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2-2

『ヤッホー五条くん! えへへへへ』

「か、片桐さん……や、ヤホー」


 晴也は自宅であるマンションの一室に着くやすぐに彼女である片桐かたぎり沙耶さやにメッセージを送った。するとすぐに返信が来て、あろうことかテレビ通話がしたいということで慌てて自室に駆け込んだ。そのせいで足の小指をドアにぶつけてしまい悶絶してしまう始末だ。


 しかし、だからと言って彼女を待たせる理由にはならない。ぎこちない歩みではあるが、足早に勉強机とセットになっている椅子に腰かけ了承のメッセージを送る。


 送ったメッセージに『既読』の文字が出力されるとすぐに画面が切り替わり、可愛らしい猫のアイコンとその下に『片桐沙耶』と書かれた画面になる。


 テレビ電話を開始すると画面いっぱいに明るい茶髪の美少女が映し出される。いつもはサイドテールにしている彼女も家では解いているようで、おろされた長髪姿に思わず見入ってしまう。目元のメイクなどはまだ落としていないようだが、それでもぱっちりとした二重に大きな瞳は宝石のように輝いていて美しさを醸し出している。


『ムフフフ。なーに電話越しで見惚れてるのかな? 五条くん』

「あ、ごめん。つい……」

『テレビ電話でも分かるくらい耳まで真っ赤だよ』

「だ、だってそれは……」

『それは?』


 沙耶が悪戯っ子のような笑みを浮かべて問う。


 晴也は口をもごもごさせてから意を決したように口を開ける。


「か、片桐さんが可愛いからだよ!」


 思ったよりも大きな声が出てしまい晴也もそうだが沙耶も驚き目を見開いていた。


 しかし、すぐに沙耶の顔が真っ赤になり手で顔を覆い隠す。


「ごめん。大きな声出しちゃって。びっくりしたよね」

『ううん。そうじゃなくて。そうじゃないんだけど……えっと……もう! 急に可愛いとか言わないで! 恥ずかしいから!』


 言ってジタバタし始める沙耶を見て晴也は口元が緩んでしまった。


――僕の彼女はなんて可愛いんだ!


 晴也は可愛い彼女を堪能しつつ、そのまま見惚れているとまた何か言われそうなので問う。


「電話がしたいってことだけど、どうしたの? 片桐さん」

『え? ああ、そんな大それた話じゃないんだけど。その何て言うかさ。もっと声が聞きたいなって五条くんの。あと顔も見たくて』

「あ、ありがとう」


 自分で聞いておいて晴也は思わずニヤけてしまった。つい先程まで死闘を繰り広げていたとは思えない幸せの一時に疲弊ひへいした心が癒されていくの感じた。


『そう言えば急用ってなんだったの? ちゃんと間に合った?』

「あ、うん。そのことなんだけど。明日時間あるかな? もちろん夏期講習の後で」

『大丈夫だよ! そうだ。私も五条くんに話したいことあったんだ!』


 晴也はどんな話だろうと思い小首を傾げる。そこで晴也の自称陰キャと至らしめる暗い部分が出てしまった。


 別れ話。


 脳裏に浮かんだ言葉。


 そうだ。そもそも陰キャな自分にこんな可愛い彼女ができるはずがないんだ。きっと友達との罰ゲームか何かで告白させられたに違いない。むしろ一日二日だけでもいい夢を見させてくれて感謝しなくてはならない。でも、許されるならもう少しだけそばにいたい。


『実は私ももう志望校受かってるんだ!』

「へ?」

『ん? どうしたのなんか泣きそうになってるけど。もしかして何かあった?』

「いや、なんでもない。ただ、びっくりして」


 別れ話ではなかった。そのことに対する安心と彼女がすでに進路が決まり受かっていることを知り、嬉しさと喜ばしさが込み上げてくる。気付けば晴也は立ち上がりガッツポーズを取っていた。


