俺たちに出された依頼、それは「とある異教の殲滅」だった。それをグレイラと一緒にやるのはどうか、ということである。
もちろん承諾した。彼女の戦力を見たいからという理由もあるのだが、やはり「上司の命令」だからだ。
いや、正確には命令されてはいない。
だが思考誘導をするわけでもなく、はっきりと言葉にして提案したのだ。それはレヴィラさんのやり方を考えれば、命令と言っても過言じゃない。そんな状況で逆らうわけにいくまい。
――ということで、街の中心部である屋台エリアへとやってきた。
「ご主人様! あれはどういった食べ物なんじゃ?」
「あぁ、あれは『米の肉巻き』だよ。ここらへんの名産の米っていう作物を、焼いた肉で巻いたって料理だな」
「米……噂には聞いたことあるが、実際に見るのは初めてじゃ! ぜひ食べたい!」
「分かった。買いに行こう」
なぜこんな食べ歩きをしているかといえば、まずはグレイラと関係を築くべきだと思ったからだ。誰かと共に暗殺をするなんて初めてだし、もっと彼女のことを知りたい。
つまりは極めて合理的かつ建設的な理由なのだ。決して食べ歩きデートだなんて思っていない。あくまで仕事だ仕事。
「すみません。これ二つ」
「あいよ、毎度あり! にしてもいいねぇ、お二人さんはカップルかい? それとも貴族サマかい?」
ガタイの良い店主が話しかけてきた。しかし内容はどちらも的はずれなものだった。
失敗だったかも知れないな、グレイラのメイド服は……後でもっとまともな服装にしてもらおう。
「いや、どちらも違うのだが――」
「カップルじゃ!」
「グレイラ!?」
な、何を言ってるんだこの上位龍!!! カップルなんて大嘘を平然と吐きやがった……いやおかしいだろ!? そんな必要あったかぁ??
「はっはっは! どうやら本当に仲が良いらしいな! じゃあほら、一本おまけしてやるよ!」
「おぉ! 感謝するぞ!」
「いいってことよ! 値札通り、二つで六百ビトだ!」
懐の財布――エイカム暗殺の報酬はまだだが、先に少しもらって潤っている――を出し、
「ちょうどだな。よし、米の肉巻き三本だ。幸せにな!」
「ありがとうございます!」
そう言って三本の串をもらう。そのうち二本をグレイラに渡し、再び歩き出す。
「二本もよいのか? ご主人様のほうが少ないのじゃが……」
「いいって。だってお前、『肉はどこじゃ~』って言いながら落ちてきただろ? そんくらい食べ盛りなら構わん。あと俺も別にそこまで腹が減ってるわけじゃないしな」
「そうか。それならありがたくもらっておくのじゃ」
さてと、一口食べるとしようか。最後にこれを食ったのはかなり前だし久しぶりなものだ。はむっ。
「ん~! おいしい!」
「おぉ! それなら我もいくとしよう! ……んっ、美味い!」
口の中に溢れる肉汁と、それを吸い込み旨さを倍増させる米の相性が最高に抜群……!
「……尾行されてる、か」
ふと気づいた。気づいてしまった。
ちっ、せっかくの美味い飯が台無しだよ。
まだ食べ切れていない分を口に押し込み、さっさと飲み込む。
「我も気づいた。三人じゃな?」
「あぁ。どうする?」
「一旦裏路地に入って戦う、というのはどうじゃ?」
「……そうか、そういえばあれがあったな。では俺についてきてくれ」
「かかっ、良い策があるんじゃな? 了解じゃ」
とあることを思い出した俺は、尾行してくる者どもが目的地までに見失わないようゆっくりと、自然な流れで進んでいく。
そして数回曲がったりして到着したのは――ひっそりと存在する家だった。
「これは……家かの?」
「さぁレイ。僕たちの家へと到着したぞ! もう疲れてクタクタになってしまったよ~」
「――そ、そうだねレム! 今日はもう休みましょう!」
突然始めてしまった演技だけれども、グレイラはちゃんと理解して合わせてくれたようだ。
しかしいつもの少し低い声とは違ってとても高い声へ変えているな。俺は少し高くしているだけだが、これはなかなか無理しているような気がしてならない。しかもキャラが大きく違う。それでいいのか上位龍。
と、そんな感じで家に入りそのまま寝室へと向かう。そこでついに動きがあった。
「っ!?」
「油断、したな?」
思い切り突き刺そうとしてきたナイフを跳ね飛ばし、相手の懐に入り込んで首を掴む。これでもう動けまい。
しかし……もう一人はどうなった?
「嘘だろ!?」
「胸になにか当たっていると思えば、ナイフで刺していたんじゃな」
なるほど、グレイラを刺してナイフが折れたんだな! ……はぁ!?
「なんでナイフが折れるんだよ!」
「そりゃあ、我って……なぁ?」
「あぁ、そういうことか……」
彼らには会話の意味が全く理解できていないだろう。
翻訳するなら、「我の服は鱗でできておるからとても硬いんじゃ」とでもいった感じかな。もちろんそれを親切に教えるつもりはないが。
「んじゃそいつの腕は折って無力化しておいてくれ。間違えても殺すなよ」
「了解じゃ」
心臓をナイフで刺されたとき、グレイラは即座に反応して相手の腕を掴んでいた。鍛えられたその腕が――見た目は――うら若き少女に片手だけで折られる光景は、かなり強烈なものだ。
「うがあああ!!」
どれだけ訓練していようと、上位龍の膂力で腕を折られてはこんな大声も出るだろう。そこで苦しみの叫びをあげないのは、薬物によって痛覚をなくされているようなヤツくらいしかありえない。
「いい感じだね。じゃあこっちのは殺そうか――」
目の前の男はブルブルと震えている。心臓の鼓動が一秒ごとに早くなっていくのを感じる。なにせ身体を密着させているからな、そういったのは丸わかりなのだ。
「〈
俺が魔法を発動した瞬間、男は――死ななかった。
これは魔導具――魔法が込められた道具――を破壊、あるいは妨害する魔法だ。こいつの身体には遠くの者と通信する魔導具が付けられており、最後の一人か指示役に聞こえるようになっていた。
「む? なぜ殺さなかったんじゃ?」
「最後の一人は報告に向かってくれたようだし、殺す必要はないんだよな。あくまでブラフさ」
そうすることで相手は片方だけ死んだと思うだろう。もしこいつに価値があれば回収しに来てもおかしくはない。罠を張っておけば引っかかってくれるはずだ。
「なるほど、よく考えておるの」
男が明らかに安堵していた。
はっ、訓練はされていても練度が低いな。つまりは捨て駒とみた。これは期待できなそうだ。罠もかけなくていいかもしれん。残念極まりない。
「まぁ、こいつも拷問しておくか……〈
「……大司教閣下、何なりとお聞きください」
「ほう?」
おっと。これは初っ端から面白いことになったなぁ……!