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第3話 :陰謀と罠



2-1:噂と挑発


公爵家の大広間では、アレクサンダーが主催する小さな茶会が開かれていた。領地内の名門貴族たちが招かれ、華やかな衣装を身にまとった令嬢たちが一堂に会している。ヴィヴィアンもまた、公爵夫人としてその場に参加していた。彼女の周囲にはいつも通り冷たい視線が集まり、その視線の多くは嫉妬や侮蔑に満ちていた。


「彼女が公爵夫人ね。あの冷徹な公爵が選んだ相手が、こんな没落寸前の伯爵家の娘だなんて。」


広間の隅で囁かれる声はヴィヴィアンの耳にも届いていた。しかし、彼女はその言葉を意に介さず、完璧な微笑みを浮かべていた。それが彼女の矜持だった。


そのとき、大広間の扉が開き、一人の女性が颯爽と現れた。華やかなドレスを身にまとい、深い緑の瞳が自信に満ちた光を放っている。その姿を見た周囲の空気が一瞬で変わった。


「セリーナ・モーガンよ。」


低い声で囁かれる名前に、ヴィヴィアンの指先がわずかに震えた。この女性こそがアレクサンダーの「本命」と噂される存在だった。美貌と名家の出身を兼ね備え、誰もが羨む貴族令嬢。公爵家の次期夫人にふさわしいと評されていた。


