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〈非現実世界〉様々な属性の女の子との学園ラブコメ物語
〈非現実世界〉様々な属性の女の子との学園ラブコメ物語
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現実世界ラブコメ
2025年06月09日
公開日
1万字
完結済
ときめきと動悸と胸の痛みを感じさせる青春恋愛喜劇だよ! 読むと頭痛がするかも!

第1話「主人公属性」

 超時空な現実世界を浮遊しつつ移動する帝国学園都市型要塞艦グランドスクール号に危機が迫る! 乗組員たちの表情に緊張が走った。謎の高エネルギー密度の物体がグランドスクール号へ向かって直進してきたのである。要塞艦を制御するマザー・コンピューターの分析では、直撃の確率は約九十九パーセント。ほぼ、ぶつかる計算だ。

 さらにマザー・コンピューターは衝撃の結果を予測した。謎の高エネルギー密度の物体がグランドスクール号を直撃した場合、船体は最低でも小破、最大の損傷だと大破が想定されるとの解析結果が出たのである。

 乗組員たちの間に恐慌が起きても、何らおかしくない状況だった……が、帝国学園都市型要塞艦グランドスクール号を操艦する乗組員たちの練度は高水準であり、その士気は並外れて高い。動じることなく直ちに対応する。回避行動だ。

 回避のため急加速しながら進路を変える帝国学園都市型要塞艦グランドスクール号の艦内では、様々な属性の女の子たちが学園ラブコメの真っ最中だった。

 そこにいるのはツンデレ、生徒会長、隣の席の文学少女、メイド型転校生までおり、いない者はいない観がある。他にもいるぞ! 先輩が大大大好き! なヤンデレ妹系後輩。そして隣の席の清楚系ダウナー同級生、さらにしっかりものなのに甘えん坊なお姉さん系生徒会長だ。

 彼女たちの、その熱い視線の先にいるバチェラー、それが本作品の主人公なのだが……いない。見えない。あれ、何処に行った?

 いた。帝国学園都市型要塞艦グランドスクール号の舳先にある幸運の女神像に、自らの体を縛り付けている。何のために? 艦を守るためだ。皆を守るためだ! だが、どうして彼が自らの体を舳先の像に縛り付けると災難を避けることが可能となるのか? それは彼が本作品の主人公だからである。他に理由が必要か? 不要である。言うまでもないことだ。

 この間にも艦内では主人公不在の学園ラブコメが進行中である。主人公がいなくても学園ラブコメは成立するのか? そんな疑問を解消しようとするかのように、様々な属性の女の子たちは一人芝居を演じていた。ツンデレは、不在のバチェラーの幻影に意地悪をしている。ツン、またもツン、そしてツン、それから再びツン! 主人公はまるで、地獄の針山で責め苦にあっているみたいだ。しかし、最後にご褒美が下されるのである。デレた。ツンデレが遂に、ああ、とうとうデレた! ツンデレの目に涙が光る。鬼の目にも涙か。生徒会長もいる。二人いる。一人は、無属性タイプ。何者にもなっていない、何にも染まっていない無個性型だ。これから好きなように染められる、無垢な生徒会長だ。

 別種の生徒会長も存在している。しっかりものなのに甘えん坊なお姉さん系生徒会長だ。ここでのキーポイントは、誰に対してでも甘えん坊ではない、という点だろう。彼女が甘えん坊な素顔を見せるのは、主人公に対してだけなのだ。

 だが、その主人公は今、それどころではなかった。帝国学園都市型要塞艦グランドスクール号に迫り来る謎の高エネルギー密度の物体を、どうにかしないといけないのである。

 そのとき隣の席の文学少女は、本を読んでいた。さすが文学少女としか言いようがない。しかし、読んでいる本は、凄く変な本だった。いや、それを本と呼んでいいものなのか……判断は難しい。

 物は試しに、その一部をご覧あれ。

 藤原塊魂の娘、氷川上娘は、若くして身まかった。ゆえに、その生涯は彼女の兄弟姉妹ほどには知られていない。だが、海外においては不思議なくらい有名である。それは、とある宣教師――名前は伏せられている――が彼女を教化し洗礼名□■◇◆を与えたと本国の教会に報告しているからだ。この事実は戦後になり信教の自由が保障された頃に我が国にも広められた。彼女の子孫への、いわれなき陰口を防ぐ意味合いがあったと思われる。そのように宗教的な事柄は極めてセンシティブな問題であるわけだが、デリケートな話題は他にもある。本国への報告書の中で、その宣教師は、氷川上娘が前世において外国の軍隊の指揮官であったと述べているのだ。輪廻転生そのものを否定する宗教の宣教師にしては珍しい記述と言えよう。そして彼は、さらにヘンテコリンなことを書いている。氷川上娘は異世界に転移したことがあり、その際に彼女はナポレオンに代わってフランス軍を指揮したというのである。こうなると、何が何だか分からない。だが、氷川上娘は、その宣教師に対し、自信たっぷりに言ったようだ。自分はワーテルローの戦いに勝利したと。

