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第70話

篠宮初音はさっとシャワーを浴びると、時雨快晴から電話がかかってきた。


マンションの外で待っているという。


初音はバッグを背負い、松本玲子の部屋に挨拶に行った。


「玲子姉、ちょっと出かける。遅くなるかも、だから待たないで」


「デート?」松本玲子はベッドから起き上がり、ヘッドボードにもたれた。


「違うわ。友達と養護施設に行くの」


「どの友達?あの時雨さんでしょ?」松本玲子はからかうような目をした。


篠宮初音は頷き、「ええ、普通の友達よ」と言い残して立ち去った。


「あら、話は終わってないわよ…」松本玲子の声はドアに遮られた。


マンションを出ると、時雨快晴が車に寄りかかっていた。


助手席のドアを開けると、篠宮初音は礼を言って乗り込み、施設の住所を伝えた。


時雨快晴は地元の道路事情に不慣れだったため、カーナビを起動させた。


車中での会話は弾み、篠宮初音は再び彼と過ごす心地よさを感じた。


知り合って間もないのに、何故か親近感が拭えなかった。


「暁の光児童養護施設」に到着すると、子供たちが一斉に駆け寄ってきた。


「初音姉!久しぶり、私のことまだ覚えている?」翔太が小さな顔を上げ、不満そうに言った。


「ちゃんと覚えてるよ。最近忙しかったの。これからはよく来るから」篠宮初音は笑いながら彼の頭を撫でた。


「初音、トランクに子供たちへのお土産がある。配ってくれるか?僕は院長先生に挨拶に行く」


初音は今回プレゼントの準備をしていなかったが、時雨快晴は用意した。


「わかった」


トランクは様々なプレゼントでいっぱいだった。


子供たちは興奮しながらも整列して受け取った。


篠宮初音は一つずつ手渡す度に、優しく頭を撫で「いい子ね」と褒めた。


「初音姉、このお兄さんは彼氏?」

丸顔の女の子がプレゼントを受け取ると、突然不思議そうに聞いた。


篠宮初音が否定しようとした時、背後から聞き覚えのある声がした。


九条天闊はわざわざ来たわけではなかった。


ただ久しぶりに子供たちに会おうと思っただけだ。


まさかここで篠宮初音に会おうとは。


そして停車場によ待っていた高級車に見覚えがある。


時雨快晴の車だ。


二人の関係は既に養護施設まで一緒に来るほど親密になっていたのか?


そして丸顔の女の子の質問に初音は…すぐに否定しなかった?


胸が細い針で刺されたような痛みを感じた。


篠宮初音が振り向くと、九条天闊のやや青ざめた顔と目が合った。


周囲の喧騒が遠のき、二人だけの静寂な時間が流れた。


一方、時雨快晴は院長室のドアをノックしていた。


「どうぞ」


中に入ると、「藤原院長でしょうか?」と尋ねた。


「はい、どちら様ですか?」藤原院長は顔を上げた。


「初音の兄、時雨快晴です。初音についてお聞きしたいことがあります」時雨快晴は厳粛な表情で答えた。


藤原院長は明らかに驚き、彼の顔をじっと見つめた。眉間に確かに初音と似た面影があった。


「あなた…本当に初音の兄さんなのですか?」


「間違いありません」


藤原院長は突然感情をあらわにした。


「では、どうしてあの日この子を施設の前に置き去りにしたんですか?あの日は大雪で、私が見つけなければこの子は凍え死んでいたんですよ!」


時雨快晴は衝撃を受けた。


まさか妹がそんな吹雪の夜に遺棄され、命の危機にさらされていたとは!


拳を固く握り、心痛と怒りが入り混じった。


黒幕を必ず暴き、代償を払わせる!


「院長先生、誤解です!家族は決して彼女を捨てたわけではありません。私も最近になって初めて初音が行方不明だった実の妹だと確認したのです」快晴は急いで入れ替え事件の経緯を説明した。「初音を連れて来た人はどんな人なのかご存知ですか?」


藤原院長は首を振り、「当時は監視カメラもなく、本当に調べようがありません」と嘆いた。


時雨快晴は失望して、「ではなぜ『篠宮』という名字をつけたのですか?」と尋ねた。


「メモが残っていました。生まれた時間と、この名字が書いてありました」


これは当時関わった看護婦の長崎と無関係ではないことをさらに裏付けた。


彼女だけがこのことを知り得た。


「ありがとうございます。この件はしばらく内緒にお願いします。初音はまだ私たちの関係を知りませんから」


「心配ありません、わかっています」藤原院長は重々しく約束した。


院長室を出た時雨快晴は篠宮初音を探したが見当たらなかった。


「初音姉を見なかった?」遊んでいる子供に聞いた。


「九条のお兄さんと一緒に行っちゃったよ」子供はきらきらした目で聞いた。「ねえ、時雨のお兄さんと九条のお兄さん、どっちが初音姉の彼氏なの?」

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