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『首都近郊の山奥の廃村、四角村の隅に出入り口のあるダンジョン。
四角ダンジョンの内部はごく普通の石畳で、階層は4階までと小規模で各階は狭く歩き回る必要は無い。
ただし4階は広大で、天井が高く壁面に幾つもの穴のようなものがある。
特色として、中央部に広い川があり、小石だらけの河原まである。
出現するモンスターは鬼火だけが確認されている。
30年前に出現した時は村には100人ほどの住民がいた。
奇妙なダンジョンが突如出現したと話題になって半年後、村の住民4人が行方不明となり、数日後ダンジョン4階の川で溺死体で発見された。原因は不明。
その後、ダンジョン探索者の事故死が相次ぐ。全員4階で死んでいた。最終的に合計10人がダンジョン内で死体で発見される。未知の危険なモンスターの出現が疑われ、しばらく立ち入り禁止になる。
ダンジョンの不審な出来事に合わせるように、
ダンジョン内で怪奇現象の報告があるため、心霊ダンジョンと呼ばれている。』
四角ダンジョンの探索に幸二と共に行くと決めた和浩は、色々情報を集めていた。
しかしほとんど知られていない小さなダンジョンで、確認できた最後の探索記録は10年前である。しかもどちらかというと廃村になった四角村の情報が主で、ダンジョンの情報は僅かしかない。
電波だけはダンジョン内でも届いているようなので、これは最新機器で何とかできるだろう。電波状況が悪くて途切れたりするのも臨場感があっていい。
モンスターは鬼火だけのようだが、以前とあるダンジョンで撮影された、鬼火が何百も乱舞する動画が海外で大評判になった事がある。和浩としては、心霊現象などよりこちらに期待してしまう。
いよいよ四角ダンジョンに出発する前日、幸二とネットで最後の打ち合わせをしていた。
「今回はあくまで事前の調査というか偵察だからな。長居はしないぞ。3時間か4時間で撤収する。とにかく安全最優先だ。いいな?」
和浩の念押しにディスプレイの中の幸二は頷く。
「大丈夫だ、その辺はお前の指示に従うよ。とにかく四角ダンジョンは古い情報しか無いから、お試し訪問でも注目度は高いと思う。けどダンジョンの4階の動画だけはどうしても欲しいから、そこはよろしく頼むな」
「そこは準備完了だよ。あと、忘れずに、親戚の子から夜中の撮影に参加する
実は幸二の親戚に、ダイヤというネットアイドル名を名乗る年下の女子大生がいる。彼女が幸二の計画を聞いて熱心に申し出て、今回同行する事になったのだ。和浩は最初は渋ったが、幸二の視聴者受けが良くなる、という説得で了承したのだった。
「了解了解。心配すんな、未成年じゃないんだしダイヤも張り切ってるよ。ああ、そうだ。俺からの指示つうかお願いだけどさ。お守りや魔除けの類は持ってこないでくれよな」
「え? 何で」
「絶対に怪奇現象を見たり撮影したいんだからさ、そういうのは無い方がいいと思うんだよ。え、なに? お前お守りを持って行くつもりだったの?」
「いや、ダンジョンに行く時はいつも
「そうかー。でも悪いけど今回は止めといてくれよ。頼むよ」
ディスプレイ越しに幸二に頭を下げて頼まれ、和浩もまあいいかと了解した。
打ち合わせが終わってから、荷造りの済んだカバンからお守りを取り出し、デスクの上のライトに引っ掛けておいた。
翌日の夕方。和浩は車で出発して、約束の時間に賑やかな繁華街の入り口で幸二と親戚の女子大生と落ち合った。
会うなり「和浩さん、初めまして、ダイヤです」とアイドル名で自己紹介されて面食らったが、本人は明るく気さくな雰囲気なので、和浩は内心安堵した。
「ダイヤって呼び捨てでいいですよ。今夜はよろしくお願いします」
元気に挨拶をしてくるダイヤは、宝石をイメージしているのか、銀色のジャンパーに銀色のパンツ、頭の三つ編みも妙にキラキラしている。
「こちらこそ、よろしく。えーと幸二から夜中の撮影だっていうのは聞いてるね?」
「はい! 同居の親にもちゃんと伝えてありますから大丈夫です」
「ダイヤ、こいつは真面目だからな。ちゃんと言う事を聞けよ」
「わかってるわよ。私だって上手い人に撮影してもらえる機会は貴重なの! 幸二こそ足を引っ張らないでよ」
この子なら今夜は上手くやれそうだ、と和浩は安心した。承諾書も確認し、3人で夕飯を食べてから車で四角村を目指した。
2時間ほど、3人で喋りながら順調に走り、もうすぐ四角村に通じる山道に到着する頃に和浩の携帯端末にメッセージが届いた。ちょうど目に止まったコンビニの駐車場に入り、休憩がてら端末を開いてメッセージを確認する。発信者は、趣味でダンジョン配信をしている年上の知人からだった。短い挨拶の後に続く文章を読んで、和浩は眉をひそめた。
『偶然だけど四角村の出身者と会ったんだよね。和浩君が四角ダンジョンについて話してたのを思い出して、ちょっと尋ねてみたけど、あの場所や事故はもう思い出したくないって。
でもその人が言うには、村はともかく、ダンジョンは夜には絶対に近づかない方がいいって。真顔で忠告された。あのダンジョン特に入り口のあたりがヤバいってさ。友達と行くんなら昼間の方がいいんじゃないかな』
これから夜の四角ダンジョンに入ろうという時に不吉な……。
