さて、目の前には四つの死体がある。一般人が見れば吐き気を催すのだろうが、この場の人間はただ少し気を悪くするだけ。それはつまり、正常な人間が一人としていないことを証明するようでもあった。
「これでやっと、本来のターゲットを暗殺できる」
たった今、目の前で残酷な光景を見た領主。そんな彼に庇護されている悪人。そして暗殺を生業とする俺――三者とも正常じゃないことくらい誰だって分かるはずだ。それにセイダに関しては正気ではなくなっている。
「グアアア……!」
「エイカム……」
そういや、エイカムも正気じゃなかったな。
魔道具に関して詳しいことは知らないが、これだけの時間が経ってまだ戻っていないことを考えれば一生治らない、あるいは数日から数年単位が経過しないといけないのだろう。
ま、俺が今から殺すのだから関係ないんだけども……
「セイダ。俺はそいつを殺さなければならない。だからこれが最後の警告だ。死にたくなければ降伏しろ」
語気を強め、威圧しながら目を見て告げる。もしこれでダメなら相当な胆力の持ち主としか言えないのだが――
「お、俺は断固として拒否する! ジョイビア子爵として、エイカムの友人として!」
ソファに座り込み虚ろな目をするエイカムの前に、どこかぎこちない動きで立ちはだかるセイダ。その声も足も完全に震えている。まるで生まれたての子鹿のようだ。
セイダとの距離は五歩程度。やろうと思えば一瞬で詰められる距離。しかしまだ様子見をすることにした。
そんなわけで、またもや登場した友情を感じさせる言葉に内心苛立ちつつも、その真意を確かめるために質問を投げかける。
「たった今、指折りの騎士たちがなすすべなく殺された光景を見たばかりだと言うのに、か?」
「あぁ、その通りだ」
何か変化球な答えが出るかと思えば、一切の否定のない返事が返ってきた。どうにもその感情が理解できず、嘲笑の意を含ませながら再び問いかける。
「なぜそんな無駄なことをする?」
「こうしなければ、俺は俺でなくなる……そう思った。ただそれだけだ」
「プライドか?」
「そうとも言えるかもな」
これ以上の問答は不要――彼もそう考えたのだろう。近くに落ちていた騎士の剣を拾い俺に向けた。
構えこそ立派なものだが、やはり足が震えている。
俺はそんなセイダの方へ、一歩ずつゆっくりと歩いていく。
「今ならまだチャンスをくれてやる。逃げるなら今のうちだ」
一歩。
「さっき答えた通りだ。俺は逃げない!」
二歩。
「死ぬと分かっていても、か?」
三歩。
「そうだ。この剣が、お前に一太刀でも浴びせられればそれで充分ッ!」
四歩。
「そのわりには、動こうという気配がないな」
五歩。
「っ……」
今の俺は、セイダの横を通り過ぎた場所にいる。
そこに何があるかと言えば、
――彼は、動けなかったのだ。決して命が惜しかったわけではないのだろう。それは気迫から伝わってきていた。恐らく極度に緊張したせいで筋肉までもが固まり動くことが出来なかったのだ。
「〈
エイカムの胸に手を触れ、そっと呟く。
魔力がごっそりと減る感覚の後――エイカムの身体は音もなく爆散した。これでやっと暗殺完了だ。
「あ、あぁ……」
後ろから聞こえる絶望の声。しかしそれは思考の外に追いやり、胸中に渦巻く不快感を払拭する方法を考えていた。
「
取り出したのは先程もらった串焼き。まだ熱々のままであり、湯気が立ち上っている。
ようは美味いものでそれらを塗りつぶしてしまえ、という魂胆での行動だったが……血肉が飛び散る中でこれを食べるのはいささか――いや、そんなもの気にしないで食べるしかない。はむっ……あ~美味いっ!
「くそっ、くそくそくそっ!」
これで三本目か。次の四本目は一口でいってみるとしよう。ん~! 口いっぱいに美味い肉が詰め込まれてて……幸せだぁ。
いやはや、普段はこんな行動はしないのだが、やって正解だったかもしれないな。友情だとか、無力さとかを目の当たりにして言葉に出来ない感情があったけれど、それももう肉と一緒に飲み込んでしまった。
そうして次の五本目へいこうと串を取り出したとき、なにやら轟音が響き渡った。
「肉~! 肉はどこだ~!」
音がした方を見れば、そこには崩れ落ちる天井とともにこちらへ落ちてくる裸の少女がいた。
「はっ! 肉がそこに!?」
彼女の発言から察するに……俺が今手に持っている串焼きが目当てなんだろうな。あれ、なんだか嫌な予感がする……!
「このままじゃぶつかるッ!?」
進行方向はどう考えても俺がいる場所。それに気づいた瞬間、出せる限りの速度で反対側の壁へと跳躍した。
「に、肉が逃げた!? いったいどこに逃げ……」
よそ見をしているうちに床が近づき、言葉の途中で激突。頭から勢いよく突き刺さった。わぁ、オブジェの出来上がりだぁ! ……なんて呑気に感心してる場合でもなさそうだ。この隙に俺も退散したほうが良さそう。
ちなみに今のでセイダくんは瓦礫に押しつぶされていた。なんともあっけない終わり方をしたものだな。
「肉……肉……我はもう腹ペコで死にそうなのじゃ……」
「死にそうって……そんなヤツのテンションじゃなかっただろうに。でもまぁ、今なら無害かも?」
膝から崩れ落ちているセイダの後ろで乳房から何までを見せつけながら刺さっている少女のどこが有害に見えるのだろうか。多分襲いかかってくることはない……はず。
さっきの奇襲? も避けられたわけだし、俺の反応速度ならば問題ないことは証明済みだ。というかそう信じたい。
「ほうら、串焼きだ――」
「肉っ!」
首元に串焼きを近づけると、人間には到底できなさそうな挙動で穴から抜け出し、目にも止まらぬ速度で手元の肉を奪い去った。
「――ぞ、ってあれ、もうなくなってる……信じられないほどの速さだ」
驚きに硬直していられたのも束の間。言い終わる頃には真紅の目をキラキラと輝かせて次の肉を欲しがる少女がいた。
「もっと! もっとよこすのじゃ!」
「分かったよ……ほら、これで全部だ」
一応四本は食べたので空腹ではない。ここは変にケチらず素直に渡しておこう。その方が安全そうだからな……
『その判断、大正解だ。さすがだな』
「え?」
突然聞こえた例の幻聴。あまりに突拍子もない言葉に呆けた声を出してしまうも、その意味はすぐに理解できるのだった。
「もう肉はないのか――って、ご主人様!?」
「うんうんご主人様……はぁ!?」