俺の名前は南雲サトル《なぐもさとる》。十八歳。元高校生、現在フリーター、将来の夢は「宝くじ一発当てて豪遊してから爆死する」ことだ。
そんな俺が今、何をしているかというと――
「やめろおおおおおおおおおッ!!そのレバー絶対ヤバいやつううううううう!!」
――生配信中だ。
床一面に血まみれのトラップが仕掛けられた迷宮を、視聴者に見られながら命がけで突き進んでいる。右手にさびた短剣、左手にはカメラを取り付けた棒。その棒の先には、世界中に配信されている俺の顔が、汗と絶望にまみれてアップで映っている。
スパチャが飛ぶ。
【草】
【死ぬなら今やで】
【ガンバレ★スパチャ投げたで】
【これ絶対返金コースwww】
お前ら……!俺の死を願って金を投げるなッ!
◇ ◇ ◇
話は三日前に遡る。
「――はい、では南雲さん。借金総額800万円、返済期限6ヶ月ですね!」
にっこりとした受付嬢が、銀行のようなカウンター越しで言った。
「笑顔で爆弾落とさないでくれません!?借金800万って、俺、内臓売っても届かないぞ!?」
「ですから、オススメのプランがございますっ!」
パンッと資料を机に置く受付嬢。ロングの茶髪にフリフリの制服。見た目はカワイイが、喋る内容がどう考えても悪魔的だ。
ここは、「LiveDungeon(ライブダンジョン)」の配信者登録センター。冒険者資格と配信ライセンスを取得すれば、誰でもダンジョンに潜って収益を得られる世界だ。もちろん命の保証はない。
「で、なんだその“オススメプラン”って……」
「はい!それがこちらの“返金対象チャネル”!」
どどん!と笑顔で提示された資料には、明るくこう書かれていた。
『死亡時、スパチャ全額返金(+違約金20%)』
『代わりにスパチャ報酬倍率は通常の2倍!』
『さらに、死亡ギリギリで生還した際は"ボーナス倍率"で最大5倍に!』
「殺す気かッ!?というかもうこれ殺される前提だよね!?バラエティ感覚で見てるだろコレ!!」
「でもご安心ください!死亡前提チャンネルはバズりやすいので、返済には最短ルートですっ!」
笑顔のまま地獄を語る受付嬢。その名はマコさん(推定メンタル鋼鉄)。
俺は震える手でサインをした。生き延びる覚悟を決めて。
ああ、俺の人生にレッドゾーンが点灯した――。
◇ ◇ ◇
そして今日がその配信初日。
配信タイトルは『【初見殺し】俺が死んだらスパチャ返金www【ガチ初心者】』
誰がつけたんだこの煽りタイトル。……俺だった。
視聴者数は開始5分で一万人を超え、スパチャが飛びまくってる。俺のビビり顔が「表情芸」として人気らしい。ふざけんな。
「な、なんだこのレバーは……引いたら絶対なにかが落ちてくるやつだろコレ……」
床は血痕まみれ。壁には無数の針。視聴者コメントは完全にお祭りモード。
【引け引け!】
【スパチャ投げたぞ、死ね!】
【草www草www】
【死亡RTAはよ】
「くそがああああああああ!!」
涙目でレバーをスルーしようとする俺の足元に、突然石板が浮かび上がる。
[緊急投票開始――
『この配信者は、
レバーを引くべき
回避して逃げるべき
謝罪して帰るべき』]
「謝罪して帰るって何!?それ冒険じゃなくて土下座やろ!!」
結果は――
1. レバーを引くべき(92%)
バカばっかりかお前ら……!
だが、それが配信の掟。視聴者の声は絶対。
「行け、俺! 生き延びて金を返せ、俺!!」
ギィイイイ……と音を立ててレバーが動く。
天井の穴からなにかが――
ドゴン!!
「うわあああああああああああああッッ!!」
振ってきたのは巨大なスライムだった。青くて、ベトベトで、デカい。なぜか温泉の匂いがする。
「これヤバい、死ぬやつ、死ぬやつ、死ぬやつぅぅ!!」
【新キャラ登場www】
【いい絵が撮れました】
【もう死んでくれ】
俺は必死で短剣を振る。だが、攻撃は弾かれる。スライム強い。ていうか物理効かない。
「お、おい、誰か助けろ!コメントでヒントとかないの!?」
【火に弱いぞ】
【脱げ】
【パンツを投げろ】
「いや3番意味わからんだろ!!脱がないぞ俺は!!」
だが俺の目の前で、なぜかスライムが……止まった。
「……ん?なんか、音?」
スライムの中から、カランと音がした。まさか。
「……ライター……!?」
そうだ。配信開始直前、マコさんが「お守りです」と言って無理やりポケットに入れてきたやつ。これ、まさか伏線?
ゴクリと唾を飲み込む。
俺は震える手でライターを取り出し、スライムに向かって――
「燃えろおおおおおおおおお!!」
ボオッ!!!
スライムは蒸気を上げて吹き飛んだ。
【やった!】
【神展開】
【まさかの生還w】
【スパチャ追加で】
「お、おれ……勝った……?」
蒸発したスライムの跡に、光る宝箱。
そして、通知が届く。
《本日の収益:スパチャ350万円》
《スパチャ返金対象:0円》
「っしゃああああああああああッッ!!」
◇ ◇ ◇
こうして俺は、「死なないけど毎回死にかける」配信者として一躍話題になった。
生きるために、金のために、今日も俺は死のふちを歩き続ける。
「次の配信タイトルは『ダンジョンで死ぬのはいやだ!~でも借金はもっとヤダ!~』でお願いします!!」
「センスないですね」
「うるせぇマコさんッ!!」
――命がけの借金返済ライフ、始まりました。