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03:拡散

「こんばんは、初めまして、ダイヤです。今夜、私は和浩さんのダンジョン配信にお邪魔して、何と心霊ダンジョン、四角よすみダンジョンの撮影に来ています。シカクと書いてヨスミと読むんですね。いやもう、山奥の四角村よすみむらっていう無人の村の中にあるダンジョンで、雰囲気満点です。過去にも心霊ダンジョンって行った事はありますけど、ここの怖い雰囲気は最高です。私の弱ーい霊感でも、誰か見えそうですねえ。では、1階から巡って行きますので、応援よろしくお願いします。あ、画面のどこかに何か見えたらコメントで教えてくださいね!」


 ダンジョン配信は順調にスタートした。

 ダイヤは無闇に霊感は強調ぜず、しっかり周囲をレポートしながら上手く怖がっている。コメント欄も「おおいつもと雰囲気が違っていいね」「雰囲気は最高じゃん。地味だけど」「さっき女の悲鳴が聞こえなかった?」「ダイヤさん、上上」「やば、なんか肩が重くなってきた」などと大いに盛り上がっている。

 冒頭でダイヤと一緒に挨拶だけをして、後はタブレットで動画を確認している幸二も満足そうだ。

 和浩もようやく最初の怖さは薄れ、配信に集中できるようになった。


 ダンジョン内は良くある石造りで特に珍しい物ではなく、モンスターなども鬼火が時々漂うぐらいである。しかし、同行している文村が、興味深い事を和浩と幸二にそっと小声で教えてくれた。

「そっちの通路の突き当りが小部屋みたいになってるんですけどね、そこで昔、壁に向かって立っている幽霊を目撃した事があるんですよ」

「へえ、そうなんですか……じゃあ行ってみますよ」


 文村の助言を受けた和浩の先導で行ってみると、確かに通路の突き当りに、暗い小部屋のような場所があった。そこで、ダイヤに小型カメラを持って入らせ、暗闇モードで撮影をしてみたところ、奥の方に白いぼんやりした人影のような物体が確認できた。一瞬だったが、コメント欄も「うわーいたいた!」「なんか立ってた!」と興奮状態になり、幸二はもちろん大喜びだった。

 和浩が思わず文村に礼を言うと、文村はにこにこしながら「いえいえ、大勢の人に見て貰えて私も嬉しいですよ」と答えた。


 一行は撮影を続けながらダンジョンを下りて行った。

 2階では、なぜか通路の真ん中にある、妙な枯れ井戸の周囲を飛び交う大量の大きな鬼火の撮影に成功し、これは和浩が内心大喜びをした。

 3階では、また文村が小さな隠し部屋の場所を教えてくれた。そこは何も無かったが、和浩が中に入って「以前、四角村に住んでいた方の記憶によると、ここには幾つもモンスターの骨らしき物が転がっていたそうです」と文村に耳打ちされた話を語り、結構盛り上がった。

 最初はどうかと思ったけど、文村に同行してもらって良かったと和浩が思っていると、幸二も同じように感じたのか文村に熱心に感謝している。

「いやあ、喜んでもらえて良かったです。でも私の方こそ、今夜このダンジョンの映像を大勢の人に見て興味を持ってもらえるのが嬉しいんですよ。きっとたくさんの人が四角ダンジョンを覚えてくれるでしょうね」

 相変わらず文村はにこにこしながら言うのだった。


 配信の終了時間が迫ってきたので、一行は少し急いで4階へ下りて行った。


 4階は、それまでの階と違ってかなり異様な、暗黒の空間が広がっていた。天井がとんでもなく高く、また壁もごつごつした岩壁のようになっていて、少し先には結構大きな川が流れ、せせらぎの音が響いている。石だらけの河原は足元に注意した方が良さそうだ。


 階段横の壁面には、幾つもの穴のような物がある。人間が横になれるぐらいの大きさしかない。

 またこの階は、全く灯りが無く真っ暗である。時々ふらふらと飛ぶ鬼火の青白い光が少し有難いほどだ。念のために小型ライトを各自で持ってきておいて良かった、と和浩は息をついたが、撮影用にはいささか心もとない。今回は仕方ないな、と壁面を見上げる。


 ダイヤも歓声を上げてライトであちこちを照らし、川を撮影しながら喋っている。幸二も熱心に壁面の穴を調べながら写真を撮りまくっていた。

「いやー実際に見ると、凄いな、ここは。なあもっと上の方も撮影できないか?」

「今日は無理だな。天井までの高さだとドローン撮影になるか。あれは規制がもの凄く厳しいし操縦にも資格が要るけど……知り合いと相談してみてもいいな」

「おお是非頼むよ」

 和浩にも少しばかり欲が出てきていた。心霊ダンジョン配信、続けてみれば面白いかもしれない。


 幸い4階でも電波は何とか繋がり、コメント欄も賑やかだが「ダンジョンというよりは洞窟だなー」「洞窟の上にダンジョンが出来たんじゃね」という声もある。確かにな、と思いつつ素早くチェックしていた和浩は一つのコメントに少しギクリとした。「川が流れている所、何だか三途の川みたい」