 氷川上娘の発言を振り返ってみよう。

 一八一五年六月十四日、フランス北方に展開していたベルギー軍三万の司令官オダンダ・グホップ元帥は、エルバ島を脱出して再度皇帝の座に返り咲いたナポレオン・ボナパルト率いるフランス北方軍十六万の攻撃を受け、撤退を余儀なくされた。フランス軍はグホップ元帥の軍を追撃し、ベルギー国境を突破、さらに前進する。フランス北部戦線崩壊の報を聞き、プロイセンのツィーテン将軍は強行軍でベルギーに進出した。彼の率いるプロイセン軍は約二万。プロイセン出陣の情報を得たナポレオンは、ドルーオ将軍に同じく二万の軍隊を与え迎撃を命じた。戦闘の結果、プロイセン軍は敗戦。ツィーテンは逃亡。ナポレオンは全軍に追撃を命じた。この事態を重く見たプロイセン軍の総司令官ブリュッヒャーは同盟軍であるイギリスの総司令官ウェリントンへ伝令を走らせる。両軍を合流させれば、プロイセンとイギリスの連合軍の総兵力はフランスを上回る。合流してフランス軍を叩こうという提案であった。ウェリントンも同じ考えだったので、イギリス軍を急いで動かす。両軍と一度に戦いたくないナポレオンは、プロイセンを先に叩くことにした。強行軍でプロイセン軍に襲い掛かる。リニーの大会戦は、こうして始まった。結果。プロイセン軍、またも敗れる。しかも総司令官ブリュッヒャーが負傷するという運の悪さであった。ナポレオンは退却するプロイセン軍を追撃するためグルーシィ将軍に全軍の三分の一の兵力を与えた。そして残りの全部隊を率いてイギリス軍を攻撃した。ブリュッヒャーから指揮権を移管されたプロイセン軍の参謀総長グナイゼナウは、グルーシィ将軍の追撃をかわし、フランス軍とイギリス軍が戦うワーテルローにプロイセン軍を向かわせた。そして運命の六月十八日が訪れる。ワーテルローの決戦に間に合ったプロイセン軍はフランス軍の側面を攻撃、これに大打撃を与える。このためワーテルローの戦いはフランスの敗北に終わった……とされているが、氷川上娘が転移した異世界においては、歴史は異なるようだ。つまり、ナポレオンの軍師となった彼女が指揮を執ったので、何とフランス軍が勝ったというのである。

 氷川上娘は、この話を事ある毎にした、と宣教師は書いている。最初に出会った時から、その臨終の時まで、ずっとだった、と。そうしてまでナポレオンとフランス軍に勝たせたかった理由は分からないと、彼は綴っている。確かに、意味が分からない。しかし、何か理由があるのだろう。

 要約すると概ね、そんな感じの本を隣の席の文学少女は読んでいた。主人公がいないので、本を読んで時間を潰しているのだった

 先輩が大大大好き! なヤンデレ妹系後輩も、先輩である主人公がいないので暇を持て余していた。仕方がないので、大大大好き! な先輩には劣るが大大好き! なボーイフレンドと学園ラブコメをすることにした。

「ああ、あたしたち、付き合い始めて一日も経ってないけど、ちょっとトキメキが足りないよね」

「そうかな」

「こんなんで、付き合っているって言えるのかな」

「言えると思うよ」

「あたし本当は、大大大好き! な先輩と付き合いたかったの。でも、すれ違ってばかりで。好きな人が近くにいないと、あたしダメなタイプなの」

「そっか」

「それで、大大大好き! な先輩より好きじゃないけど、まあまあ大大好き! な君と付き合い始めたってわけ」

「ん、それでいいんじゃないの」

 すべてを受け入れ、何もかもを受け止めてくれる大大好き! なボーイフレンドとの学園ラブコメを、ヤンデレ妹系後輩は大大大好き! な先輩が戻るまで、続けようと思った。

 前の記憶とは違う、と思うのが隣の席の清楚系ダウナー同級生だ。彼女は、帝国学園都市型要塞艦グランドスクール号の艦内では時間がループしていることに気付いている。この現実世界では、学園ラブコメに終わりがない。自分たちは永遠に学生なのだ。それが、ずっと続く……はずだったのに、謎の高エネルギー密度の物体が飛来してきて、そのために主人公は帝国学園都市型要塞艦グランドスクール号の舳先にある幸運の女神像に、自らの体を縛り付けている。そんな展開は、今までにはなかったのだ。一体、何が起きているのか? 彼女には分からない。

