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第2話 「はじめての熱狂信者(※人格が終わってる)」

人生でいちばん多くの「死ね!」を浴びた配信から三日後――


俺は今、とある女性と向き合っていた。


「……えっと。どちら様でしょうか?」


「…………」


「いやいや、無言で距離詰めないで!?」


彼女――いや、この女の子、見た目は二十代前半。肩までの黒髪にメガネ、薄い唇、黒のタートルネックにロングスカート。どこからどう見ても「地味系女子」だが、ひとつだけ異様なのは――


「……そのTシャツ……」


俺の顔がドアップでプリントされたオリジナルTシャツを着ていた。

しかもその下に「死ぬな(死ね)」と謎のメッセージ。


「はじめまして。“チャンネル登録者第1号”です」


「うわ怖ッ!!!」


◇ ◇ ◇ 


ことの発端は、俺のダンジョン配信が異様にバズったことに始まる。


初配信からして「スライムに殺されかけ→火炎で逆転→350万円のスパチャ獲得」という、カロリー過多な展開を披露したせいで、次の日にはSNSで「ギリ生存芸人」「返金ギリギリマン」などという不名誉なあだ名を付けられ、同時にファンも増えていった。


――そして今、ついに現れた。


オフラインで会いに来る視聴者第1号が。


「……というか、どこから住所を……?」


「グッズ発送で住所が表示されたメールの送信元IPを解析して、契約してた物流倉庫を特定して、あとは張り込みと地道な尾行です」


「警察呼んでいい!?いや通報していいレベルだよね!?!?」


「南雲さん、私、あなたが死にそうな顔が本当に好きなんです」


「怖いって言ってんだよォォォ!!」


名前は蓮(れん)。ハンドルネームは“LethalRen”。

日本語訳すると「致死の蓮」。おまえ既に物騒すぎるわ。


彼女は語る。


「命がけで笑わせてくれる男って、今の時代なかなかいません。あなたの苦しみ顔、ビクビクする動き、唐突な絶叫、すべてがコンテンツとして完璧」


「完全に悪趣味じゃねぇか!!俺をどんな目で見てたんだ!!」


「ちなみにお気に入りのシーンは、スライムに押し潰されて『ヒィッ!』って裏声になったところです」


「そこかよ!?よりによって裏返ったとこかよ!?」


◇ ◇ ◇ 


だが、実際問題。


この蓮さんは「人格以外すべてが有能」だった。


配信編集、サムネイル制作、SNS戦略、果ては「スパチャ課金のタイミングによる盛り上がり演出」の分析までこなしてくる。


「南雲さん、昨日の配信では中ボス戦でのカメラアングルが最悪でした。恐怖の表情が画角から外れてる。次はヘルメットカメラをつけてください」


「俺の絶望顔をそこまで管理する!?てか何者なのあんた!?元テレビ局員とか!?」


「大学ではメディア心理学専攻、卒業後は映像会社に在籍していました。今はフリーの追っかけです」


「最後の職業なに!?」


◇ ◇ ◇ 


そんな蓮さんに巻き込まれるようにして、俺のチャンネルはプロデュース体制へと突入した。


新たな配信タイトルはこうだ。


【返金対象ダンジョン】生きて帰れると思うなよ!地獄のランクB迷宮攻略配信!【ギリ生存】

配信数分前、マネージャー気取りの蓮さんが言う。


「今回は"同接"三万人狙いましょう。スパチャでライトショーを作るタイミングは15分以降、コメ欄の煽りは私が用意したテンプレで行きます」


「もしかして、全部台本通りに死にかけてたってこと……?」


「いえ、死にかけるのはアドリブでお願いします」


「ブラックすぎるううう!!」


◇ ◇ ◇ 


そして、配信開始――


【来たぞギリ生存マン!】

【今日の死に顔に期待してます!】

【死ね(スパチャ1万円)】

【草ァ!】

「やっぱ民度地獄だこのチャンネル……!」


本日の舞台は、ランクBの中規模ダンジョン『凍土の穴蔵』。

出現モンスターは氷属性のリザードマンと、雪だるま型自爆スライム。「自爆」って字面が既に怖い。


俺は凍りついた通路を震えながら進み、モンスターと遭遇した瞬間、カメラを指でズームにして、全力で叫ぶ。


「ちょ、まっ、リザードマン3体!?聞いてねぇよこんな構成!!」


【絶叫キター】

【テンプレ通りで草】

【レン様演出ありがとう】

「おい、裏で脚本扱いされてんじゃねーか!!」


だがその直後、爆発スライムが後方から突撃してくる。


「え、マジで想定外!!蓮さあああああああんッ!!」


「いいですね、想定外の絶叫がスパチャ量産の鍵です!」


「助けてくれよッ!?!?」


【リアルに死にそう】

【よし、追加スパチャ】

【今日こそ返金いけるか!?】

◇ ◇ ◇ 


ギリギリでスライムを盾で弾き、リザードマンの攻撃を転がって回避。

瀕死の体で、何とか通路を抜けた俺は、膝から崩れ落ちた。


画面には俺の汗だく顔がアップになり、そこにスパチャの花火が飛ぶ。


【最高の顔】

【ギリ生存フェイス】

【今日もありがとう】

【南雲は俺たちの命(?)】

「……この世界、地獄じゃね……?」


そのとき、通知が鳴る。


《ダイレクトメッセージ:新着》

【From:白雪レイナ】

「アンタのチャンネル、邪魔。今度こそ潰すから。生き延びられたら拍手してやるよ」

――ついに現れた。


配信界のトップランカーにして、“戦う美少女”系の配信王者・白雪レイナ。

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