目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

2-7

 夜だと言うのに窓から吹き抜ける風からは夏の暑さが伝わってくる。


 沙耶はもう少しで日付が変わりそうな時間だと言うのに四苦八苦していた。晴也とのテレビ通話ができたことで舞い上がってしまい明日は水着を買いに行くことになった。それだけじゃない。自分の好きなことや夢についても語り合う機会を設けることができた。


 今まで付き合ってきた男たちは皆、そんな話よりも身体を求めてきた。沙耶から趣味や好きなものの話をしても聞くだけ聞いてそれで終わりだった。


 沙耶は自他共に認める一途な女の子だった。だから話を聞いてくれているだけでも良かった。そんな彼女には、連絡する頻度が非常に多く、少しでも返信が遅いと追及してしまうという束縛癖もあった。


 沙耶の中ではそれが互いを愛し合う上では当たり前の行為だと思っていた。


 しかし、今まで付き合ってきた男たちはそんな彼女の束縛癖に嫌気が差して別れを切り出していた。結局、身体だけが目当てだったようだ。


「んー、五条くん、もう寝てるよね。明日が楽しみ過ぎて眠れない!」


 着ていく服はもう決まっている。少し派手かもしれないが、自信のあるコーデだ。きっと晴也も喜んでくれる。あわよくば褒めてもらいたい。いや、沙耶の知る晴也なら絶対に褒めてくれる。


 けど、そこにお世辞を入れて欲しくない。だから自分でも可愛いと思えるように数多ある夏服を引っ張り出してきた。そのせいで母親に騒がしいと怒られてしまったが仕方ない。


「五条くんどんな服着てくるんだろう。前回は終業式の後にデートしたから制服だったけど……ってか、あたしも何気に私服晒すの初めてじゃん! ヤバい! どうしよ、ホントにこのコーデ可愛いのかな。んもおおおおおお! 折角決めたのに不安になっちゃうううう!」

「うるっさい! さっさと寝なさい!」

「ママ!」


 沙耶の部屋の扉が勢いよく開かれるや鬼の形相を浮かべた母親が現れる。無理もない。もうすぐ日付が変わる時間帯に加えて、服を選ぶのに四時間以上付き合わされてくたくたなのだ。


 それに仕事帰りだったから尚更だ。


「だって、だって……似合うか分からなくなっちゃったんだもん!」

「似合うわよ! 十分可愛いしメロメロになるから、だから、お願い、寝かせて!」

「で、でも……ッ!」


 沙耶は本当に不安になってきたのか目に涙を浮かべ始める。


 そんな娘を見てしまった母親は呆れたように溜め息をつく。


「沙耶は可愛いよ。今度の子は前から言ってた子なんでしょ。可愛い自分を見せたいのは分かるけど気負い過ぎたら空回りしちゃうわよ。そうだ。私もちゃんとお礼言いたいから明日、内緒で家につれて来なさい」


 沙耶は少し安心したのかホッとした表情を浮かべるが、直後、母親が最後に言った言葉に目が点になる。


 母親はニヤニヤしながら口元を手で隠し「おやすみ~」と我が子の可愛らしい一面を胸に沙耶の部屋を後にした。


 だが、この行為がまずかった。


 数秒後、部屋から飛び出してきた沙耶にもう一度服を決め直すと泣きつかれたのは言うまでもない。


☆☆☆☆☆☆


 一体何が起きたのか。気付けば晴也の動きを封じていた蜘蛛糸が、隙間なく張り巡らせていたはずの蜘蛛の巣が灼熱の炎で焼き尽くされていた。


 スパイダーゴーストは恐れおののき後退っていた。


 晴也もまた驚愕していた。


 ただ願っただけだった。


 蜘蛛糸を断ち切る剣と燃え盛る炎のような熱い闘志を具現化したいと。


「なんだ、これ……これが『無色のレガリア』の力なのか……」


 晴也が呟いた瞬間、赤く発光する銀色の装甲が瞬く間にその形を変えていく。


 黒い強化皮膚は変わらず、丸みを帯びた人間の骨格や筋肉を模した装甲のような外骨格から倍以上に分厚い西洋甲冑のような外骨格へと変貌する。さらに外骨格が装着されていなかった下半身にも同じように分厚い外骨格が装着される。そして、右手を開くと光の粒子が一本の刀を生成する。