セリーナは広間を見渡しながら、まっすぐヴィヴィアンの方へ歩いてきた。その姿は挑発そのものであり、周囲の視線が二人に集中する。


「初めまして、公爵夫人様。」


セリーナの声は柔らかかったが、その言葉の端々には冷たい棘があった。


「セリーナ・モーガン様ですね。お噂はかねがね伺っています。」


ヴィヴィアンは礼儀正しく頭を下げた。その態度に隙はなく、セリーナの目に挑発されてもなお毅然とした立ち振る舞いを見せていた。


「まあ、私の噂を耳にしてくださっているなんて光栄ですわ。でも、どうしてかしら?公爵様が私のことをよくお話しになっていたからかしら?」


セリーナはわざとらしく微笑みながら言った。その言葉に周囲の貴族たちがざわめく。


「そうですか。公爵様がセリーナ様のことをお話になる機会はなかったように思いますが……。」


ヴィヴィアンの言葉は丁寧だったが、その微笑みには静かな反撃の意図が込められていた。セリーナの瞳が一瞬だけ鋭さを増したが、すぐにまた柔らかい表情に戻った。


「まあ、そうですの。けれど、あなたもご存じの通り、公爵様と私は長い付き合いがありますのよ。子供の頃から、ずっと一緒に過ごしてきましたわ。」


セリーナはわざとらしくため息をつき、視線を周囲の貴族たちに移した。


「正直申し上げて、公爵夫人としての務めはさぞ大変でしょうね。突然こんな立場に押し上げられて、お困りではありません?」


「ご心配ありがとうございます。でも、公爵夫人としての務めはすでに慣れております。それに、公爵様は私に十分なご配慮をくださっていますので、不自由はありません。」


ヴィヴィアンは落ち着いた声で応じた。その一言に、セリーナの笑みが微かに引きつるのが分かった。


茶会の後、ヴィヴィアンは自室に戻る途中、廊下で執事から耳打ちされた。


「奥様、最近公爵夫人に関する妙な噂が広まっているようです。」


「妙な噂、ですか?」


執事は眉をひそめながら続けた。


「ウィンザー伯爵家が没落寸前だという話や、奥様がその借金を盾に公爵様に無理やり結婚を迫ったという内容です。」


ヴィヴィアンの胸が冷たく締め付けられるような感覚を覚えた。それは完全に事実無根だったが、そのような噂が広まれば彼女の立場は危うくなる。


「誰がそんなことを……。」


「噂の発端は分かりませんが、広間でセリーナ様がそれとなく話題にしたことで、さらに拡散しているようです。」


その言葉に、ヴィヴィアンの瞳が冷たく光った。


「分かりました。ご報告ありがとうございます。」


彼女は冷静を装ってその場を去ったが、胸の中では怒りが燃え上がっていた。


その夜、ヴィヴィアンは執務室で書類に目を通すアレクサンダーのもとを訪れた。


「公爵様、少しお時間をいただけますか。」


アレクサンダーは書類から顔を上げ、彼女を見た。その視線にはいつも通りの冷静さが漂っている。


「何の用だ?」


ヴィヴィアンは一歩踏み出し、彼にまっすぐ目を向けた。


「セリーナ様が私に対する根も葉もない噂を広めています。この件について、公爵様としてのご意見を伺いたいのです。」


アレクサンダーは一瞬眉をひそめたが、すぐに興味を失ったように再び書類に目を戻した。


「くだらない噂だ。それに君は公爵夫人として完璧に振る舞っている。それ以上は何も問題ない。」


「ですが――」


「気にするな。」


彼の言葉は冷たく、それ以上の議論を拒絶するものであった。


ヴィヴィアンはその場を立ち去りながら、自分の無力さに唇を噛み締めた。アレクサンダーは彼女に干渉しない。それが契約結婚の条件だった。しかし、彼の冷淡な態度に隠された意図を、彼女はまだ知らなかった。


2-2:セリーナの罠


ヴィヴィアンがセリーナによる噂の矢面に立たされてから数日が経過した。その間も噂は拡散し、ブラックモア公爵家に仕える一部の使用人たちの間にまで届いていた。広大な屋敷の中、ヴィヴィアンが歩くたびに聞こえてくる低い声の囁き。


「本当に没落伯爵家の娘がここにいるべきなのかしら?」

「どうやら公爵様に泣きついたとか……。」


その言葉を耳にするたびに、ヴィヴィアンの胸は痛んだ。しかし、彼女は決して感情を表に出さなかった。毅然とした表情で前を向き、堂々と振る舞い続けた。


「私は負けない。こんなことで怯むわけにはいかない。」


自室に戻ると、彼女は深呼吸をして気持ちを整えた。気丈でいることが、公爵夫人としての務めであり、自分を守る唯一の方法だと知っていたからだ。



---


数日後、セリーナからの招待状がヴィヴィアンのもとに届けられた。そこには「親睦を深めたい」という美辞麗句が並んでいたが、その意図が善意からではないことは明白だった。


「セリーナ様が私に何を求めているのか……。」


ヴィヴィアンは思案しながらも、招待を受け入れることを決めた。公爵夫人としての立場を守るためには、敵から逃げるのではなく、正々堂々と向き合うべきだと考えたからだ。



---


セリーナ邸に到着したヴィヴィアンは、美しく整えられた庭園と、豪華な装飾が施された大広間に迎え入れられた。セリーナは満面の笑みで彼女を出迎えたが、その瞳の奥には冷たい光が宿っていた。


「ようこそ、ヴィヴィアン公爵夫人。今日はお会いできて光栄ですわ。」


「こちらこそ、セリーナ様にお招きいただき光栄です。」


二人の間に交わされる会話は礼儀正しかったが、そこに漂う緊張感は誰にでも感じ取れるほどだった。


広間には他にも数人の貴族たちが招かれており、セリーナの計らいで始まった茶会は、一見和やかな雰囲気で進んでいた。しかし、セリーナはヴィヴィアンを標的にする準備を着々と進めていた。



---


茶会が進む中、セリーナはヴィヴィアンに向けて話題を振り始めた。


「そういえば、ヴィヴィアン様はご結婚されてからまだ間もないのに、公爵夫人として本当に素晴らしく振る舞っていらっしゃると伺っていますわ。」


その言葉は一見すると褒めているように聞こえるが、その裏には皮肉が込められているのは明白だった。周囲の貴族たちも、そのニュアンスを察してクスクスと笑った。


「ありがとうございます。ですが、まだ至らない点も多く、日々勉強しております。」


ヴィヴィアンは笑顔を崩さず、冷静に応じた。その態度にセリーナの目がわずかに細まった。


「まぁ、謙虚でいらっしゃるのね。ところで、ウィンザー伯爵家のことですが……最近、財政が厳しいという噂を耳にしましたわ。そんな中で、こうして公爵様と結婚なさるなんて、本当に素晴らしいことですね。」


「ウィンザー伯爵家は確かに財政的に困難な時期がありましたが、現在はその問題も解決しております。公爵様との結婚は、家同士の信頼に基づくものです。」


ヴィヴィアンは一切動揺することなく答えたが、周囲の貴族たちの視線が冷たさを増しているのを感じた。セリーナの挑発は、単なる噂話だけでは終わらなかった。



---


茶会の終盤、セリーナはさらにヴィヴィアンを追い詰めるための罠を仕掛けてきた。


「ところで、ヴィヴィアン様。この席にいる皆様に、公爵夫人としての才覚をぜひお見せいただきたいのですが……この花のアレンジメント、少し手を加えていただけませんか?」