一瞬、出直そうかと考えた和浩は慌てて頭を振った。今夜のダンジョン配信は、動画サイトで予告をしていて、楽しみです! というコメントも幾つか書き込まれているのだ。今さら変更は出来ない。予定より増えて3名で賑やかだし、短時間だ。絶対に大丈夫、と和浩は自分に言い聞かせた。
けれど、何故か、コンビニで買ったコーヒーを飲みながら盛り上がっている幸二とダイヤにはメッセージの内容を伝える気になれなかった。口にすると不吉な雰囲気が3人の間に拡散するような気がしてしまう……やっぱり初めての心霊ダンジョンという事で神経質になっているようだ。メッセージの返信は、配信が無事に終わってからにしようと和浩は端末を閉じ、車のエンジンをかけた。
やがて、和浩たち3人は無事に四角村に到着した。
廃村になった後もそれなりの手入れはされているのか、道路も普通に走れる。電気も来なくなっているので暗闇だが、村内の商店街のような通りを走ってもさほど不気味な感じはしない。だが心霊スポットが専門の幸二は興奮しながら車窓を眺めている。
「うわーじっくり歩き回りたいよなあ。今度、絶対に再突撃だ」
適当に相槌を打ちつつ、和浩は真っすぐに村の奥にある四角ダンジョンを目指し、迷う事もなく到着した。
ダンジョンの入り口は、広い空き地のような場所の中央にある小さな丘に、ぽっかりと口を開けている。ダンジョンのお約束のようなもので、内部はぼんやりと明るい。
しかし和浩は車から降りて、ダンジョンの入り口を見た瞬間に猛烈に恐ろしく感じた。頭のどこかで、やっぱり止めておけば、という後悔の声が囁く。
他の2人の様子を横目で伺うと、各自小型ライトを手にして、幸二は熱心に写真撮影をしつつボイスメモを吹き込み、ダイヤもストレッチ運動のような事をしている。特に怯えているような感じもしない。
自分が神経質になっているだけか……過去気味の悪いダンジョンには何度も一人で入って無事だったんだ。車のトランクから荷物を降ろしながら、和浩は気にし過ぎだと再度、しつこく自分に言い聞かせた。
その時、いきなり背後から声をかけられた。
「こんばんはー。ダンジョンの訪問者ですか?」
和浩は思い切り飛び上がり、振り向きざまに小型ライトで声の主を照らした。
相手は、目をぱちぱちさせている。中肉中背で銀縁の眼鏡をかけた、大人しそうな男性だ。身軽な山歩きのような格好で、小さなナップザックを背負っている。
「誰だ! あんた、いきなり!」
思わず大声を出した和浩に向かって、男性はにっこりと人懐こい笑顔を見せた。
「ああ、驚かせてすみません。ここに来ようとして道に迷って、こんな時間になっちゃったんですよね」
「道に迷ったって……」
「私、この四角村の出身者なんですよ。今はちょっと離れた所に住んでいるんですが、用があって久しぶりの訪問なんです。いやあまさか迷いに迷って夜になるとはね。参った参った」
和浩が口ごもっていると、幸二とダイヤが駆け寄って来た。
「うわあ、3人もいらっしゃるんですね」
男性は笑顔でまた自己紹介をする。幸二が驚くというより、ひどく嬉しそうな表情を見せた。
「四角村の出身者の方ですか。奇遇だなあ。後でゆっくり話を聞かせてください」
「ええ、喜んで。何でしたらダンジョンの中も案内できますよ」
「え? 案内?」
「昔は良く村の友人たちと入って遊んだもんです。さほど広くは無いですが、ちょっとは面白い場所もありますよ」
「それは有難いですが、でも今夜は……」
和浩はとまどいつつ、今夜はダンジョン配信の撮影だと説明する。いきなり出現した素人を撮影して動画サイトに流すのは、やはりマズい。
しかし、男性はあっさり頷いた。
「ああ、そうなんですか。いやでもそういう撮影現場っていうのも興味があります。同行して見学しててもいいですか? もちろん皆さんの邪魔はしませんから」
和浩は興奮している幸二の顔を見た。和浩としては、男性にはここで待っていてもらう方が有難い。だが、ダイヤとも笑顔で気さくに喋っている男性を見ていると、反対する気が失せていく。それに、人数が多い方が雰囲気的には有難いかもしれない……。
こうして、急遽男性もダンジョン配信に同行する事になった。
「私は
確かに、文村からは研究者ぽい雰囲気が漂っている。
夜10時、いよいよダンジョン配信を開始。
まず、オープニングとしてダンジョン入り口でダイヤが視聴者に四角村と四角ダンジョンの簡単な説明をする。その後、ダンジョンへ入って行くダイヤと幸二の後姿を撮影しながら、和浩と文村が後に続く。
と、いきなり文村が小声で和浩に話しかけてきた。
「あなたの着ている、真っ赤なジャケット、いいですねえ」
「はあ? はあ、どうも……」
少し渋い顔になりつつ、仕方なくこちらも小声で返事をする。確かにダンジョン配信時に必ず着ているジャケットは、バイト代を奮発して購入したちょっと自慢の品だ。褒めてもらえるのは嬉しいが、今はちょっと困る。
だが、文村は楽しそうに独り言のように呟く。
「私もねえ、そういう色のジャケットが欲しいなあと思う事があるんですよ」
「……そうですか」
和浩は、四角ダンジョンに足を踏み入れた。その瞬間、知人が送ってきたメッセージの一節を思い浮かべた。
――あのダンジョン特に入り口のあたりがヤバいってさ。