 分かっている人物が一人だけいる。それはメイド型転校生だ。彼女は、謎の高エネルギー密度の物体が帝国学園都市型要塞艦グランドスクール号を直撃した翌日、この学校へ転校してきた。何処から来たのか、誰も説明できない転校生だった。それもそのはず、彼女こそ謎の高エネルギー密度の物体そのものだったのだ。メイド型転校生が、この学校へ転校してきた理由は何か? 亜空間にある前の学校で色々あって、というのが公式な理由だったが、実際は違う。彼女は、宇宙の彼方から学園ラブコメの秘密を探りに来た女スパイだった。メイド型転校生とは、女スパイの正体を隠す隠れ蓑だったのである。

 しかし、あっさり見破れらた。見破ったのは、ミユアと名乗る女探偵の生徒だった。

「あなた、女スパイでしょう?」

 そう言われてメイド型転校生は大層、驚いた。しらばっくれることすらできない彼女に、女探偵の女子生徒ミユアは言った。

「匂いで分かるの。でも、気にしないで。誰にも秘密にしておくから」

 それにしたって、見破られるのは気持ちが悪い。メイド型転校生は、女探偵の女子生徒ミユアから目が離さなくなった。すると、そのうちに、気になる存在となった……性的な意味で。そして彼女は、自分の中に同性愛への志向があることに気が付いた。そして、そのことを女探偵の女子生徒ミユアに告げた。

「私には、あなたへ恋心があります」

 告白された女探偵の女子生徒ミユアは「ありがとう」と言ってから、こう続けた。

「あなたには悩みがあるようね。私で良ければ相談に乗ります」

 悩みがあるとしたら、それは恋の悩みだ。その悩みを解決に導けるのは、女探偵の女子生徒ミユアだけだろう。しかし、その張本人には、その気がなかった。だから「相談に乗ります」という返事になったのだ。

 メイド型転校生は、悲しくなった。そして主人公に電子テキスト通信システムで相談したのだ。

「好きな人に告白したのに、本気にしてもらえません。どうしたらいいのでしょう?」

 返信したいのは山々だったが、主人公は忙しかった。その時、彼は学園内に建つ使われていない倉庫の裏手で、非常に悪い奴らに絡まれていたのだ。

 その悪党どもの一人、ちょっと太っちょの不良は、ポケットからリヴォルヴァ―を取り出した。弾倉を開け、中の弾丸を調べる。そして弾倉をクルクル回し、その音を耳で確かめた。彼は、久々に手中にしたピストルの冷たい感触を味わい、その重さに満足していた。そのピストルは、ウェッスン・アンド・スミス社製のコンバット・マグナムだった。ステンレス・スティールで出来ている。その銃身を怯えたような表情で見る仲間を、彼は笑った。

「ピストルを見た事がないのかよ」

「ああ」

 話しかけられたのは瘦せた長身のリーゼント頭の不良だった。その不良は、そう返事をした後で思った。ピストルなんて、普通は見ないと。

 太っちょの不良は、ニヤリと笑った。

「まあ、それが普通だよな。ま、見てな。ピストルってもんは、こう使うんだ」

 コンバット・マグナムの銃口を倉庫の脇に立つ太い木の幹に向けた太っちょの不良は、大きな声で「バン!」と怒鳴った。そいつが発砲すると思い込んでいたリーゼント頭の不良は全身を硬直させた後で言った。