セリーナが指差したのは、大きな花瓶に生けられた花々だった。一見すると美しく整えられているが、よく見るといくつかの花が枯れかけている。


その場にいた貴族たちは、セリーナがわざと難しい状況を作り出したことを察していたが、誰も口には出さなかった。ヴィヴィアンが失敗すれば笑い者にできるし、成功すればその腕を認めざるを得ない――いずれにしてもセリーナにとって損はない状況だった。


「かしこまりました。」


ヴィヴィアンは微笑みを浮かべながら花瓶に近づいた。そして、細心の注意を払いながら花を一つずつ取り出し、新しい配置を考え始めた。


その手つきは落ち着いていて、まるで彼女がこの場の全てを支配しているかのような雰囲気を漂わせていた。貴族たちの視線が自然とヴィヴィアンに集まり、セリーナの表情が険しくなる。


「どうかしら?」


数分後、ヴィヴィアンは完成したアレンジメントを見せた。それは枯れかけていた花を目立たせず、新しい美しさを生み出した見事な作品だった。


「さすが公爵夫人ですね。私にはとても真似できませんわ。」


セリーナは口元に笑みを浮かべながら皮肉を漏らしたが、その瞳には悔しさが隠しきれなかった。


「ありがとうございます、セリーナ様。これも公爵夫人として学んできたことの一つです。」


ヴィヴィアンは微笑みながら応じ、その態度はセリーナをさらに苛立たせた。



---


その日の帰り道、ヴィヴィアンは馬車の中で深いため息をついた。セリーナとの戦いは、これからも続くだろうと彼女は感じていた。


「私は負けない。この立場を守るために、どんなことがあっても……。」


彼女の心の中には、静かな炎が燃え始めていた。そして、その炎は次第に強くなる兆しを見せていた。


2-3:深まる陰謀とアレクサンダーの一手


ヴィヴィアンがセリーナ邸の茶会から帰って数日が経ったが、彼女の心は穏やかではなかった。茶会の場で仕掛けられた挑発や罠を乗り越えたものの、セリーナがそれで満足するはずがないという確信があった。そしてその予感はすぐに現実となる。



---


ヴィヴィアンが書斎で領地の管理書類に目を通していると、執事が急ぎ足で彼女の元にやってきた。普段冷静な執事の表情に、明らかな緊張が浮かんでいる。


「奥様、申し上げにくいのですが――新たな噂が広まっています。」


「またですか?」


ヴィヴィアンは一瞬眉をひそめたが、すぐに冷静さを取り戻した。


「どのような内容でしょうか?」


執事は少し言葉を選ぶように間を置いてから答えた。


「ウィンザー伯爵家の財政問題だけではなく、奥様が公爵様との結婚のために裏取引を行ったという噂です。また、公爵家の財産を私的に使い込んでいる、という話も……。」


ヴィヴィアンはその言葉に唇を固く結んだ。これまでの噂よりも遥かに悪意に満ちた内容だった。事実無根であることは明白だが、この手の噂が広まれば、彼女の立場はさらに危うくなるだろう。


「誰がそのような噂を?」


「確証はありませんが……セリーナ・モーガン様が関わっている可能性が高いと考えています。噂の発端となる場所が、セリーナ様が頻繁に訪れる貴族の集まりであることが確認されています。」


ヴィヴィアンは小さく息を吐き、書類を閉じた。そして、毅然とした表情で執事に告げた。


「その噂について、調査を進めてください。事実無根である証拠を集める必要があります。そして、公爵様にも報告を。」


執事は少し躊躇した後、頭を下げた。


「かしこまりました。ただ、公爵様がこの件に関与されることは、あまり期待しない方が良いかもしれません。」


その言葉に、ヴィヴィアンの胸にわずかな痛みが走った。アレクサンダーはこれまで、彼女に干渉することを避けてきた。今回も彼が動くことはないだろう――そう思わざるを得なかった。



---


翌日、ヴィヴィアンは市場の視察に向かうことを決めた。噂が広まり、領民たちがどう感じているかを直接確認するためだ。公爵夫人としての務めを果たす以上、目を背けるわけにはいかない。


