静かな診療所に、臨夢の低い声が響いた。
「……夢羽を、白子のところへ預けよう」
その言葉に、六夢ははっと顔を上げた。
「な……?」
臨夢は冷静だった。
けれど、
その瞳の奥には深い決意が滲んでいる。
「
美夢姉さんは壊れた。
次に何をするか分からない
……これ以上、
あの子を危険に晒すわけにはいかない」
「でも……!」
六夢は反論しかけたが、言葉が続かない。
弦夢や芽夢も、沈黙したままだった。
「記憶を失った今、
あの家に戻せば、
夢羽はただの獲物にされる」
「……っ」
その現実を突きつけられ、六夢は歯を食いしばる。
正論だった。分かっている。
でも……
「私たちが守ればいいじゃねぇかよ……!!」
そう叫んだ六夢を、臨夢はじっと見つめた。
「六夢、お前は分かってるはずだ。
姉さんを止められるのは、
もう誰にもいない。
また夢羽を狙われる
……そうなる前に、遠ざけるしかない」
「でも……っ!!」
「……白蜜館。
白子の所なら、安心だ」
臨夢の声は優しかった。
「あそこなら、
夢羽を普通の子供として
生きさせることができる」
「……普通、の……」
六夢の胸に、重くのしかかる言葉だった。
──夢羽が普通に生きる未来。
それは、
美夢がいる世界では絶対に叶わないもの。
六夢の肩が震えた。
「……そんなの、夢羽が可哀想じゃんか……!!
一方的に痛めつけられて、
あの子が逃げて隠れなきゃいけないなんて……!」
涙がこぼれる。
それでも、臨夢は優しく言った。
「お前だけじゃない」
そう言いながら、
臨夢は夢羽の寝顔を見下ろした。
臨夢の想い人で
児童養護施設を営む白子のもとなら、
この子は普通に生きられる。
記憶が戻らなくても、
幸せになれるかもしれない。
「……六夢、お前はどうする?」
臨夢が問う。
六夢は、泣きながら拳を握った。
悔しい。
守れなかった自分が情けない。
でも──
「……分かった……」
搾り出すような声だった。
「……夢羽を、……守るためなら……。」
それは、
六夢にとって最も苦しい決断だった。
けれど、
それが唯一の正解だと分かっていた。
芽夢はしゃくりあげながら六夢の袖を握り、弦夢は唇を噛みしめた。
そして、六夢は夢羽の頬にそっと触れた。
「夢羽……」
その声に、今は眠る
肉体の一部と記憶を無くした少女は
何も応えなかった。