校門の前に立ち、空を見上げる途中に見えた桜はもう散っていた。しとやかな春の風が、足元の桜の花びらが舞い上がらせる。
そのピンク色に染まった桜の絨毯の上を、そろりそろりと静かに歩く。いつもより歩幅は小さく、やっぱり緊張しているみたい。
なにせ今日が転校初日。目に映るものすべてが新しく、すべてが刺激的。
「ごきげんよう」
校舎へ続くレンガ敷きの道を歩いていると、女子たちが聞き慣れない挨拶を交わしながら通り過ぎてゆく。
「……あ!」
とっさのことで反応できずに、口をぽかんと開けたまま見送ってしまった。
ああ、やっちゃった。挨拶できなかった……」。
ちょっとだけ後悔して、下唇を噛む。
だけどこんなことでくじけていられない。登校する生徒たちの波に混ざる。
右には女子、左にも女子、周りにいるのはすべて女子だった。
「女子しかいない……」
誰にも聞こえないように、ぽつりと当たり前のことをつぶやいてしまう。
そりゃそっか、ここは女子校なんだから。
全国でも有数の名門女子校、大和女学院。
歴史と伝統が垣間見える校舎を眺めながら歩いていると、びゅうっと風が吹いてスカートを膨らませた。思わず「あっ」と小さな声を漏らし、スカートを両手で押さえる。膝同士がこつんと触れ合い、黒のローファーがハの字にこんにちは。
ぎこちない指で髪を耳にかけると、自分の仕草にちょっとだけ恥ずかしくなった。
「ご、ごきげんよう」
通りがかった女子に、勇気を出して挨拶をしてみる。ショートカットの清楚な女子が、軽く頭を下げてにこりと笑いかけてくれた。
なんとかやっていけるかもしれない。そのとき、小さな勇気が芽生えたんだ。
今日からここで新しい高校生活が始まることになる。
俺の、女子高生としての生活が――。