市場に到着すると、領民たちは一見すると普段通りの様子を見せていた。しかし、ヴィヴィアンの姿に気づくと、何人かが後ろ指を差し、ひそひそと話し始めた。


「彼女が公爵夫人か……。」

「本当に財産を使い込んでいるのかしら?」


その声が耳に届くたびに、ヴィヴィアンの胸が痛んだ。しかし、彼女は動揺を見せず、笑顔を浮かべて領民たちと会話を交わした。


「この市場はとても活気がありますね。皆さんが一生懸命働いていらっしゃるおかげです。」


その言葉に、一部の領民たちは戸惑いながらも笑顔を返した。


市場を歩き回る中、一人の老婆が彼女に近づいてきた。その老婆は慎重に周囲を見回してから、小声で話し始めた。


「公爵夫人様、あんたのことを悪く言う奴らが増えてるけど……私は信じてるよ。市場がこんなに整ってるのも、公爵夫人様のおかげだ。」


その言葉に、ヴィヴィアンの胸がじんと熱くなった。彼女は老婆の手を優しく握りしめた。


「ありがとうございます。その言葉が、私の支えになります。」


しかし、その直後、背後で聞こえた冷たい声が彼女の心を凍らせた。


「それが事実だとしても、噂が消えるわけではありませんよね。」


振り返ると、そこにはセリーナが立っていた。豪華な馬車から降り立ち、鮮やかなドレスを身に纏った彼女は、視線だけで周囲を支配するほどの存在感を放っていた。


「セリーナ様、今日は何のご用でしょうか?」


ヴィヴィアンは冷静さを装い、問いかけた。


「市場の視察ですわ。領民たちが公爵家にどれだけ感謝しているか、確認したくて。」


その言葉には明らかな皮肉が込められていた。セリーナはゆっくりと歩み寄り、ヴィヴィアンの耳元で囁いた。


「でも、本当はどうかしら?あなたのような人が公爵夫人であることを、誰が心から認めているのかしらね。」


ヴィヴィアンは心の中で怒りを抑え込み、毅然とした表情を崩さなかった。



---


その夜、屋敷に戻ったヴィヴィアンは、思いがけない光景に驚かされた。執務室でアレクサンダーが彼女を待っていたのだ。


「公爵様……どうなさいましたか?」


彼は黙ったまま彼女を見つめていたが、やがて口を開いた。


「今日、市場でセリーナと会ったそうだな。」


ヴィヴィアンは驚きを隠せなかった。


「どうしてそれを……。」


「報告を受けた。」


アレクサンダーは冷静な声で続けた。


「セリーナの動きが気になっていた。どうやら、彼女が仕掛けている陰謀は君だけではなく、この家にも影響を及ぼしかねない。」


ヴィヴィアンは驚きとともに胸が熱くなった。アレクサンダーが彼女のために動いてくれている――それは彼の態度からは想像もつかないことだった。


「公爵様……ありがとうございます。」


アレクサンダーは何も言わず、ただ視線を彼女に向け続けた。彼の瞳には、これまで見たことのない微かな感情が宿っているように感じた。


「これからもセリーナに対する動きを見張る。それ以上、君に手を出させない。」


その言葉に、ヴィヴィアンは初めて彼に対して小さな信頼を感じた。そして、この結婚がただの契約では終わらないかもしれない、という微かな希望が心に芽生え始めていた。



2-4:アレクサンダーの守護とセリーナの失脚


ヴィヴィアンは市場でセリーナと対峙した後、公爵家での生活がさらに厳しいものになることを覚悟していた。噂は日を追うごとに広がり、彼女が公爵家の財産を使い込んでいるという悪意ある話が領内全域に広まっていた。しかし、アレクサンダーがセリーナを警戒していることを知ったことで、彼女はわずかな希望を抱いていた。



---


その日の午後、執事から知らせが届いた。アレクサンダーがヴィヴィアンを執務室に呼んでいるという。普段彼が直接呼び出すことはほとんどなく、ヴィヴィアンは何か重要な話があるのだろうと直感した。


執務室の扉を開けると、アレクサンダーが書類を整理しながら座っていた。その灰色の瞳がヴィヴィアンに向けられると、彼の顔にごくわずかな柔らかさが浮かんだように感じた。


「ヴィヴィアン、座れ。」


短くそう告げると、彼は手元の書類を脇に置き、彼女に向き直った。


「セリーナが君に仕掛けている罠について、いくつか手がかりを掴んだ。」


ヴィヴィアンは驚き、同時に彼の言葉に安堵を覚えた。


「どのような手がかりでしょうか?」


アレクサンダーは一瞬言葉を選ぶように間を置いてから続けた。


「彼女は、いくつかの貴族と手を組んで噂を広める工作をしている。それだけでなく、彼女自身が私の名前を使って『ヴィヴィアンが公爵家を蝕んでいる』という話を領内にばら撒いている。」


