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第20話:王都にて


 その後、執行補佐官に諌められて会話は中断。そのまま寝て何事もなく朝になった。


 今朝に出発してから三時間くらいだろうか。もうこの辺りは王都に近いので街道も舗装されており、魔物や盗賊団が出ることはない。そんなのどかな時間を楽しんでいると、気づけば高くそびえ立つ城壁が目の前に迫っていた。


「おぉ……相変わらず壮観だなぁ……!」

「ん。これを飛び越えるのは難しそう」

「そんなこと考えなくてもいいでしょ……」

「もしかしたら必要になるかもよ?」

「ならないことを祈るばかりですね」


 他愛も無い会話に花を咲かせていると、大きな城壁に小さく空いた門に辿り着いた。言い換えれば関所、というやつだな。


 そこには四人の男がいた。左右に一人ずつと、道を塞ぐように二人。服装から察するに衛兵なのだろう。


「我々は王都通行門警備隊である。通行証あるいは身分証を提示せよ」


 御者――執行補佐官は懐から何かを取り出すと、衛兵は問題ない、といった様子で頷いた。


「ようこそ二等執行官殿。任務の成功を期待しております」


 ……やっぱりこいつら組織の手の者か。さすがだな。


「さてと。門も通過したし、出てきていいぞ」


 俺が馬車の奥に呼びかけると、ガタッ、と板が外れる音がして一人の女性が姿を現した。


「全く、大変だったんだぞこっちは。あんな狭いところに……」

「文句は亡霊にでも言え。裏切ったお前はそんな権利ないだろ。あと俺にボコボコにされてるし」

「う、うるさいっ! あれは卑怯だ! 今度は剣同士で――」


 この地団駄を踏んでいるのは金髪で鎧を着込み、腰には聖なる剣を提げている女


 一見わがままそうだが、実際のところ、こいつにどれほどの人気があるのか。それはすぐに分かることとなる。


「おいあれ、勇者様じゃないか!?」

「どれどれ……本当だ! この前見たときと全然姿変わってないなぁ~!」

「ゆうしゃさまー!」


 王都に入ってまだ一分しか経過していないのにも関わらず、既に多くの人が集まり始めている。しかしマナーはなっているようで、馬車道の中には入らず、その脇の方から歓声を上げている。


 結局、目的地に到達するまでの数十分間で、さながら凱旋してきた英雄を称えているのかと思えるほどの規模にまで発展した。見渡す限り人ばっかりだ。


 さすがに正体を隠さないといけない俺と先輩、そしてグレイラは早々に中へ引っ込んでいる。スペースはそんなにとっていないのにとても息苦しいのは、きっと気の所為ではあるまい。


 勇者は……ちっ、呑気に手なんか振りやがって。外に出すのは早すぎたかもしれんな。周目に晒せばこうなると理解できていなかった。俺の落ち度ではある。

 う~む、この目立ちすぎる手札は陽動くらいにしか使えんなぁ……


「執行官。馬車はここまでですので」

「そうか。あとこれから俺はレム・ティアルトという名前になる。よろしく」

「承知しました」

「行ってきますね、先輩」

「頑張ってこい、後輩」


 短く別れを告げ、荷物を持って馬車を降りる。

 先輩は裏方なので、この馬車に残って別の場所へ行くのだ。


 未だ遠巻きに眺める人はいるが、ここは学園のある、通称「学術地区」。一定の身分がなければ立ち入ることすら許されない区画なのだ。

 だから付いてきているのは学園の生徒か、教師。あるいは貴族か。まぁ、多分こんな中に貴族はいないだろうが……いやはや腐っても勇者、だな。求心力がすごい。


 ――あ、そういや各地の強大な魔物を倒して回ってたんだっけか。ここまでの歓迎度合い、それこそ救国の英雄扱いされるのも頷ける。


「えっと、すみません……フロプト魔法学園ってここからどう行けばいいんでしょうか?」


 突然話しかけてきた茶髪の女性。

 その姿はいかにも魔法師らしいローブに包まれていた。この顔から察するに、道に迷っているらしい。


 身長はさほど高くないし、もしかすると生徒だろうか。ここは一つ、教師として道を教えてやるとしよう。


「それなら僕たちも今から行くんですよ。一緒にどうですか?」


 ここでレヴィラさん直伝の爽やかスマイル!


 ……曰く、俺の顔は凛々しい部類に入るのだそうで、ニコッと笑えば女は落ちる――らしい。別に落としたいわけじゃないが、多少好かれて損はない。嫌われるより好かれる方がいいからというのもある。

 そのついでに一人称も「僕」に変えた。一応変装の一環ではある。


「……っ! え、えっと、あの……お、お願いしてもいい……ですか?」


 俺の笑顔と同時にぽっと顔が赤く染まる女性。


 あ、あれ~? 思ったより効果が絶大だったり……? いやいや、きっとたまたまだろう。俺のような顔なんてわりとそこらへんにいるしな。


「よろこんで。あ、そういえば自己紹介がまだでしたね。道中話しながら行きましょう」

「もちろんです!」


 ◇


 歩くこと数分。俺とグレイラ、そしてラナはそれぞれ自己紹介をした。


 彼女の名はルクライア・ダスヴィレクト。

 なんと、驚いたことに彼女は教員採用試験を受けに来たのだという。その見た目の幼さやあどけなさからつい勘違いしてしまった。


 ……というか、教員採用試験を受けるということは俺よりも六つか七つは年上なのか。女性というものは見た目で年齢がわからないものだな。


 あぁ、なぜ分かるかといえば、普通は学園や大学院を卒業してから教員になるのだ。それが確たる証拠。

 俺は卒業どころか入学すらしていないが、そこは経歴を詐称している。それに伴いちょっと年齢を盛った。しかも、どうやら盛った後の年齢はルクライアと同じくらいになるようだ。


「着きましたね。試験会場に早速行きましょう」

「はい!」


 もちろんグレイラとラナはついてくる。いざというときの味方だ。ラナは俺の信頼度を高めるためという理由もそこに付随している。よほどのことがない限り、俺は勇者の盟友として丁重に扱われること間違いなしだ。


「ここを曲がって……ここを……」


 当然のごとく学園の構造は頭に入っている。地図なんか見なくても、明かりが一つもない深夜であっても、問題なく進める。暗殺者の必須技能だ。


「ここですね」

「うぅ、緊張しますぅ……」


 少しばかり早くなる心臓の鼓動を無視し、ノックを三回ほど鳴らす。


 すると、すぐにドアの奥から低い男の返事が聞こえてきた。

 扉を開ける前に「失礼します」と告げ、ゆっくりと開く。そこは事務的な空間で、椅子が二つと、あの声の主と思しき男が座る机があった。


 俺が一歩踏み出したとき、後ろから思い出したかのように「しっ、失礼します!」と同じ言葉が飛んでくる。


「さぁ、そこにかけたまえ。これから試験の概要について説明する。質問があれば聞いてくれていい。とりあえず――」


 瞬間、彼のまとうオーラが変わった。

 俺もルクライアも、一瞬で戦闘態勢に入る。もちろんグレイラとラナもだ。


「――ここで死ぬようなら、教師は任せられませんからね」


 彼の手には、どこかから現れたロングソードが握られていた。



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