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44「移植→喪失」

──時間が経った。


 夢羽の命は、なんとか繋ぎ止められた。




「……右目と両腕がもうダメだった」


「だから

……長男坊から、

あの残骸から使える部位を寄越して貰ってから、くっつけたぜ。」




 四十万が静かに言う。


 六夢は手術台の上の夢羽を見た。




 左腕は父親のもの。


 右腕、右目は母親のもの。




 継ぎ接ぎの身体。


 それでも、夢羽はまだ生きている。




「……これで、いいんだよね……?」




 自分に言い聞かせるように呟いた六夢の隣で、芽夢が嗚咽を漏らした。


 臨夢も、弦夢も、ただ黙って夢羽を見ていた。




 六夢は、夢羽の手を握る。


 冷たく、まだ動かないその手を。




「……絶対、助けるから……」




 闇医者の部屋には、夜の静寂が広がっていた。




⬛︎ ⬛︎ ⬛︎



 暗い部屋に、かすかな息遣いが響いた。


 薄く開いた瞼の下、緑色の瞳が揺れる。




「……う……」




 掠れた声が漏れた。


 夢羽が、目を覚ました。




「夢羽!!」




 六夢が真っ先に駆け寄る。


 臨夢、弦夢、芽夢も緊張した面持ちで見守っていた。


 四十万は壁にもたれ、腕を組んで様子を伺っている。




 夢羽の目が、ぼんやりと六夢を映した。


 だが──




「…………?」




 その一言で、六夢の全身から血の気が引いた。




「……な、何言ってんだよ……?

私だよ!

六夢お姉ちゃんだよ!ねぇ、夢羽!

お姉ちゃん!」


「……む、む……?」




 夢羽の顔に困惑が浮かぶ。


 焦点の合わない瞳。


 怯えたように、左手

──今は亡き父の腕を見つめ、右目を抑えた。




「……なに、これ?いたいの。

なんで、ちがう……どこ?」


「……っ!!」




 六夢は言葉を詰まらせる。


 その横で、芽夢が震えながら縋るように夢羽の手を取った。




「ねぇ、芽夢だよ!!

芽夢たちと一緒に住んでたでしょ!?

覚えてるよね!?ねぇ!!」




「……めむ……?」




ぽつりと呟く夢羽の顔に、

何の確信もない。


その場にいた全員の心に、冷たい絶望が広がった。


⬛︎ ⬛︎ ⬛︎




「……記憶障害だ」






四十万が静かに言った。




六夢は震える手で夢羽の肩を掴む。








「……冗談でしょ……?」




「……時間が経てば戻るかもしれねぇが、

今のところは何も保証できねぇ。

無理もねぇ、こんなボロ雑巾にされるわ

親目の前であんな挽肉にされたんだ。

正気でいようってのが無理な話だ。」


四十万が煙草を咥え、

胸糞悪そうな顔をしながらつぶやく。


「……そんなの……嫌だよ……。


約束、したのに……。

海、一緒に……いこうね……って……。

また、遊園地だって……また、一緒に……




なのになんでこんなことになってんの!?

どうしてお父さんもお母さんも死んで

夢羽がこんな思いしなきゃいけないのよ!?

なんにも悪くないのに!何もしてないのに!

……クソッ!畜生が……畜生ぉおおおおおッ゛」









六夢の瞳から、大粒の涙がこぼれた。




何のために助けた?




何のために、ここまでして……?








「助けたのに……

守るって言ったのに……」








夢羽は自分の顔を触りながら、

怯えたように呟く。








「…だい、じょお……ぶ……?」








その言葉に、芽夢が泣き崩れた。








「やだ……やだよぉ……!!……夢羽が、夢羽じゃなくなっちゃったぁ……!!」








 弦夢は拳を握りしめ、歯を食いしばっていた。




 臨夢は無言で俯いたまま、何も言わなかった。








 六夢は、ただ、夢羽を抱きしめた。




 震える肩を抱き寄せながら、絞り出すように呟いた。








「…………ごめんね。

……ごめんね……ごめんなさい







……ごめん。」








 それは、

ただ虚しいだけの謝罪だった。




 ──六夢は、一気に大切なものを

一度に奪われ、失った。




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