深夜2時30分。
チャット欄に閃光のように通知が続く。
【10000G:結婚してくれ!】
【50000G:離婚しないでください!】
【100000G:プロポーズ返して!!】
スパチャ合計金額表示が、桁違いの“G”を指して回っていた。
画面下には小さく表示された急上昇グラフ:「スパチャ婚式チャンス率:99.9%」。
「……正気じゃねーだろコレ!」とサトルが絶叫。
隣のレイナは顔を赤く染めながらも、まるでスターのように微笑む。
黒澤レンは机に肘をつき、渋い表情を浮かべながらもスパチャ欄を凝視していた。
「莫大な金が、演出として飛んでいる……」
その視線は、愛でも遊び心でもなく、冷静な“計算”に見えた。
休憩ポイント。
三人がロイヤルブルーのソファに順番に座る。
サトルがふいに訊ねた。
「レンさん、本当に戻ってきたのって、“演出のため”だけ?」
するとレンは笑い、目に少しだけ光を戻した。
「正直に言うと──“演出”が入り口だったよ。でもね、レイナと向き合って、彼女が本当に強くて壊れやすい人だって知って……それを支えたいって思い始めた」
コメント欄も反応していた:
【おおお!リアルじゃん】
【演出がリアル化してきた】
【惚れる要素しかない】
レイナは無言で、優しい目でレンを見つめ返す。
「ありがとう。…でも、さ」
視線はサトルに移る。
「私が“ぶりっ子”してたの、あなたがいたからできたの。あなたのギリ生存芸が“偽物”って思われるの、正直怖かった」
サトルは驚いた顔で言葉を探す。
「怖…い?」
「うん。あなたが私を守ってくれるって思えるまでは、“キャラの演出”が私の鎧だった。今は、剥がれていくのが怖い」
コメント:
【鎧脱ぐレイナ様…】
【これは神回の予感】
三人の空気が一瞬ゆるやかに溶けあった。
そこで──
画面が静かに切り替わり、コメント欄は関心を示しつつ、緊張が走る:
【ノネガの公開談話始まった!】
【ガチで来た…】
【どうなるんだこれ!?】
カメラがズームアウトし、部屋の入口に黒のフード男が立っていた。
少し痩せ、一瞬だけカメラを見つめ――
「俺がNoNameGOD77だ」
サトルとレイナ、そしてレン。全員が一瞬、息を吞んだ。
「最初は『消えろ』『死ね』って煽りくらいだった。けど、気づいたら俺、“救いたい”気持ちになってたんだ。配信者としても、人間としても──お前ら、壊れていくから。数字に飲まれていくから」
コメント欄もざわめく:
【まさかの救済】
【これ…いい話になりそう】
【泣きそう】
ノネガはゆっくり手を挙げ――
「お願いします。俺と、本音で話してください」
配信は、公開談話会に移行した。
三人と一人のトークは、思ったより穏やかだった。
ノネガは重い口を開いた。
「俺は…レイナに恋していた。努力と真摯さに惹かれた。でも“ぶりっ子”を見たとき、ショックで、怒りで、『許せない』って思った。だから俺は…壊さないと気が済まなかった」
彼は手を震わせながら言い切る。
「でも、今日本気で思った。お前ら、俺の想像以上に強いんだって。ギリギリで笑って、傷ついて、それでも進んでる」
長い沈黙の後、レイナがマイクに触れる。
「……ありがとう。私、あなたの怒りでも痛みでも、間違ってないって思える。共感できるから」
サトルも続けて手を伸ばす。
「お前もさ、救われていいんだぞ?」
レンは微笑んで言った。
「みんな、救われながら、ここにいるんだね」
コメント欄には涙混じりの文字が溢れる:
【これが人間ドラマ…】
【スパチャとは違う価値】
【やば、涙枯れる】
談話会の後、再び「結婚式スパチャ」が加熱する。
【200000G:マジで結婚しろ!】
【500000G:結婚引き止めに全財産】
【1000000G:離婚しなきゃ引く】
三人は顔を見合わせ、間を置いて──
サトルが小声で言った。
「…俺たち、なんか繋がっちゃったな」
レイナは笑う。
「そのスパチャ、記念に婚約指輪にしようか♡」
レンがふわりと被せた。
「そして四人で、新たな物語を始めようか」
コメント欄、爆発:
【クラウド婚約】
【新時代だこれ】
【配信文学ここに極まる】
深夜3時。
チャット数は10万超え。スパチャは億を突破。
だが画面の奥には、人間の温度が溢れていた。
傷つきながら笑い、怒りながら癒し合う様子。
「これが現代の“命がけ配信”。
数字の先にあるのは、嘘じゃない人間同士の“救い”だった――」
サトルが小声で言った。
「…次は、三人婚配信かな?」
レイナとレンは同時に笑ってうなずいた。
ノネガも、フードを脱いでカメラに手を振った。
――次回はいよいよ、「婚配信ライブ」。
視聴者、スパチャ、お祝いコメント、公開談話――全員で祝う新時代。その裏で、またどこか傷つく人がいるかもしれない。
でも、それも“生きてる証拠”だ。
人間の不完全さが、このエンタメを“完成”させる。
完