「う、撃たないのかよ」

 太っちょの不良の後ろに立っていたスケバンが、ニヤニヤしている太っちょの不良に代わって言った。

「これから撃つんだよ。さあ、見たろ」

 スケバンは主人公に視線を戻した。

「こいつは本当に撃つよ。で、どうするかって話。あたしと付き合うか、ここで撃たれるか、好きな方を選びなよ……よく考えてね」

 そう語る不良属性のヒロインの横に立つカウボーイ・ハットをかぶった不良が賢明なアドバイスを主人公に送る。

「自分の気持ちに正直になることが、何よりも重要なことだ。これに比べたら、他のことはまったくってくらい大切じゃあない。そう、命さえもね。だけど、ここで撃たれたら、自分はどうなるかってことも、非常に大事になってくる。命を守るための決断だ。判断を間違ったら、腹の真ん中を撃たれて、そこに開いた穴から胃の血が流れ出るかもしれないだろう? そして胃の血と一緒に、命も失われるってわけだ。お分かりいただけたかな?」

 懇切丁寧な説明に主人公がいたく感銘を受け、スケバンとの交際を前向きに考え始めた、そのときである。倉庫の脇に立つ太い木の影から現れた風紀委員長の女子生徒が礫を投げた。勢いよく投げられた礫は太っちょの不良が持っていたピストルの銃口にスポッと嵌まった。

 風紀委員長の女子生徒は言った。

「そのピストルを撃つのなら、気を付けてね。銃口に嵌まった石のせいで、弾丸が発射できなくなっているから、撃つと内部で弾丸が爆発して、銃身が破裂しちゃう。そうなると、小太りの君はピストルを持っている利き手がなくなる。肘から先ね、大体だけど」

 場合によっては腕の付け根から利き手が消えると言外に匂わせている。あるいは、命の保証はできないと言っているのだ。

 太っちょの不良は慌てて銃口から礫を取ろうとした。その額に、今度は大きめの石が命中した。風紀委員長の女子生徒が投げた石だった。石を前額部に食らった太っちょの不良は、その場に昏倒した。

 風紀委員長の女子生徒は言った。

「次に石を当てられたいのは誰かしら? 今度の石は、ちょっと角ばっているから、目に当たると刺さるかもね」

 ヘルメットで顔を覆った不良が前に歩み出た。そいつが何かを言う前に風紀委員長の女子生徒は石を投じた。強く明確な意思が込められた石はヘルメットのバイザーを割り、その中をスルッと通り抜け、反対側のヘルメットの金属を突き破って、そこから数メートル離れた場所に落ちた。他の不良たちは倒れた二人の仲間を引きずって逃げた。

 そんな様子を見て主人公は、不良たちを繋ぐ心の絆の強さに驚くやら感心するやらである。自分だったら、ぶっ倒れた仲間を置いて逃げる。仲間を見捨てない不良は偉い!

「怪我はない?」

 風紀委員長の女子生徒が主人公に尋ねた。主人公は、自分は大丈夫、と言ってから、地で汚れた地面を見た。黒ずんだ土を見て風紀委員長の女子生徒は言った。

「そんなに出血していないわね。頭が空っぽだから助かったのよ」

「そうなの?」

「ええ」

 美しい顔にかかる長い黒髪を片手で払って風紀委員長の女子生徒は主人公から視線を逸らせた。頬が赤い。彼女は主人公を愛していた。近づきすぎると、そうなるのだ。

 主人公の方は別のことで顔を紅潮させていた。地面を濡らしている血の出血源となった人物の容体だ。風紀委員長の女子生徒は、そんなに心配していないようである。だが、そういうものなのだろうか……と主人公は疑問を抱いたが、それに関する質問は差し控えた方が無難だと思ったので、風紀委員長の女子生徒に礼の言葉を述べて立ち去ろうとした。

「待って」

 聞こえないふりをして行ってしまおうかと思ったが、地面の血が主人公の足を止めさせた。

「何か用?」

「もうすぐ、学園祭ね」

「ああ、そうだね」

「あの……二人で……一緒に……ううん、何でもない」

 風紀委員長の女子生徒が何を言っているのか、主人公が聞き取れなかった。

「それじゃ、そろそろ行くね」

 そう言って主人公は部活へ向かった。彼はラブ米クラブに所属している。このクラブは、文字通り、食べる米を愛する人たちが集う部だ。通称、ラブこめ部。そのまんまと言われるが、まんまを食べる部活なので、そのまんまでも何ら問題はない。

