高校二年生の時に取ったバイクの免許も取得してから一年が経った。そのお陰もあって身体能力の枷を外せば山道という悪路でも十分にバイクを操ることができる。
晴也は自身の駆るバイクのことをいつも恋人のように愛でていた。もとい大切にしていた。晴也のバイクは山道のそれも凹凸が激しい悪路でも安定した走破性を発揮するデュアルパーパスモデルのものだ。晴也はそのシャープな見た目から一目惚れし、バイト代やお年玉をかき集めて買うことができた。
そんな家宝とも言えるバイクを今は乱雑に扱っている。猛スピードで悪路を突っ走り、跳ねた小石や小枝でカウルに傷をつけながら目的地に向かう。
その場所とは――
「見えた!」
ヘルメット越しに視界に捉えたのは地元でも有名な心霊スポットこと廃病院だ。
晴也はその場所を知っている。なんなら一度もそこへ訪れたことがないと言えば嘘になるほどだ。
中学生時代の嫌な思い出が頭に過る。だが、今はそんなことどうでもいい。
バイクを走らせ近道である道とも言い難い道を突っ切り、廃病院を囲う柵の出入口に向かって勢いよく飛び出す。
そこで気付いたのは柵の出入口が壊されていて、異形の存在が装甲を纏った女の子をサッカーの如く蹴り上げたところだった。
「天道さんッ!」
晴也はハンドルを握る手に力を込め、フルスロットルでエンジンを吹かし、さらなる加速を見せる。
「うおおおおおおおおおおおおおッ!」
晴也は獣のように咆哮しつつ、心の中で愛車に謝りながらジャンプ台替わりになる廃材を瞬時に見極めて初めての大ジャンプを披露する。その最高到達点は人間の身長を越えていたが、それ以上の高さは必要ない。
なにせ地面に横たわっている空を避けるために跳んだのだから。
晴也とバイクは綺麗な弧を描いてスパイダーゴーストに体当たりし、十メートルほど吹っ飛ばしてやった。
晴也は思いのほか飛ばされてくれなかったことに困惑するも、さらなる悲劇が少年を襲った。
愛車の前輪が見るも無残にひしゃげていた。その前輪で着地しても転倒しなかったのは解放された身体能力のお陰である。
「晴也、アンタ何しに……ッ!」
「戦いに来た!」
「アンタ……いい加減にッ!」
「覚悟はある!」
空がまた怒気を纏って諭そうとするも、晴也はたった一言で制した。
その言葉に込められた覇気に少女は思わず息を呑んでしまった。
「こんな奴らのために誰かが傷つくのなんて嫌なんだ! それがもし……大切な人だったら……戦わなかったら、僕は、僕は一生後悔する! 誰かを、大切な人たちを守るために、僕は戦う! だから……」
晴也が言い掛けたところでスパイダーゴーストが勢いよく立ち上がる。
『小僧! よくも邪魔を!』
スパイダーゴーストは憤りを露にしながら両腕の鈎爪を伸長させ晴也に向かって駆け出す。
それを見た晴也は「来るなら来い!」と言わんばかりに、普段の冴えない面持ちから鋭い目つきへと変わる。さらに全身から相手を圧殺するかのような気迫を放ち、スパイダーゴーストに『恐怖』という感情を植え付けさせる。
「行くぞ!」
晴也は全身に力を込める。すると胸部中央にレガリアが出現する。
その時、晴也の脳裏に与えられたレガリアの称号が浮かんだ。
――『
次の瞬間、胸部中央のレガリアが激しく発光し、瞬く間に晴也の全身を閃光が包み込む。
光の中では晴也が超人を超えた超人になるための変化が起きていた。
晴也の頭頂部から足の爪先に至るまで黒い強化皮膚に覆われ、両前腕部、両肩部、胴部に銀色の装甲のような外骨格が生成される。頭部の顔に当たる部分には睨みつけるようなオレンジ色のツインアイと口に当たる部分には牙を思わせる装飾が成される。額からは以前よりも長くなった二本の角がV字に伸びる。手首と足首には透明の霊石が埋め込まれたリストバンドのような外骨格が纏われ、膝に生成された外骨格の中心にも同様の霊石が埋め込まれている。
