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40「惨劇Ⅰ」

屋敷の奥にある応接間。

一族が寝静まった深夜、古びた振り子時計の音だけが静かに響く。


六枝家当主とその妻が、薄く香る紅茶の湯気を挟んで静かに座っていた。


「……静かだな」

「ええ。今日は夢羽も楽しんだようですね」


そんな穏やかな会話を打ち破るように、

きぃ…と、扉が開いた。


白いガウンをまとった長女・六枝美夢がそこに立っていた。


「……こんな時間にどうした、美夢」

父の問いかけに、美夢は変わらぬ微笑を浮かべたまま、すっと入室する。


「お父様、お母様。夜分遅くに申し訳ありません。

……少し、お話をしても、よろしいでしょうか?」


紅茶の香りのなか、しん…と静寂が落ちる。


「もちろんだ。何かあったのか?」


応接椅子に腰かけると、美夢は一度、瞳を伏せた。


「……私、我慢してきたんです。

どんなに気に入らなくても、どんなに抑えが効かなくても。

当主になるためなら、歯を食いしばって耐えてきました。

全部、飲み込んできました……」


淡々と語るその声に、妻が小さく息を呑む。


「けれど……なぜ、私ではなく、臨夢や六夢が次期当主なのですか?

理解できません。



……私の方が、優れているはずですのに」


父は、静かに目を閉じると、低い声で語った。


「……お前は、まだ未熟だ、美夢。

知識も才もある。だが、怒りに支配され、支配したがるその性質は……

当主にとって致命的だ。

お前は危険すぎる。お前が当主になれば、この家は壊れる」


瞬間。


美夢の表情から、笑顔が音もなく抜け落ちた。

ただ、ぽつりと――


「そう、ですか……それが、答えなんですね?」


そしてまた、ゆっくりと微笑みが戻る。


「……なら、よかったです。

……答えようには引こうかと思いましたが















……やめました」


父はわずかに眉をひそめた。


「……どういう意」


どういう意味だ、美夢。

その言葉が終わるより早く。


ぐちゃあ


美夢の背後から滑り出た鉈が、

光の尾を引いて振り下ろされた。


鈍い音。噴き出す赤。


六枝家当主の頭が、

無惨にも真っ二つに裂けた。


返り血が紅茶の表面に浮かび、

花のように広がる。


「お父様、失礼。

これで、道が少し……開きましたわね」


血濡れた美夢の顔には、最初から最後まで微笑があった。

それは淑やかに、静かに狂った“女王の笑み”だった。

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