静かな夜道を、二つの影が歩いていた。
六枝臨夢と、彼の隣を小さく寄り添う少女──六枝家で育ち、今は記憶を失った"
六夢や弦夢、芽夢は家で待機、
臨夢は少女の手を引いて
児童養護施設「白蜜館」へ向かっていた。
「……着いた」
立派とは言えないが、
温かな光が灯る建物が目の前にある。
臨夢が扉を叩くと、すぐに返事があった。
「はあい」
扉が開き、
「待ってたわ、臨夢くん。
そして──」
白子の瞳が、少女を優しく見つめる。
「初めまして、ね」
少女は何も言わず、ただ臨夢の袖をぎゅっと握った。
「……この子を頼む」
臨夢の言葉に、白子は静かに頷く。
「もちろんよ。
ここで、あなたの居場所を作るからね」
白子は少女にそっと手を伸ばした。
「あなたの名前を聞いてもいい?」
少女は少し怯えたように首を振った。
「……わからない……」
自分の名前すら思い出せない。
それは、記憶を失った彼女にとって当然のことだった。
白子は微笑み、しゃがんで少女の目線に合わせた。
「じゃあね、
これから新しい名前をつけてあげる。いい?」
少女は不安そうに臨夢を見上げる。
臨夢は無言で頷いた。
白子は少し考えた後、優しく口を開く。
「
少女の瞳が揺れた。
「詩のように美しく、
羽のように自由に
──そんな願いを込めて」
白子の声は、柔らかく、温かかった。
「……し、ば……?」
少女が小さく繰り返す。
その響きを確かめるように。
「そう、あなたの新しい名前」
白子はそっと、少女
──詩羽の頭を撫でた。
「今日からここがあなたの家よ、詩羽ちゃん」
少女の目が潤み、震える声で呟いた。
「……ありがと……」
それを聞いた臨夢は、静かに目を伏せた。
これでよかったのだと、言い聞かせるように。
白子が詩羽の手を優しく握りしめる。
「さぁ、入りましょう。
温かいミルクがあるわよ」
詩羽は戸惑いながらも、その手に引かれて歩き出した。
臨夢は彼女の背を見送り、そっと呟いた。
「……幸せになるんだぞ、詩羽」
そして、静かに背を向け、
夜の闇へと消えていった。