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第4話


 鈴木課長の言葉に佐藤はきょとんとしながら首を傾げた。


「VRダンジョン? アプリか何かを開発するということですか?」


「違う違う。昨日の配信を見て、配信の可能性に気付いたんだよ!」


 昨日の配信と言うと、バズったユウとジョウの配信のことだろうと佐藤は思い至った。

 ちなみに配信後、自分たちの配信でカメラマンである佐藤ばかりが注目されていることに二人が怒ったかと言うと逆だった。

 佐藤のおかげで配信がバズったことに感謝をして、佐藤に豪華な夕食をご馳走してくれた。


 配信がバズることはとても難しいため、どんな形であろうとバズったことに感動したらしい。

 バズりさえすれば、あとはのし上がることもそのままの状態であることも自分たちの実力次第。

 実力を試すためのきっかけを作ってくれた佐藤には感謝こそすれ怒ることなどあり得ない、と彼らは語った。


「鈴木課長は昨日の配信を見て、バズることは簡単そうだと思ったということですか? 昨日は運が良かっただけで、かなり難しいと思いますけど……」


「そう、かなり難しいことが昨日起こったんだよ。そしてバズりの中心は佐藤君、キミだ! このチャンスを利用しない手は無い!」


「はあ」


 鈴木課長が何を言いたいのかを図りかねた佐藤は気の抜けたような返事をする。

 チャンスを利用することとVRダンジョンという単語が結びつかなかったからだ。


「昨日の配信を見て、カメラマン自身がダンジョンを攻略する配信には需要があると感じたんだ。さながら自分がダンジョンを攻略しているみたいな配信は、疑似VRダンジョンとしてウケると思う!」


「そんな配信をしてる人はたくさんいると思いますけど……撮影クルーを雇うお金が無いからヘルメットにカメラを付けて配信する人は多いでしょう」


「そこだよ、そこ!」


 鈴木課長が、その質問を待ってました!とばかりに声を大きくする。


「ヘルメットにカメラを付けると揺れが酷くて画面酔いをしてしまう。しかしうちのカメラで撮影をすればそうはならない。昨日の撮影のようにね」


 ここまで言われれば佐藤にも鈴木課長の言わんとすることが理解できる。

 そしてそれがどれだけ無茶な提案かということも。


「……もしかして、僕にビデオカメラを担ぎながらダンジョン配信をやれと言ってます?」


「その通り!」


「いやいやいや、無理ですからね!? ダンジョンのことを舐め過ぎですよ!?」


 ダンジョン撮影会社だからこそ、社員全員がダンジョンの危険を熟知しているはずだ。

 そんな場所を、カメラを担ぎながら攻略するなんて正気の沙汰とは思えない。

 しかし鈴木課長は大真面目な顔で提案を続ける。


「多くの人に無理だからこそ、勝ち筋がある。そして試すなら今を置いて他に無い!」


 激しく首を横に振る佐藤の肩に、鈴木課長が自身の手を置く。


「佐藤君の午後からの仕事は、私が代わりに行くことになった。だから君はこのあとダンジョンを攻略してきてくれ」


「コンビニへおつかいを頼むような軽さでダンジョン攻略を命令しないでください!?」


 コーヒーを買ってきてくれ、のテンションでダンジョン攻略を命令する鈴木課長に向かって佐藤が叫ぶ。

 ダンジョンは命を懸ける場所であり、コンビニでコーヒーを買ってくるのとはわけが違うのだ。


「配信をするチャンネルはすでに用意してある。佐藤君はすでに知識として知っているとは思うが、念のため配信方法も教えるからしっかり覚えてくれ」


「いやいやいや、ダンジョン攻略もそうですけど、配信だって出来ませんよ!? 僕は目立つことが得意なタイプじゃありませんから」


「その辺は問題ない。VRダンジョンというコンセプトだから、君はただダンジョン攻略をしてくれればそれで良いんだ。さすがに配信始めと終わりくらいは喋ってもらうが。慣れてきたらコメント読みも出来ると良いが、初めての配信でそこまでは望まないよ」


 当事者である佐藤の意見を聞かずして、話はすでに決まってしまっているらしい。

 チャンネルも用意してあり、初回配信がまだなのに次回の配信の話まで出ているようだ。


「初めての配信って何ですか!? 定期的にやらせるつもりなんですか、こんなとんでもないことを僕に!」


「人気が出たら当然続けるよ。それにたとえ初回で人気が出なくても、数回はやってみないと」


「正気ですか!? 弊社は今、人が足りてないんですよね!? こんなことに人員を割いてる場合じゃないと思いますよ!?」


 必死にダンジョン配信を断る理由を述べる佐藤に、鈴木課長はにこりと笑ってみせる。


「その辺は問題ない、というかこの配信が人員不足を解決するための一手でもある。配信の概要欄に弊社のホームページのURLを記載して社員を募集している旨を書いておくんだ。つまりこの配信は、後々のことを考えた投資でもあるわけだ」


 佐藤の意見を聞く気がない様子の鈴木課長に、ついにダンジョン配信からは逃げられないと察した佐藤が溜息を吐いた。


「そうなんですか……ちなみに僕のダンジョン配信にカメアシは」


「カメアシがいるわけないだろう。全員他の仕事が入っているよ」


「ですよねー……」




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