバイスは結局一つも役に立たなかった。


でも、守ろうとしてきたものは確かに残ってた。


――ただし、フルチン告白は二度とゴメンだ。


「何じゃ、真人。いつ浜辺に呼び出して全裸で告白するんじゃ?」

「だから父さんは古いんですって、ここはやはりきちんとお互いの気持ちを日記で……」


 オレはスマホをチラ見した。

 母さんへのオレのSNSは……既読のまま止まっていた。

 タイムラインを見ると、母さんは尚美さんと**「幸せ合戦」**の真っ最中だった。


「今日もパパがティラミス作ってくれました☆ 娘ちゃん、明日ドラマ収録で早起きです」

「うちは毎朝手作りグラノーラ♪ 真人くん、自主的に勉強してくれて感謝しかない☆」


 してねぇよ……自主的に。


 幸せのマウント合戦に忙しい母さんは、恋愛相談LINEは既読スルー。

 祖母はタブレットでツルゲーネフの『初恋』を読みながら、広告で高級毛ガニをクリックしていた。


 オレの恋愛相談、誰にすればいいのよ――。


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