プライベートジェット機の中で、証券マンのサムが、かたくなに自席から動こうとしないステイトの対面の席に座って、彼に話しかける。
「なあ、ステュ。まだ、気乗りしないのか?」
ステイトは首を横に振る。サムはホワイトカラーの仕事をしているとおり、ピシッとシャツを決め込んでいるけれど、ステイトはTシャツというラフな格好をしていた。
「もちろん、気乗りは・・・、しない」
「なあ、なんでだよ?NIPPONは最高だぜ!」
「いや、その……。サム。お前みたいなエリートが、なんでったって、そんなまた、NIPPONなんかに行って憂さ晴らししなきゃならないんだ?」
「そりゃ、ステュ。お前のためだ。独身最後に滅茶苦茶やって。残りの人生は奥さんの奴隷として、一生絞り尽くされて終わりだ。誓いのキスを交わしたと思った次の瞬間には、棺桶の前でお前の奥さんが涙を流してる場面に移る。お前が自分の人生を生きられるのは、このバチェラートリップが終わるまでだ。ハメを外すなら行き先はNIPPONだとそう決まっている」
サムは得意気に語ってみせた。
二人のところに、ガトリーがやって来た。シャンパンを何杯も飲んですっかりご機嫌なガトリーだ。
ガトリーは、サムとステイトの両方の肩に手を置き、「ほっとけ、ほっとけ、サム。ステイトみたいな堅物はせいぜい、ジャップの飼い犬を殺すくらいしか出来ないさ」と言って、またどこかに行った。
ステイトはガトリーの「ジャップ」という物言いに思わず眉をひそめた。
すかさず、サムが見て取る。
「なあ、ステュ。そんな顔をするなよ。これは、NIPPONにとっても悪い話じゃないんだぜ?NIPPONが無法地帯になる代わりに、優秀なジャパニーズは、いま、アメリカで高給取りになってる。NIPPONにいまだ残っているのは、死に時を逃した高齢者か、殺されても文句を言えない悪人、クスリで頭がおかしくなっちまった女だけさ。俺たちがどんな悪事を働いたって、感謝されていいくらいだ」
ステイトは苦笑した。「そりゃ、いいんだが。ガティみたいに何でも屋みたいなことをやってる裏稼業人間とは違って、MCX証券っていう立派な企業で働いてるお前が、そんなことして、会社での立場はマズくならないのか?」
サムは笑った。大きく口を開け、治療していない虫歯までよく見える。
「なあ、俺たちみたいなおかたい仕事をやってるとな。年に一回NIPPONに行ってるくらいのストレスの捌け口を知らないとだな、逆に真面目すぎると目をつけられちまうんだ。取締役会では、会議の議題なんかそっちのけで、何人ジャップを殺したか、話題はそれで持ちきりさ」
ステイトはまた顔をしかめる。「なあ、そのジャップっていうのはやめないか」
だが、サムは首を振る。「いいや。ステュ。ダメだぞ。そんなマインドじゃ。アメリカで働いてる優秀なジャパニーズと、NIPPONに生息してるジャップを同じ人間だと思ったらいけない。いわば、そうだな……。ガラパゴス諸島を思い浮かべるといい。NIPPONに居残り続けているジャップは、独自の進化を遂げているんだ。それも、悪い方の進化だ」
「わかった、わかった」とステイトは話を遮った。
「昨日もメアリーと喧嘩して、よく寝てないんだ。ちょっと休ませてくれ」
そう言ってステイトは、アイマスクをつけて、とっとと居眠りを決め込んでしまうことにした。
「なんだ?マリッジブルーか?そんなんじゃやってけないぞ?」
※
ステイトがメアリーと購入した庭、プール付きの一軒家の寝室で、メアリーはベッドの上で死亡していた。メアリーの腹にはナイフが突き立てられ、メアリーの水色のワンピースのお腹の部分は真っ赤に染まっている。
※
ステイトは、アイマスクを少しずらして、サムとガトリーがいないことを確認すると、アイマスクの隙間から、プライベートジェットの外を見た。
雲の上。
(ふん。NIPPONに行く前から、殺しをやっちまったんだよ。指名手配も時間の問題だ。俺はNIPPONで死ぬしかないんだろうな。強制送還なんてまっぴらだ。NIPPONか。まあ、死に場所としてそれほど悪くはないだろう。NIPPONそのものが墓場といわれてるくらいだからな)
【つづく】