「私の名前を、ですか……。」


ヴィヴィアンは拳を握りしめた。セリーナがここまで悪意を抱いて行動しているとは予想していなかった。


「だが、問題はそれだけではない。」


アレクサンダーの声が低く響いた。その言葉にヴィヴィアンの胸がさらに緊張で締め付けられる。


「彼女は、君が市場で行った視察についても根拠のない誹謗を吹聴している。『ヴィヴィアンが領民たちから税を巻き上げ、自分の利益にしている』といった内容だ。」


ヴィヴィアンは目を見開いた。そのような嘘が広まれば、彼女だけでなく、公爵家全体の信用にも関わる。


「これほどまでに悪意を持って行動する理由は何なのでしょうか?」


ヴィヴィアンが問いかけると、アレクサンダーは短く息を吐いた。


「彼女にとって、公爵夫人の座は自分が手に入れるべきものだと信じている。そして、君がその場所を占めていることが我慢ならないのだろう。」


その言葉を聞き、ヴィヴィアンは胸の奥にわずかな怒りを覚えた。しかし、それ以上に感じたのは、自分を守ろうとしているアレクサンダーへの感謝だった。


「公爵様、ありがとうございます。私のためにここまで動いてくださるとは……。」


アレクサンダーはその言葉に少しだけ目を細めた。


「君を守ることは、私の役目だ。」


彼はそう言うと、席を立ち、大きな窓の外を見つめた。その背中にはいつもの冷徹さではなく、どこか迷いや不安が滲んでいるように見えた。


「明日、セリーナをこの屋敷に呼ぶ。彼女が広めた噂について直接問い詰める。」


その言葉にヴィヴィアンは一瞬戸惑った。セリーナを公爵家に招くということは、正面から対決するという意味だ。だが、アレクサンダーの表情には揺るぎない決意が浮かんでいた。



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翌日、セリーナは公爵家に招かれた。豪華な応接室で待つ彼女の表情には余裕があり、まるで自分が勝者であるかのような振る舞いを見せていた。しかし、その余裕は長くは続かなかった。


アレクサンダーが部屋に入ると、彼は冷たい視線でセリーナを見つめ、切り出した。


「セリーナ、最近領内で広まっている噂について話をしよう。」


セリーナは一瞬だけ目を泳がせたが、すぐに取り繕った笑顔を浮かべた。


「噂ですか?一体どのような内容でしょう?」


アレクサンダーは書類を取り出し、彼女の前に置いた。


「これがその噂の詳細だ。そして、君がこれらの噂の発端であることを示す証拠もここにある。」


セリーナの顔が青ざめた。それは、アレクサンダーが用意した使用人たちの証言や、セリーナの密会を記録した報告書だった。


「これは何かの間違いですわ!私がそんなことをするはずがありません!」


セリーナは必死に弁解したが、アレクサンダーの冷たい表情は変わらなかった。


「言い逃れは通用しない。この証拠があれば、君を告発するのは容易い。」


セリーナは震えながら立ち上がり、アレクサンダーにすがりついた。


「公爵様!私はただ、あなたのためを思って……!」


その言葉を聞いた瞬間、アレクサンダーの表情がさらに冷たくなった。


「君の行動は、私だけでなく、公爵家全体に泥を塗った。そして何より、ヴィヴィアンを傷つけた。」


その言葉に、ヴィヴィアンの胸が熱くなった。彼が初めて彼女を名指しで守った瞬間だった。



---


その後、セリーナは公爵家から追放され、貴族社会でも孤立することとなった。彼女が広めた噂はすべて訂正され、領民たちの間でヴィヴィアンへの誤解も解けていった。


ヴィヴィアンはアレクサンダーに礼を述べようと彼の執務室を訪れた。


「公爵様、すべてが解決しました。本当にありがとうございました。」


アレクサンダーは静かに頷き、彼女に向き直った。


「これで君も少しは安心できるだろう。」


その言葉には、彼なりの優しさが込められているように感じられた。ヴィヴィアンは微笑みながら答えた。


「はい。おかげで、また前を向いて進むことができます。」


二人の間に漂う空気は、これまでよりも少しだけ温かかった。互いにまだ遠い存在ではあるが、少しずつ心の距離が縮まり始めていたのだった。






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