突如として現代に謎の迷宮『ダンジョン』が現れてから時が経ち、今やダンジョン内を探索する探索者は増えに増えた。
そしてダンジョン探索の様子を配信する配信者も増加傾向にある。
そう、今や、大ダンジョン配信時代なのである――!
需要のあるところに仕事は発生するもので、ダンジョン配信者向けの撮影会社が存在する。
自撮り棒で配信できる街中とは違い、ダンジョン内は常に危険と隣り合わせだ。
そんな中で片手が塞がった状態では命がいくつあっても足りない。
小型カメラをヘルメットに付けることも可能だが、それをすると配信者の姿が映らない。逆に配信者の顔にカメラを向けるとダンジョン内が映らない。
そんな問題をまるっと解決するのが、ダンジョン撮影会社なのだ。
「ユウとジョウの友情☆チャンネルー!」
「今日もはりきって配信していくよー!」
アイドル顔負けのルックスを持つユウとジョウの配信には、たくさんの視聴者が集まっている。
彼らが登場するや否や、配信画面には彼らを絶賛するコメントが流れ出す。
≪配信待ってたよ≫
≪今日もビジュ強すぎ!≫
≪推しの配信助かるー≫
≪ユウ髪型変えた? 最高!!!≫
「桜子さん、アイナさん、うさぎさん、パイナップルさん、みんな見に来てくれてありがとう」
「待ってた? ビジュ強すぎ? 助かる? 最高? 俺ら愛されてるな!」
「俺たちもみんなのこと愛してるよー!」
コメントを読んだユウとジョウが、アイドルがファンにするようにカメラに向かって笑顔で手を振る。
≪愛!!!!!≫
≪開始数秒で気絶しそう≫
≪私も愛してるよ!≫
≪死ぬまで貢がせて!!≫
ユウとジョウのファンサービスに、コメント欄が沸き立つ。
人数は少ないものの、彼らは熱狂的なファンをがっちりと掴んでいるのだ。
「今回もみんなには愛を込めた配信をお届けするからね」
「背景で気付いてる人もいると思うけど、今日は外ロケだよ。俺たちのやる外ロケと言えばー……ダンジョン配信!」
「ではさっそく。今日探索するダンジョンはこちら!」
ユウの声に合わせて、カメラマンである佐藤悟はカメラをダンジョンに向けた。
≪ここ、どこのダンジョンー?≫
≪もしかして難関ダンジョンじゃない?≫
≪そうなの!?!?≫
≪ユウとジョウが心配。怪我しないでね≫
「気付いた人もいるみたいだね。ここは知る人ぞ知る難関ダンジョンなんだー!」
「でも、さすがにボスモンスターはS級探索者じゃないと倒せないから、そこは期待しないでね」
ユウは悪戯っぽくそう言うと、カメラに向かってウインクを飛ばした。
「難関ダンジョンがどんな感じなのか、ちょっとだけ中を配信するつもりなんだ」
「要は肝試しみたいなものってこと。ヤバくなったら逃げ帰るつもりだからよろしくね!」
≪最初から逃げるつもりなのー?≫
≪私は二人の姿が見れるなら何でも良いよ≫
≪私もダンジョンじゃなくてユウとジョウが見たいから来てる≫
≪でもそれはそれとして格好良いユウとジョウは見たい!!!≫
「よーし、行ってみよう!」
「カメラさんもちゃんとついてきてねー!」
佐藤はユウとジョウを映しながら、ダンジョン内へと歩を進めた。
* * *
悲劇は昨日起こった。
「どういうことですか!?」
佐藤はとんでもないことを言い出す鈴木課長に向かって叫んでいた。
佐藤の叫びを聞いた鈴木課長は、頭をかきながら説明をする。
「私だって無茶なことを言っている自覚はある。ただカメアシが相次いでトんでしまって、どうしようもない状況なんだよ」
「それなら何かの依頼を断れば良いじゃないですか!」
「撮影前日にいきなりキャンセルなんてしたら、うちの信用がガタ落ちするだろう? だからすべての依頼をこなす。それが上の判断だ」
「信用がガタ落ちするって……撮影に失敗する方が信用を失くしますよ!?」
なおも食い下がる佐藤に、鈴木課長は頭をバリバリとさらに激しくかいた。
「私もそうは言ったが、仕方ないんだよ。私たちはただの社員なんだから。上の決定は絶対だ」
「それは……でも、カメラマン一人でダンジョン内を撮影するなんて! 安全に上質な撮影をするのが弊社の売りでしょう!?」
そう、この佐藤の勤める撮影会社でのダンジョン撮影は、基本的にカメラマン一人とカメラアシスタント複数人の撮影クルーで行なう。
ダンジョン内ではカメラマンがモンスターに邪魔をされずに撮影ができるように、カメラアシスタントがカメラに近付くモンスターを退治するのだ。
とはいえ基本的には配信者自身がモンスターを倒すため、カメラアシスタントは配信者が狩り残したモンスターがいたら退治をする程度で、積極的に戦うことはない。
それなのにこの会社のカメラアシスタントは、離職率がものすごく高いのだ。
大体のカメラアシスタントは、カメラマンになるための下積みとしてアシスタントを経験する。
すると気付いてしまうのだ。
ダンジョン撮影会社ではなく、普通のテレビ番組を撮影する会社に入った方が楽なのではないか、と。
カメラマン志望の人はダンジョンを探索したいわけではなくビデオカメラで映像を撮影したいのだから、ダンジョン探索の経験が増えても無意味だと感じるのだろう。
逆に、カメラアシスタントとしてダンジョンに潜った結果、ダンジョン探索に魅力を感じすぎて離職をするケースもある。
ダンジョンの魅力に魅せられたカメラアシスタントは、ダンジョン撮影会社の社員を辞めて、本格的に探索者になってしまうのだ。
そんなわけで、佐藤の勤める会社のカメラアシスタントは辞めやすいのだ。
「他の依頼のカメアシを一人、僕のところに回すことは出来ないんですか?」
「残念だが、明日の撮影すべてにカメアシは一人ずつしか出せない。なんなら手の空いているカメラマンに明日だけはカメアシとして現場に向かってもらうように手配もしている。しかし、それでも一人足りない状況なんだ」
「……どうしてよりにもよって僕のところのカメアシを削減するんですか。いじめですか」
佐藤の言葉に、鈴木課長は静かに首を振った。
「明日出勤するカメラマンの中で、佐藤君が一番実力があるからだよ。カメラの技術で言えばベテランの方が巧みだが、ダンジョン探索の意味では君より秀でた者はいない。カメアシの頃に散々褒められていただろう?」
そう言われてしまうと、佐藤は文句が言えなくなる。
カメラアシスタントの頃に方々から褒められてチヤホヤされていたのは事実だからだ。
「……依頼人にはなんて説明をするんですか」
「一人で撮影可能なカメラマンを向かわせる、と言ってある」
「はあ。すでに外堀を埋められてるわけですね。じゃあ行くしかないじゃないですか」
佐藤が了承しそうだと判断した鈴木課長は、佐藤の両手を握ってぶんぶんと上下に振った。
「君ならそう言ってくれると思っていたよ、佐藤君! 明日の撮影が無事に終了したら、きっと君の株も上がるからね。頑張ってくれ!」
佐藤は溜息を吐きつつも、鈴木課長の頭に出来た円形脱毛症の痕を見てしまっては、これ以上何も言うことが出来なかった。