 そういえば、この河原で溺死体が見つかっているんだよな……。


 すると少し離れた場所で黙って和浩たちを眺めていた文村が、急に和浩に近付いて話しかけて来た。

「この4階はね、作りかけだと言われてたんですよ。ねえ、あんまり手が加えられた感じがしないでしょう?」

 作りかけ? まるで誰かが作ったような言い方だ。

「ええ、まあ。確かに4階までのダンジョンとしては珍しいですね」

「ほお? 他にもこういうダンジョンがありますか」

「俺が以前行ったダンジョンでは、15階とか20階でしたね。深く潜れば潜るほど、こういう洞窟みたいな感じになるようです」

「そうですか。でもね」

 文村は奇妙な笑顔を見せた。銀縁の眼鏡をかけた表情がライトに浮かび上がって、少し不気味だ。

「深淵とはね、実際の深さとは全く関係ないんですよ」

「え?」

 その時、ダイヤが和浩を呼んだ。

「和浩さーん、エンディングはここにしますかあ?」

 その声を聞くと文村はふいっと離れた。和浩はさっきの言葉を頭から振り払うと、エンディングの準備に入った。


 ――やがて、ダイヤの感想と和浩の締めの挨拶で、無事に今夜のダンジョン配信は終わった。

『動画の配信は終了しました』


 動画サイトを確認して、和浩は大きく息を吐いた。

 いつもより緊張する時間が終わり、一応の満足感に包まれる。さて、早く撤収しよう、と和浩がバッグを持ち上げた時、文村が3人に声をかけた。

「皆さん、お疲れさまでした。どうです、少しだけ河原に座って休憩しませんか。実は私、暖かい飲み物を持参しているんですよ」

「いや、でも時間が……もう夜中ですし」

 和浩は渋る。実際は、早くこのダンジョンから出たい気分だったのだ。しかし幸二が了解してしまった。

「いいですね。良かったらこの4階の思い出なんかも聞かせてください」

 全く心霊スポットマニアは……和浩は内心舌打ちをするが、ダイヤまでが好奇心いっぱいに「私も聞きたいです」などと言う。仕方なく和浩も了承した。

「じゃあ、少しだけ。これから撤収して、ダイヤを自宅まで送らないといけないんで。ああ、文村さんもついでに送りますよ」

「いや、私の事はご心配なく。四角村にいればどうとでもなります。さあ、とにかくこの石に座ってください。今、飲み物を準備しますから」


 4人は、小型ライトを中心に囲むようにして、河原に転がっている石に腰掛けた。文村が背中からナップザックから降ろして何やら取り出している。その間に、和浩は心配してメッセージを送ってくれた相木に、携帯端末で短いメッセージを返信した。


『相木さんどうも。今、ダンジョン配信が終わりました。ダンジョンの入り口で四角村の出身者と会って案内してもらえて助かりました。これから少し昔話を聞いて帰ります。また改めて連絡します』


 送信完了を確認してから携帯端末をジャケットのポケットにしまい込む。

 文村は、結構大きな保温ボトルを手に持ち、4つの紙コップに器用に注いだ。ひんやりと寒いダンジョン内では、温かな湯気を見るだけでちょっと嬉しくなる。

「どこかで役に立つかも、と大きい方のボトルや紙コップを持参して良かったですよ。私自慢のカフェオレです。甘く感じるでしょうが、疲労回復にはいいと思います」

 文村から手渡された紙コップからは、良い匂いが立ち上る。飲んでみると、濃厚で美味しい。

「うわー美味しいです!」とダイヤも喜んでいるし、ブラックコーヒー派の幸二も嬉しそうに啜っている。くつろいだ気分になった時、カフェオレを飲み干した文村が話し出した。


「今私たちが座っている石、まさにこの石の横に4人の溺死体が横たわっていたんですよ」


 和浩、幸二、ダイヤの3人が文村を凝視する。

 彼は、小型ライトの光に照らされながら奇妙な笑顔を浮かべていた。さっき見たのと同じ笑顔だ、と和浩は思った。


「皆さん、今いる場所はダンジョンの4階だと気楽に考えておられるかもしれませんがね、ここは深淵です。実際の深さとは全く関係がありません。作った者がここを深淵と決めたのです。深い場所、誰にも見えない暗い場所」


 文村は紙コップを乾杯するように掲げ、楽しそうに笑い声をあげた。

「皆、ここで死体となりました。最初に4人。その後10人。さて、これからゆっくり私の思い出を聞いてください」

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