 画面越しの沙耶はまるで自分のことのように喜ぶ晴也の姿を見て、嬉しいような照れくさいような笑みを浮かべていた。


『ありがとう、五条くん。それとね、私も専門学校に通うんだ。場所はここから電車で三十分のところなんだけど。なんか誰かさんと一緒なような気がしてならないんだよねえ』


 沙耶はわざとらしく考えるような素振りを見せながら言う。


「ここから三十分だと僕と一緒だね。も、もしかして!」

『そのもしかしてかもね』

「アートコミュニケーション専門学校?」

『えへへへ、正解』


 沙耶は緩みきった顔で頷く。


「片桐さんはどの分野を目指すの? 僕は小説家だから作家志望のコースだけど」

『私はね、美容師になりたいから美容コース! あの専門学校、色んな分野があるから面白いなって思って。それなのに実績も凄いし、中途半端に分野を広げてないのが分かるから絶対ここしよう! って決めたの!』

「僕と同じ理由だ」


 二人は画面越しで目が合うやクスッと笑う。


「そっか。もう決まってたんだね。良かった」


 晴也は微笑みながら言って続ける。


「いつも見る片桐さんって綺麗だから、化粧とか髪型の勉強たくさんしてるんだろうなって思ってたんだ」

『えへへへ、ありがとう。なんだろう。ずっとニヤけが止まらないよお』


 沙耶は溢れそうな嬉しい気持ちを表現するため両頬を押さえながら左右に揺れる。


 そこで晴也はあることに気付いた。


「片桐さんってもしかして夏期講習に行かなくても……」

『うん。今日は五条くんが行くって言ってたからついて行っただけ。あ、でもちゃんと今日の範囲は真面目に勉強したよ』


 そう言って沙耶は慌ててノートを鞄から取り出し、今日の夏期講習で行った内容を記したページを見せる。所々に可愛らしい猫のイラストや次にする髪型や髪色の候補が書かれていたが、勉強した跡はしっかり残っていた。


 そもそもノートを見せてくれなくとも晴也は知っていた。夏期講習中はずっと隣に沙耶がいたのだ。時々横目で見ては可愛らしい彼女の横顔を堪能しつつ、ノートをしっかり取っている姿も見ていた。


「ホントに凄いよ。片桐さんは」

『それほどでもないよ』

「じゃあ、もしよかったらなんだけど……その、明日、デートしませんか?」

『デート? え、デート! やった! 五条くんから誘ってくれた! 嬉しい!』


 沙耶の喜びように晴也も誘って良かったと思った。その時、電話の向こう側で物音がした。かと思えば画面が沙耶の顔から天井に映り変わり、晴也はギョッとする。


「片桐さん! 大丈夫? 片桐さん!」

『あ、大丈夫、大丈夫。喜び過ぎて机に膝ぶつけちゃって。ああ、五条くんに恥ずかしいところ見られちゃった……』


 晴也は安堵の息を漏らした。外はすでに夕暮れ時になりオレンジ色に染まっている。


 昨晩の経験から夜になるとゴーストの活動が活発化するのは、空に教えてもらわなくとも分かっている。


 だから、もしかすると沙耶の身に何かが起きたのかと不安が過ってしまう。


『じゃあさ、海に行きたい! 実は最近新しい水着買ったんだ!』

「う、海……ごめん。僕、水着なくて」

『そっか。じゃあ、明日は水着を買いにお出かけデートしよ! その時に二人の好きな物とか改めて話そ!』


 誘ったのは晴也だが、デートの方向性は沙耶が決めてくれた。


 正直、助かった。


 晴也は今までデートをしたことがなかった。そのこともあって誘ったはいいものの、どうしていいか分からなかったのが本音だ。


「ホントにありがとう、片桐さん」


 沙耶はなんのことか分からず小首を傾げるが、その仕草もまた可愛らしく晴也の心を無条件で躍らせた。


 かくして明日の予定が決まった晴也だが、空から『レガリア』や『ゴースト』についての話を明日のいつにすればいいのか思い悩むのだった。

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