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身代わり秘書はもう御免! 冷酷社長から逃げたはずが、妊娠発覚で溺愛ルート突入!?
身代わり秘書はもう御免! 冷酷社長から逃げたはずが、妊娠発覚で溺愛ルート突入!?
タコ
恋愛オフィスラブ
2025年06月10日
公開日
4万字
連載中
五年間―― 真野遥香は“身代わりの愛人”として爪を隠し、従順で優しいふりをしながら霜月修介のあらゆる欲望を満たしてきた。 それでも彼からは一度も大切にされなかった。 霜月修介が財閥令嬢との政略結婚を決めたという報せが届いた瞬間、従順な仮面は終わりを告げる。 遥香は稲妻のごとく彼を切り捨て、妊娠したまま姿を消した。 ――五年後。 彼女は千億規模の財団を率いる後継者、“投資界の女神”として華麗に返り咲く。 再会の夜、五年間探し続け狂ったように遥香を求めてきた男は、すべてのプライドと誇りを捨てて、こう哀願した。 「……お願い、置いていかないで」

第1話 身代わりなんて、誰が好きでやってんのよ

午後――

秘書室に隣接する小さな休憩室。


深い吐息とともに、真野遥香はまだ熱を帯びた身体を霜月修介の腕の中に預けていた。

彼の唇が、そっと首筋を這う。


半月にわたる長い出張。

だが今回は、いつものように専属秘書である遥香を伴わなかった。


――五年間も身体の関係が続いたのに、さすがに飽きたのかもしれない。遥香はそう思っていた。


正直、ほっとしていた。


五年前、借金取りに追われ、祖母が重病を患い、高額な治療費が必要になった頃。

絶望の中で出会ったのが、霜月修介だった。


噂では、彼がかつて愛した白川詩織に酷似していたと聞く。

その詩織は、修介が事故で意識不明となった隙に、遠く海外の名門貴族に嫁いでしまった。


見捨てられたはずなのに、彼の想いは未だ詩織に向いているらしい。


出会いと引き換えに、修介は家の借金を一手に引き受け、最高の治療を用意してくれた。

だが対価として、遥香は表向きは秘書、裏では詩織の“身代わり”として、彼に仕えねばならなかった。


遥香は詩織の仕草や言葉を徹底的に真似て、ひたすら“従順でいい子”を演じてきた。


とっくに限界だった。

だからこそ、そろそろ次の女に乗り換えてほしいと、遥香は密かに願っていた。


――なのに、出張から戻った彼は、会社に直行するや否や、退社時間も待たずにまた押し倒してきたのだ。


しかも荒々しく、危険を感じるほどに。


ようやく静けさが戻った頃、遥香はかすれた声で告げる。


「霜月社長……株主の方々がお待ちです」


彼は短く「ああ」とだけ返し、ぬるりと身体を離すとバスルームへ向かった。


遥香はほっと息をつき、身体の違和感をこらえながら、休憩室のクローゼットから彼の予備スーツを取り出す。


シャワーを浴びて戻った修介に、静かにネクタイを締め直される。

整った目が厳しくも優しく、彼は黙って遥香を見下ろしていた。


いつも通り、大人しくて従順で、気の利く女に、彼は満足そうだった。


「机の上に小切手がある。本金二千万だ」

淡々と告げる声。


「それと、箱根の湖畔の邸宅も名義をお前に移した」


遥香は思わず目を見開いた。

……え? これ、もしかして噂に聞く“手切れ金”ってやつ?


「社長、急にどうして……?」


戸惑いの色を覗かせると、彼は皮肉げに目を細め、そっと顎をつまんだ。

「報酬だ」


報酬……?何も特別なことはしていないのに。


二千万でも十分すぎるのに、あの邸宅は市場価値で一億を超える。

修介の金払いの良さは知っていたが、これは破格だ。


彼の親指が、遥香の少し腫れた唇を撫でる。

その声は冷たくも、どこか甘く囁くようだった。

「これからも、今みたいに素直で従順でいろ。それだけで、もっと与えてやる」


その言葉に、胸の奥で違和感がざわつく。


“これからも”

――まだ続けるつもり?


