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46「白蜜館」

静かな夜道を、二つの影が歩いていた。


 六枝臨夢と、彼の隣を小さく寄り添う少女──六枝家で育ち、今は記憶を失った"彼女夢羽"。


六夢や弦夢、芽夢は家で待機、

臨夢は少女の手を引いて

児童養護施設「白蜜館」へ向かっていた。


「……着いた」


立派とは言えないが、

温かな光が灯る建物が目の前にある。

臨夢が扉を叩くと、すぐに返事があった。


「はあい」


扉が開き、巳蜜白子みみつしろこが笑顔で現れた。


「待ってたわ、臨夢くん。

そして──」


白子の瞳が、少女を優しく見つめる。


「初めまして、ね」


少女は何も言わず、ただ臨夢の袖をぎゅっと握った。


「……この子を頼む」


 臨夢の言葉に、白子は静かに頷く。


「もちろんよ。

ここで、あなたの居場所を作るからね」


白子は少女にそっと手を伸ばした。


「あなたの名前を聞いてもいい?」


 少女は少し怯えたように首を振った。


「……わからない……」


 自分の名前すら思い出せない。

 それは、記憶を失った彼女にとって当然のことだった。


 白子は微笑み、しゃがんで少女の目線に合わせた。


「じゃあね、

これから新しい名前をつけてあげる。いい?」


 少女は不安そうに臨夢を見上げる。

 臨夢は無言で頷いた。


 白子は少し考えた後、優しく口を開く。


詩羽しば


 少女の瞳が揺れた。


「詩のように美しく、

羽のように自由に


──そんな願いを込めて」


白子の声は、柔らかく、温かかった。


「……し、ば……?」


 少女が小さく繰り返す。

 その響きを確かめるように。


「そう、あなたの新しい名前」


白子はそっと、少女

──詩羽の頭を撫でた。


「今日からここがあなたの家よ、詩羽ちゃん」


 少女の目が潤み、震える声で呟いた。


「……ありがと……」


 それを聞いた臨夢は、静かに目を伏せた。

 これでよかったのだと、言い聞かせるように。


 白子が詩羽の手を優しく握りしめる。


「さぁ、入りましょう。

温かいミルクがあるわよ」


詩羽は戸惑いながらも、その手に引かれて歩き出した。


臨夢は彼女の背を見送り、そっと呟いた。


「……幸せになるんだぞ、詩羽」


 そして、静かに背を向け、

夜の闇へと消えていった。


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