「月100万円の
静まり返った夜。男は低く淡々とした声でそう言った。ソファにだらりと身体を預けたその姿には、目の前の女への興味も敬意も感じられない。
「……100万?
熱い涙が頬をつたい落ちる。彼の冷たい視線を受け止めながら、梨々は唇を震わせる。
「琢磨……私はあなたに
まさか、お金をもらって一緒に寝るだけの関係が、彼の思う
それってただの
――彼にとって、私は、そんな結婚すら似合わない女だった。
3時間前、神崎梨々は一本の監視映像を受け取った。
深夜のホテルスイート。セクシーな服を着た女が、琢磨の部屋の扉をノックする。
彼はそれを開け、女を迎え入れた……3時間後、ようやく一人で出てきた。最初はただの浮気だと思った。地方出張先での
彼は性欲が強い。結婚して2年、生理の日以外は毎晩体を求められた。だからきっと、何か理由があるんだって――今日は彼の誕生日、嫌な話はしたくなかった。
梨々は自分の手で、可愛いシュガークラフトの虎がついたケーキを焼き、部屋を飾って待っていた。
結婚記念日も誕生日も、いつだって自分ひとりで祝ってきた。
彼が不器用な人だと思ってた。
でも――
今夜、東京最大のホテルを貸し切って、社員数千人にボーナスを配りながら、会社の副社長・
その彼がメディアの前で、橘に数千万円相当のジュエリーを贈っていた。その首にかかる限定版の黒いネクタイも、1時間前に橘が結んだものだった――
もしも誕生日の時も、あの夜も、別々の人ならまだよかった。
でも、あの女は
誕生日パーティーで満面の笑みを浮かべて彼と見つめ合っていた橘真希は、あの映像でホテルの部屋に入っていった女だった。
それでも、もしかしたら誤解かもしれない……そう思って、必死に笑顔を作りながら聞いた。
「ねえ琢磨、あの……あなたがよく一緒に出張に行く
「仕事のことに口を出すな。」
彼は梨々の作った酔い覚ましのスープを飲みながら、スマホに映る橘の誕生日ニュースを黙って見ていた。
梨々は唇を噛みしめ、勇気を振り絞って続けた。
「……部下の誕生日を祝うのも、仕事のうちなの?」
琢磨は眉をひそめ、夜のように深い瞳で彼女を見た。
彼の目の奥には、冷たい感情が広がっていた。まるで彼女なんて、視界の隅にも入っていないかのように。
「お前は余計なことを考えるな。スーツケースに荷物を詰めておけ。出張に行く。」
それ以上を言わせない威圧感に、梨々はようやく怒りを爆発させる。
「私たちは夫婦よ! なんで口出ししちゃいけないの? あなたが彼女に使ったお金は、私たちの
「たった数百万使っただけで、いちいちうるさいな。お前の実家がうちから数億持ってったときは、なんも言わなかったくせに。」
琢磨は立ち上がり、冷たく言い放った。
――それは事実。隠しきれない神崎家がもらった資金援助だった。梨々も知ってる。
でも――
「全然違う! 私はあなたの妻よ。あの女と同列に語らないで!」
「お前こそ、彼女に敵うとでも思ってるのか?」
琢磨の目は、ぞっとするほど冷たかった。
「数百万なんて、彼女の稼ぎから見れば端金だ。」
――心が、一瞬で崩れ落ちた。
ベッドで囁いた
「そんなに彼女がいいなら、最初から彼女を選べばよかったじゃない……。私のこと、好きだったんじゃなかったの?」
2年前、家が没落しかけたとき、彼が婚約を守ると言ってくれた。だから彼のことを信じた。
騒ぎになるからって結婚のことを公にしたくないと言って、それも信じた…
それが、全部勘違いだった?
……いや、彼は最初から、
琢磨は酔い覚ましスープを一気に飲み干し、上の階に行こうとする。
「じゃあ、離婚しましょう!」
梨々の声が、部屋に響いた。
冷え切った関係、愛のない生活――もう、我慢したくなかった。
でも琢磨は、彼女の必死の言葉を
「離婚して、お前はどうやって生きてくんだ? 月100万の添い寝代に文句言うな。現実を見ろ、神崎梨々。」
「……私は私の力で生きてみせる。神崎家に戻らなくても、私は大丈夫。」
涙を拭い、梨々は階段を駆け上がる。
物置から白いスーツケースを引き出して、荷物を詰め始めた――