屋敷の奥にある応接間。
一族が寝静まった深夜、古びた振り子時計の音だけが静かに響く。
六枝家当主とその妻が、薄く香る紅茶の湯気を挟んで静かに座っていた。
「……静かだな」
「ええ。今日は夢羽も楽しんだようですね」
そんな穏やかな会話を打ち破るように、
きぃ…と、扉が開いた。
白いガウンをまとった長女・六枝美夢がそこに立っていた。
「……こんな時間にどうした、美夢」
父の問いかけに、美夢は変わらぬ微笑を浮かべたまま、すっと入室する。
「お父様、お母様。夜分遅くに申し訳ありません。
……少し、お話をしても、よろしいでしょうか?」
紅茶の香りのなか、しん…と静寂が落ちる。
「もちろんだ。何かあったのか?」
応接椅子に腰かけると、美夢は一度、瞳を伏せた。
「……私、我慢してきたんです。
どんなに気に入らなくても、どんなに抑えが効かなくても。
当主になるためなら、歯を食いしばって耐えてきました。
全部、飲み込んできました……」
淡々と語るその声に、妻が小さく息を呑む。
「けれど……なぜ、私ではなく、臨夢や六夢が次期当主なのですか?
理解できません。
……私の方が、優れているはずですのに」
父は、静かに目を閉じると、低い声で語った。
「……お前は、まだ未熟だ、美夢。
知識も才もある。だが、怒りに支配され、支配したがるその性質は……
当主にとって致命的だ。
お前は危険すぎる。お前が当主になれば、この家は壊れる」
瞬間。
美夢の表情から、笑顔が音もなく抜け落ちた。
ただ、ぽつりと――
「そう、ですか……それが、答えなんですね?」
そしてまた、ゆっくりと微笑みが戻る。
「……なら、よかったです。
……答えようには引こうかと思いましたが
……やめました」
父はわずかに眉をひそめた。
「……どういう意」
どういう意味だ、美夢。
その言葉が終わるより早く。
ぐちゃあ
美夢の背後から滑り出た鉈が、
光の尾を引いて振り下ろされた。
鈍い音。噴き出す赤。
六枝家当主の頭が、
無惨にも真っ二つに裂けた。
返り血が紅茶の表面に浮かび、
花のように広がる。
「お父様、失礼。
これで、道が少し……開きましたわね」
血濡れた美夢の顔には、最初から最後まで微笑があった。
それは淑やかに、静かに狂った“女王の笑み”だった。