視線をそらしつつ、いつもの猫なで声で頷くしかなかった。

「……はい、社長」


その返事に、彼の不機嫌は瞬く間に溶け――

「午後は空けておけ。休んでいい」

「かしこまりました」


部屋を出て行った社長を見送りながら、遥香は小切手をそっと手に取る。眉間にしわを寄せた。

――この半年、明らかに修介の態度は冷めていた。


それどころか、遥香が見たのは――白川詩織にもっと似ている“誰か”を、彼の傍に見かけたことさえある。


「おかしいな……」


つぶやいた瞬間、ベッドの端に置き忘れたスマホが震えた。

画面にはニュース速報。


『速報!青波株式会社代表取締役・霜月修介氏、世界的名家ロス家のお嬢様と婚約――政財界に衝撃』


胸の奥がチクリと痛む。


……なんてタイミング。


休憩室には、未だに生々しい跡が残っている。

脱ぎ捨てられた彼女のワンピースと、霜月修介の高級スーツ。


遥香は額に手を当て、苦笑した。

――なるほどね。これが理由だったのか。


二千万と豪邸。

婚約中でも、自分を囲っておきたい。

……ただの愛人として。


遥香の胃がきゅっと縮む。

洗面所へ駆け込むと、思わずえずいた。


鏡に映るのは、青ざめた顔と乱れた髪。


――この男、どこまでもクズだった。


結婚するのに、初恋への未練は捨てきれず、身代わりまで繋ぎ止めておこうだなんて。

――こんな役、誰が続けたいもんですか。


「もう、うんざり」


髪を整えながら、遥香は会議が終わる頃を見計らい、決心した。

辞表を片手に、社長室へ向かう。


ドアの前で、手を伸ばそうとしたそのとき――

中から聞こえてきたのは、霜月修介の友人・赤城雅人のからかうような声。

「で? もうすぐ結婚だろ? 真野秘書はどうすんの?」


間があって、霜月修介の冷たい声が返る。

「どうもしない。今まで通りだ」

「愛人でいるのを、彼女は承知してるのかよ?」

「金を出せば、何でも言うこと聞くよ。あいつはそういう女だ」


――ズキンと胸が痛んだ。


最初から、ただの“買われた女”だった。


今までどれだけ尽くしても、霜月修介にとって遥香は、金を払えば手に入る「商品」でしかなかった。


「へぇ? じゃあさ、俺がもっと高く出したら、俺にも売ってくれるのかな?」


――最低。


その瞬間、ドアの外から修介のアシスタント・森田司の声が響いた。

「真野さん?」


我に返った遥香は、森田に頷いてからドアをノックし、中へ入った。


赤城は一瞬気まずそうに黙り込んだが、すぐ笑顔を取り繕う。

「お疲れさま~真野秘書♪」


遥香は彼の言葉に応じず、まっすぐ霜月修介のもとへ向かう。


「帰って休めと言ったはずだが?」


苛立ちを含んだ声。

けれど、もう怖くなかった。

「社長」


遥香は、かつてのような媚びた態度は捨て、静かに辞表を差し出す。

「こちら、退職届です」


修介の顔が、みるみるうちに冷たくなる。

「これは……どういうつもりだ?」

「最初に関係を持ったとき、条件を出しましたよね。“結婚したら私は身を引く”って」


机の上に退職届を置き、淡々と告げる。

「引き継ぎも、残った仕事も、責任持って処理します。……では、赤城社長とごゆっくり」


そう言って、踵を返す。

赤城雅人の前で、足を止めた。


――もう、いい子を演じるのはやめた。


彼を、ゴミを見るような目で見つめ、静かに答えた。


「――売らないわよ」



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