姿形の変貌が終わるとすぐに外骨格の色がまるで燃え盛る炎のように赤く染まる。


 重厚感溢れる甲冑を身に纏った炎の剣士が誕生した瞬間だった。


――『フレイム・ソード』――


 晴也の脳裏に言葉が浮かんだ。


 これが『無色のレガリア』の力だ。所有者が願った力を外骨格に反映し、本当に振るえる力として具現化させる。


 晴也はすぐに新しい姿となった自身の力を理解した。


『そんなこけおどしが通用すると思うな!』


 無謀にも駆け出すスパイダーゴースト。


 しかし、晴也はその場から一歩も動かず、むしろ「かかってこい」とばかりに刀の切っ先を下ろし構えを解く。


 スパイダーゴーストは棒立ちになった目の前のレガリア使い、それも今日までただの子どもだった者にさらなる憤りを露にして右腕の鈎爪を突き立て胸部を穿つ。


 はずだった。


 耳に入るのは鉄と鉄がぶつかり合う甲高い音で、視界に映るのは折れてしまった鈎爪と傷一つない重厚な赤い外骨格だった。


 そして、晴也はと言えば静かにその時を待っていた。奮い立つ闘志を沈めるのではなく、イメージしているのだ。


 燃え盛る灼熱の炎とレガリアから出力された強大なエネルギー。


 それらをたった一振りの刀に圧縮する。


 次の瞬間、重厚な西欧甲冑のような外骨格から爆発するが如く炎が燃え上がる。しかし、それはほんの数秒だけで瞬く間に刀へと収束されていく。さらに刀に纏われた爆炎が漏れ出さないようにレガリアから出力された強大なエネルギーが膜を張るように閉じ込める。


「できた。これで終わりだ! はああああああああああああああああッ!」


 晴也は獣のように咆哮しながら余りある膂力の全てを込めた渾身の一撃を放つ。それは単純な両手で構えた刀による刺突攻撃だったが、スパイダーゴーストの腹部を容易に貫き、圧縮した爆炎と強大なエネルギーを体内で解放させる。


『グウウウ、オオオアアアアアアアアアッ!』


 スパイダーゴーストは悲痛な叫び声をあげながら内側から爆発四散した。


 直後に解放された爆炎に熱風にエネルギーの余波が辺りを襲うが、重装甲に身を包んだ晴也には一切の衝撃も感じさせなかった。


「これが『フレイム・ソード』、炎を纏った剣士の力か」


 通常よりも分厚い外骨格に、下半身にも同様の外骨格が増設されたことで重さを感じさせる。その分、筋力も数倍に膨れ上がっているが、通常状態のような軽やかに動くのは無理そうだ。


 晴也は肩を回すような動作を見せてから精神を落ち着かせる。


――戻れ。通常状態に戻れ。


 すると分厚い西洋甲冑のような外骨格が銀色に輝き、元の人間の骨格や筋肉を模した外骨格へと変貌する。外骨格の色も銀色に戻り、精神的にも落ち着きを取り戻した。


「なるほど。フレイム・ソードになると防御力も攻撃力も上がるけどスピードがかなり落ちる。あとちょっと落ち着きがなくなるのか。使いどころはしっかり決めないとだな」


 晴也は顎に手を当てて考えるが、シルエットが角を生やした鬼のような姿をしているためなんともシュールな光景だ。


「晴也。アンタ、大丈夫なの?」

「天道さんこそ大丈夫なの?」


 空は今も右脇腹を押さえおぼつかない足取りだが、それでも晴也のことが心配でならなかった。何せ、今、晴也はゴーストとは言え命を奪ったのだから。


 だが、同時にここで心が折れて戦うことを止めて欲しいとも思った。もう引き返せないところまで来ているが、足を止めることはできる。この先に待ち受ける過酷な試練に晴也が耐えられるのか心配でならなかった。


 晴也はそんな空の心情とは裏腹に酷く落ち着いていた。暴力や命を奪う行為に慣れてしまった訳ではない。


「中途半端はしないから。だから、これからも協力させて欲しい」


 空は心のどこかで迷いがあった。これに答えてしまえば晴也はどんな困難が立ちはだかろうとも進み続ける。その身を犠牲にして、二度と笑えなくなるほどの失意の念に押し潰されてしまうかもしれない。


 それでも、それでも、答えるしかない。


「頼りにしてるわよ、晴也」

「うん。ありがとう」


 空は素直に感謝の言葉を受け取れなかった。だからわざと無視して、残ったクロウゴーストの所へ早く行くように促した。


――片桐さんが知ったらどうする気なんだろ、アイツ……。


 見送る晴也の背中はいつもより大きく見えた。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?