「おっそいですよ!」

 部室のドアを主人公が開けると、小悪魔エンジェルな妹系後輩がプンスカ怒ってお出迎えした。

「ごめんごめん」

 そう言って主人公が席に座ると、普段はクールなラブ米クラブ部長が二つのしゃもじをパチンと合わせて鳴らした。

「部活に遅れる時は、早目の連絡! でしょう。ご飯の炊きあがり時間を調整しなくちゃならないんだから」

「そうそう! 先輩の言いつけを守らない駄目な後輩には、お仕置きが必要ね」

 そう言って主人公を羽交い締めにしたのは、主人公と同学年の女子だ。彼女は運動部とラブ米クラブを掛け持ちしている。たくさん食べるのも練習のうちだと熱く語る彼女は、主人公より力が強い。主人公は身動きが取れなくなった。他にも大勢いるラブ米クラブの部員たち――全員が女子だ――は、哀れな主人公を見てニヤニヤしている。

「部活に遅れたのは、他の女の子とイチャイチャ、きゃっきゃきゃっきゃ、してたんでしょ?」

「うちらを差し置いて、他の女子とウキウキなことをしてるなんて、許せないし」

「お仕置き、やっちゃえ!」

 全員の同意に基づき、主人公へのリンチが決定した。彼を除く全部員による殴る蹴るの暴力が終わると、祈りの時間の始まりだ。女の子の心を弄ぶ主人公の心の歪みが矯正されますように、と乙女たちは心の底から祈った。そして彼が真人間に生まれ変わるよう神へお願いしてから、彼の体をムシロに包む。主人公を包んだムシロを持ち上げた女子部員たちは部室の窓を開け、下を流れる用水路に向かって「えいやっ」と声を合わせて放り投げる。大きな水音が鳴った。主人公の入ったムシロは用水路を水の流れに乗り、下流へ向かった。下流には大きな川がある。川と用水路の合流部にはボート部の練習場があった。女子ボート部の生徒がムシロを発見した。

「あ、何か流れてきた!」

「ムシロみたいね」

「知ってた? ムシロって、漢字だと筵って書くんだよ」

「蓆とも書くよね」

「莚もあるね」

「筵と莚って一瞬、同じに見えるよね」

「待って、何処が違うのか分からない!」

「何処ってさ、何所とも書くよね」

「それね」

「それって、平仮名で良くね?」

「ひらがなでいいよ、むしろも、どこも」

「あれ、あのむしろ、見えなくなった!」

「どこ行っちゃったんだろ」

 見えないのか当然だ。主人公を包んだムシロは、既に川底に沈んでいた。映像や絵画であればジョン・エヴァレット・ミレーの描くオフィーリアのように仰向けの姿で川を流されていくのがベストだろうが、逆さになって足だけ水面から突き出している方が学園ラブコメ向きとも言えようか(どこが)。

 さて、そんな状態だからして主人公の生命は非常に危ぶまれるわけだが、ご安心頂きたい。所詮はフィクションしかも学園ラブコメだ。悲劇的な事態には絶対になりえない。この世界では息絶えた主人公だったが、光の速さで異世界に転生した。そして再び学園ラブコメの主人公を務めるのである。

