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45「苦渋の決断」

静かな診療所に、臨夢の低い声が響いた。


「……夢羽を、白子のところへ預けよう」


その言葉に、六夢ははっと顔を上げた。


「な……?」


臨夢は冷静だった。

けれど、

その瞳の奥には深い決意が滲んでいる。


六枝家うちには、もう戻せない。

美夢姉さんは壊れた。

次に何をするか分からない

……これ以上、

あの子を危険に晒すわけにはいかない」


「でも……!」


六夢は反論しかけたが、言葉が続かない。

弦夢や芽夢も、沈黙したままだった。


「記憶を失った今、

あの家に戻せば、

夢羽はただの獲物にされる」

「……っ」


 その現実を突きつけられ、六夢は歯を食いしばる。

 正論だった。分かっている。

 でも……


「私たちが守ればいいじゃねぇかよ……!!」


 そう叫んだ六夢を、臨夢はじっと見つめた。


「六夢、お前は分かってるはずだ。

姉さんを止められるのは、

もう誰にもいない。

美夢あの女狐がいる限り、

また夢羽を狙われる

……そうなる前に、遠ざけるしかない」


「でも……っ!!」


「……白蜜館。

白子の所なら、安心だ」


 臨夢の声は優しかった。


「あそこなら、

夢羽を普通の子供として

生きさせることができる」


「……普通、の……」


 六夢の胸に、重くのしかかる言葉だった。





 ──夢羽が普通に生きる未来。

それは、

美夢がいる世界では絶対に叶わないもの。


六夢の肩が震えた。


「……そんなの、夢羽が可哀想じゃんか……!!

一方的に痛めつけられて、

あの子が逃げて隠れなきゃいけないなんて……!」


 涙がこぼれる。

 それでも、臨夢は優しく言った。


「お前だけじゃない」


そう言いながら、

臨夢は夢羽の寝顔を見下ろした。

臨夢の想い人で

児童養護施設を営む白子のもとなら、

この子は普通に生きられる。

記憶が戻らなくても、

幸せになれるかもしれない。


「……六夢、お前はどうする?」


 臨夢が問う。

 六夢は、泣きながら拳を握った。

 悔しい。

 守れなかった自分が情けない。

 でも──


「……分かった……」


 搾り出すような声だった。


「……夢羽を、……守るためなら……。」


 それは、

六夢にとって最も苦しい決断だった。

 けれど、

それが唯一の正解だと分かっていた。


芽夢はしゃくりあげながら六夢の袖を握り、弦夢は唇を噛みしめた。


 そして、六夢は夢羽の頬にそっと触れた。


「夢羽……」


その声に、今は眠る

肉体の一部と記憶を無くした少女は

何も応えなかった。


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