最後に胸部中央のレガリアがさらなる発光を示し、全身に凄まじいエネルギーを供給、循環させる。
シルエットは角が生えた人間、いや、鬼のように見えるも、丸みを帯びた外骨格を纏っているためか、特徴と言えるものが見えない。
「なんか外骨格が増えた気がする。口とか。あと角もV字だけどブーメランみたいに湾曲してる。外骨格の形も前より流麗さが増してない?」
「そうかあ?」
空が小首を傾げる。
それもそのはず。角の形や口を守るマスク部分は確かに形状を大きく変えた。しかし、その他の外骨格には特に変化は無かった。いわゆる、晴也の勘違いである。
だが、変わったのは見た目だけではない。
晴也は背後から何かが近づいてくるのに気付く。羽ばたく音が聴こえた訳でもない。風の微妙な変化を捉えた訳でもない。本能が背後からロケットのように迫りくる黒い影の気配を捉えたのだ。
晴也は咄嗟に背中から倒れ込むように伏せるや、頭上を通過する影に向かって蹴りを入れた。そして、飛翔能力のコントロールを失ったのか、そのまま猛スピードで廃病院の三階に突っ込んでいった。
「凄い。最初にこの姿になった時よりも力が溢れてくる。それだけじゃない。気配を感じ取る力も、反応速度も前回の比じゃない!」
晴也は感激しながら立ち上がり構える。
――戦える。もう勢いだけでどうにかするんじゃなくて、ちゃんと戦える。
次に目に映ったのは両腕の鈎爪をおもむろに広げたスパイダーゴーストだ。
晴也はそれらが振るわれる前に駆け出し、両手でスパイダーゴーストの両腕を押さえつけるや鳩尾に膝を打ち込む。
『ゥグッ!』
スパイダーゴーストはえずいたことで頭部が前に突き出される。
晴也はがら空きになった延髄に肘鉄をお見舞いし、さらに膝をもう一度鳩尾に打ち込んで呼吸をする間を与えない。そこまでしても晴也の攻撃は終わらない。スパイダーゴーストの頭部から生えた蜘蛛の姿を模した角を掴み、顔を無理矢理上げさせるや顔面に拳が減り込むほどの鉄拳を繰り出す。
その威力たるやスパイダーゴーストの身体を数メートルほど吹っ飛ばすほどだった。
拳が熱くなる。拳だけじゃない。身体全体が溢れてくる力に呼応して熱を帯び始める。
「これが『無色のレガリア』の力……? なんか、違う気がする……」
晴也は固く握られた自身の拳を見つめる。
スパイダーゴーストはその隙にまるで本物の蜘蛛のように地面を物凄い速度で這いながら廃病院の中に入っていった。
「逃がすか!」
晴也は馬鹿正直にスパイダーゴーストの後を追うため廃病院の中へ突っ走っていった。
残された空は「あの馬鹿!」と本当に呆れたように言って今も痛む右脇腹を押さえながら後を追う。
「スパイダーゴーストが自分で廃病院に逃げ込んだんだ。何もない訳がないのに!」
空が廃病院に入るとすぐに状況は晴也にとって最悪なものとなっていた。
それはもう見事に隙間なく蜘蛛の巣が張り巡らされ、一種の空間として成立していた。いや、よく見てみると天井が開けて二階の天井まで見えている。元々二階に張り巡らせていた蜘蛛の巣を天井を破壊することで一階に降ろしてきたのだろう。
その中で晴也の身体は蜘蛛糸によってがんじがらめにされ、身動きが全く取れない状態になっていた。
『まるで蜘蛛の巣にこべりついた餌だな』
スパイダーゴーストは大顎に付着したヘドロのような血を拭い、さらに蜘蛛糸を吐き出して晴也に与えた拘束を完璧なものへとする。
「クソッ! 動けない!」
『終わりだ、小僧ッ!』
スパイダーゴーストが右腕の鈎爪を振り上げ、一思いに晴也の頭部を穿とうと突き出す。
その時、晴也の纏った外骨格が赤く光り輝き、凄まじい熱風を放った。直後、外骨格だけでなく全身が燃え盛り、辺りを埋める蜘蛛糸を一瞬の内に灼熱の炎で焼き尽くした。