「あううう」

「気が付いたかしら?」

 ベッドに横たわる主人公に声をかけてきたのは保健室の美人教師だ。

「深い海の底に沈んで溺れ死にかけているところだったのよ」

 深海調査部の潜水艇が学生の潜水記録更新を目指し潜っている時に見つかったのだと保健室の美人教師から聞かされ、主人公は驚いた。

「そんなんで僕、助かったのですか?」

 体を起こし、全身が無事か確かめる。手足は動く。大丈夫な様子だ。

「ええ、あなたは本当に運がいいわ」

 そう言って保健室の美人教師は白衣を脱いだ。そして白いブラウスの胸元をくつろげる。緩んだ服の間から、白い胸の谷間が覗いている。

「こんな気分になったの、久しぶり。この学園、素敵な男性がいなくって」

 保健室の美人教師は主人公の隣に座った。そしてベッドの上に仰向けになる。

「来て」

 主人公が硬直して動けなくなると、保健室の美人教師は両手を広げ、彼を招いた。

「ちょ、ちょっと、ねえ、ちょっと待った! 昼間っから何やってんのよ!」

 主人公の幼馴染の少女が保健室に飛び込んで来るや否や、まさかのラブシーン手前を目撃して激怒した。そんな小娘を妙齢の美人教師がチラッと見て、軽くせせら笑う。

「ふふん、そっか、夜ならいいんだ」

「いいわけないでしょ!」

 幼馴染の怒りは収まらない。彼女は主人公の手を力いっぱい引っ張ってベッドから降ろした。ドスン! 無理やり床に降ろされた主人公は腰から落下してしまった。

「いてて」

「ごめん、大丈夫?」

 心配顔で幼馴染の少女が主人公の顔を覗き込む。主人公は彼女の顔を真正面から見つめた。彼女も見つめ返す。二人の心臓が「トゥンク!」と鳴り響いた。

 保健室の美人教師が二人の間に割って入った。

「ちょっと、あんたたち! 神聖な保健室で何をやってんのよ!」

 厳重に注意する保健室の美人教師に幼馴染の少女が反発する。

「邪魔しないでよ! 大人たちって、自分の事は棚に上げて、偉そうに叱ってばっかり!」

「大人なんだから、子供を叱るのは当たり前でしょ! 不純異性交遊なんて、本当に許しません!」

「先生、自分がさっきしていたことは何なんですか! わたし、誤魔化されませんからね。親や校長先生やPTAの人たちに、言いつけてやるんだから!」

 大変な騒ぎになり、主人公は閉口した。とてもではないが付き合っていられない。こっそりと保健室を抜け出した。そこで予定を思い出す。アルバイトがあるのだった。腕時計を見る。やばい、遅れる!

 主人公は校舎を飛び出した。グラウンドを走り抜け、校門を出たところで、トラックに跳ねられる。即死だった。しかし心配には及ばない。学園ラブコメの主人公は何度でも生き返る。それが学園ラブコメの主人公というものだからだ。彼に対する学園ラブコメのヒロインたちの想いがある限り、彼は何度でも蘇るのだ!

 学園ラブコメの主人公である彼は、人を轢き殺して大慌てのトラック運転手に「僕は大丈夫ですから」と告げて走り出した。病院へいかないといけない、とは考えない。バイトに遅れるわけにはいかなかった。遅れるとバイト代が引かれるのだ。ただでさえ安いバイト代が減ってしまうことは耐えがたい。たとえ死んでも、遅れるわけにはいかない!

 遅れるのが嫌だった本作品の主人公は信号無視を繰り返し、その都度バイクや車に跳ねられたり轢かれたりして命を失ったが、そのたびに奇跡の復活を遂げた。それこそが、彼を学園ラブコメの主人公たらしめる、主人公属性とでも言うべき特性だった。

 それでもバイトには遅刻したのだった。

「遅れてすみません!」

 撮影スタジオに入った主人公は第一声で謝った。それで緊張していた現場の空気が若干だが和らいだ。しかし長くは続かない。監督が激怒する。

「遅れてくるなと何度言ったら分かるんだ。いいかげんにしろ! 映画の主役だからって、どんなわがままが許されるってわけじゃないんだぞ」

「そ、そ、そんなつもりじゃ――――僕は、僕は」

「うるさい! 言い訳するな! 早く撮影の準備をしろ!」

 主人公は慌ててメイク室へ飛び込んだ。中でメイクさんが彼を待っていた。

「さあ、メイクを始めましょう。早くやらないと、監督にも他のスタッフにも迷惑になるからね」

 メイク係の女性が言うスタッフの中には自分も含まれており、お前が遅刻したから仕事が遅れてマジで迷惑なんだよ、という嫌味が込められているのだが、学園ラブコメの主人公である彼には鈍感属性も標準装備されていたので、その手の皮肉は通用しない。

「はい、終わり」

 メイク係がメイクの終了を告げるや否や、本作品の主人公はメイク室を飛び出した。撮影スタジオへ向かう。しかし、そこでは別のシーンの撮影が行われていた。彼はスタジオの隅で小さくなって撮影を見学した。

 そのシーンは彼の相手役を務めるヒロインの一人が、他のヒロインの悪巧みで酷い目に遭わされる場面だった。屈辱的な格好で悶える彼女の目に涙が光った。それは演技ともリアルとも分からぬ臨場感に満ちていた。

 自分と同い年くらいなのに、凄い女優だな、と主人公である彼は感心した。

 彼を主役に撮影中の映画は、当然ながら学園ラブコメである。某人気漫画の実写化ということで期待が大きかったが、その反面、しつこいアンチが大量に出現していた。その中にはヒロインを叩く者が数多くいた。前述したヒロインも、酷く叩かれていた。

 自分を「不適格だ」とか「降板しろ」と罵るアンチたちへの反抗心で、彼女は頑張っていた。その反発心が演技の質を、この緊迫した臨場感を生み出していたのである。

 僕も学園ラブコメの主人公として頑張ろう、と彼は思った。おしまい。いや、続くのかな。分からぬ。

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