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第85話

篠宮初音は101通のラブレターを持ち帰り、寝る前にベッドの上で順番に読み始めた。


一通目の文字にはまだ青さが残っていた。


【初音、こう呼んでいいかな。一目惚れなんて信じてなかったけど、君を見た瞬間の鼓動は嘘をつかないだろう】


……


十通目の封筒の角は少し捲れていた。


【初音、今日やっと話せた。道を聞かれただけなのに、君が触った服の裾を握りしめて、きっと今夜は眠れないだろう】


……


二十通目には枯れた花びらが挟まっていた。


【初音、君が気づいていないだけだ。君の行く先々に、僕はこっそりついていった。でも君の視線はいつも別の方で、一秒だって僕に向けられることはない】


……


三十通目の文字は紙を貫くほど力強く。


【初音、君が彼氏と一緒にいるのを見た。君の彼氏を見る目は星が宿っているほど輝いている。この目つきは僕にもわかる。だって僕も君を見る時、目には同じ光を宿しているから。認めたくないけど、君は彼氏を愛している。僕が君を狂おしく愛するように。嫉妬で胸が焼けそうだ】


……


四十通目のインクは水に滲んだように。


【あの男の名前が東雲たくまだと知った。でも彼は君を愛していない。白石香澄を想っている。何度も君を傷つけるのに、君はまだ彼を見守っている。嫉妬で狂いそうだ。でもそれ以上に胸が痛む。初音、もう彼を愛すのをやめてくれないか?】


……


五十通目は特に長かった。


【初音、会いたい。目を開けても君、閉じても君。人混みで君の影を探すけど、君はいつも東雲たくまを見ている。いつになったら僕の方を振り向いてくれる?多分永遠に来ないだろうな…】


……


六十通目の筆跡は穏やかだった。

【初音、きっと君は知らないままだろう。九条天闊という男が命をかけて君を愛していることを。伝えたいけど、君を怖がらせたくない】


……


七十通目にはコンサートの半券が挟まっていた。

【初音、君は告白してくる人を全て断り、東雲たくまだけを見つめている。でも彼は君に値しない。もし今僕が「愛してる」と言ったら、君も笑って首を振るだろうか?】


……


八十通目の端は何度も握り締めたように皺だらけ。


【東雲たくまが白石香澄のために君を殴るのを見た。その瞬間、僕は彼をぶっ殺したくなった。僕が守りたい人を、どうして彼はそんなに粗末に扱える?後で路地でたくまを待ち伏せ、袋を被せて殴った。人を殴るのは初めてだったけど、まだまだ足りない気がする】


……


九十通目はたった一言。

【初音、もう東雲たくまを愛すのをやめてくれ】


……


百一通目の最後には小さな太陽が描かれていた。

【初音、僕にどれだけ耐えられるかわからない。君を愛することは、僕を狂わせそうだ…】


101通のラブレターを、篠宮初音は一晩中かけて読み終えた。


窓の外が白み始めた頃、初音の頬は涙で濡れ、枕は大きく濡れていた。


九条天闊は馬鹿だ。


世界で一番の馬鹿者なのに、全ての優しさを初音に注いでいた。


初音はラブレターを丁寧に鉄箱に戻し、クローゼットの奥深くにしまった。


過去の後悔はもう取り返せない。


今できるのは、現在を大切にすることだけだ。


気持ちを整え、今日は東雲宗一郎様の退院日だと思い出し、きちんとした服に着替えて病院へ向かった。


病室には既に多くの人が集まっていた。


中村執事は早々に退院手続きを済ませ、東雲たくま、東雲明海、東雲夫人もいた。


最近東雲家では宗一郎が遺言を変更すると噂されており、皆が初音を見る目には偽りの親しみが込められていた。


東雲たくまの視線は初音が入ってきた瞬間から彼女から離れず、東雲明海も頻繁に初音に視線を送ってきた。


二人とも初音の腫れぼったい目に気づいていた。


だが人の多い場では、誰も口を開かなかった。


東雲家の屋敷に戻る道中、皆が宗一郎に気遣いを見せながら、一方で初音に果物を勧めたりナッツを剥いてくれたりした。


東雲たくまが何度も近づこうとしたが、初音を取り囲む親族に阻まれた。


たくまの母親は息子以上に焦り、東雲たくまの腕を掴んで客間に引きずり込んだ。


「こっちに来て!」


「用事なら早く」


東雲たくまはお母さんの手を振り払い、冷たい声で言った。


最近たくまが態度が冷たくて、離婚が自分のせいだとでも言わんばかりだった。


「お祖父様が遺言を変えるわ!どんな手を使っても、篠宮初音を取り戻しなさい!」たくまの母親は怒りを抑えて言った。


「僕が初音に求愛するの初音を愛しているからだ。遺言のためじゃない」東雲たくまは篠宮初音の方を睨み、声を詰まらせた。


「東雲家の全てを捨てても、初音が欲しい」


東雲夫人は内心で嘲笑った。


もっと早く気づけよ。いなくなってから大切さに気づくなんて。


だが口には出さず、ただ机を叩いて

「じゃあ早くしなさい!明海も狙ってるのが分かってるだろう?じゃないと、最後に人も金も失うわよ!」と注意した。


東雲たくまは東雲明海など相手にしなかった。


彼が恐れていたのは九条天闊だ。


あの男の初音を見る目には、必ず手に入れるという自信さが潜んでいた。


もう我慢できず、たくまは人混みをかき分け、篠宮初音の手首を掴んで外へ引きずり出した。

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