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第12話 マニーズ(カルン視点)

「やあ、よく来てくれたねチミたちぃ」


 支部長室で俺たちを出迎えたのは、でっぷりとした肥満体。


 ミシミシと音を立てる椅子の上で偉そうにふんぞり返っているこの男が、第一支部の支部長マニーズ・ガッポリーノ。


 前任の支部長が整えた第一支部をそのまま使っているだけの男だ。


「おやおやぁ? シエリくんとアーカンソーくんがおらんねぇ?」

「あのふたりは来ない」

「むむ。そうかぁ、残念だ。それにアーカンソーくん本人に事情を聞ければ話は早かったのだが」


 セクハラされるのがわかりきっているから、どっちみちシエリは来なかったと思うけどな。

 どうも話題はアーカンソーのことっぽいけど……。


「それで、俺たちに何の用なんだ?」

「ああ、それなのだがねぇ。さっきおかしな話を小耳に挟んだのだよ。まあ、根も葉もない噂だと思うのだがね」

「噂?」


 マニーズが大袈裟なジェスチャーとともに気持ちの悪い笑みを浮かべた。


「いやあ、それがなんと十三支部にアーカンソーくんが現れたというのだよ!」


 正式名称は冒険者ギルド第十三支部。

「第」を抜いて単に「十三支部」と呼ばれるのは語感の良さと、どうしようもない駄目人間ばかりが集まることによるさげすみからだろう。


 そんな十三支部にアーカンソーが……?


「それが本当だとして、いったい何の目的で?」

「よくわからんが、連れてきた女子おなごを冒険者登録したとかいう、なんともおかしな話でなあ」


 俺とセイエレムは互いに顔を見合わせた。


「新しいパーティメンバーか。あいつ、もう見つけたのか?」

「さすがアーカンソー……行動が早いですね。十三支部というのはさすがに意外でしたが」


 マニーズガ怪訝な顔をしつつも、頬を緩ませた。


「なんだなんだ? 『はじまりの旅団』に五人目のメンバーが加入するという話かね! いいねえ、チミたちにはもっともっと稼いでもらわんとな。とはいえ、なんで拠点ホームでない十三支部で登録したのかは確かに意味不明だのう」


 拠点ホームというのは依頼クエストを受けたり素材を卸したりする懇意の冒険者ギルドのことだ。


 マニーズは新人をスカウトして冒険者登録するなら第一支部でやるのではないか、と言いたいのだろう。


 そこでようやく俺たちはマニーズの勘違いに気が付いた。


「違うんですよ、マニーズ支部長。アーカンソーが登録したのは僕たち『はじまりの旅団』のメンバーではないんです」


 セイエレムが先に口を開いたので、後の解説は任せることにしよう。


「んー? なんだそれは、どういうことだ?」

「十三支部で加わった女の子はアーカンソー自身の新しい仲間だと思います。もう彼は『はじまりの旅団』の所属ではありませんので」

「……ああぁぁ? 言ってる意味がわからんぞ。きちんと順番に説明せんか!」

「順番も何も……僕たちはアーカンソーをパーティから追放したんですよ」


 話をすぐには理解できなかったらしく、マニーズはしばらく呆けていた。


 やがて顔を真っ赤にしながら怒鳴り始める。


「ふざけるな! チミたち『はじまりの旅団』は我が第一支部の稼ぎ頭なんだぞ! 勝手にメンバーを追放するなどと!」

「……冒険者パーティの管理はすべてリーダーに任されているはずですが?」

「国から任される名指しの依頼だってあるのだぞ。そういう責任がだなぁ!」

「知りませんよ。僕らは第一支部を拠点ホームにしてますけど、専属ではないんですし……それに強い冒険者は僕らだけじゃないでしょう?」

「誰が仕事を回してやってると思ってるんだ! 第一支部から仕事がもらえなくなってもいいのかぁ!」


 なんだこいつ……。

 支部長の癖に冒険者と支部の関係をわかってないのか?

 あくまで冒険者と支部は持ちつ持たれつの関係であって、上下関係なんてないのに。


 案の定、セイエレムが呆れたように肩をすくめた。


「そうですか。では今後、第一支部を拠点ホームにするのはやめにします」

「……へ?」


 マニーズの目が点になった。

 俺もすかさずセイエレムに同調する。


「いいかもな。アーカンソー抜きで今までみたいな超高難易度クエストをこなすのは無理だし、再出発も兼ねて第二支部にでも顔を出してみるか」


「ち、ちょっと待たんかチミィ!」


 それまでの強気が嘘のように慌てふためくマニーズ。


「本当に! 本当にそれでいいのか! 「『はじまりの旅団』は第一支部の看板パーティなんだぞ!? チミたちだって今までみたいに稼げなくなるのは困るだろう!」


 俺とセイエレムは同時に首を横に振った。


「いやいや。むしろ今まで充分過ぎるほど稼がせてもらったさ」

「意地を張ってアーカンソーがいないのに同じレベルの仕事をしたら、それこそ僕らを待っているのは破滅ですよ」

「だったら、アーカンソーくんを連れ戻せばいいだろう!!」


 何言ってんだ、こいつ……。


「そんなことできるわけないだろ。俺たちはアーカンソーを全会一致で追放したんだぞ? 今更、どのツラ下げて会えるってんだ」

「そんなのいくらでも説得できるだろう!」

「俺が逆の立場だったら絶対に嫌だぞ……?」

「僕だって自分を追放したパーティが困ってたら、いい気味だって笑っても不思議じゃないですね」


 セイエレムの意見に俺も頷く。


 しかしマニーズは諦めがつかないのか、こんなことを言い出した。


「そ、そうだ! そもそもなんで追い出したりしたんだ! おかしいじゃないか! アーカンソーくんはパーティで一番強かったんだろう? チミたちだって彼の実力を評価していたじゃないか!」


 追放の理由、か。


 思い出すだけで自分が情けなくなってくる。


 セイエレムも同じ想いに駆られたのか、顔を伏せていた。


「確かに、あいつの実力は他でもない……俺たち自身が誰よりも評価してる。実力だけは、な……」

「そうですね。むしろ、僕らとアーカンソーの間には実力の差があり過ぎたんです。とてもじゃないですけど、ついていけませんよ」

「言ってる意味がまるでわからんぞ!?」


 まあ、そうだろうな。

 こればかりは実際にアーカンソーと冒険をしてみなければ味わえない。


 あこがれと、おそれと、みじめさと、無力感がすべて同時に押し寄せてくる、あの感覚は――


「とにかく、そういうことだ。俺たちはもうアーカンソーに会うつもりはない」

「互いに別の道を歩み始めたんですしね。彼が十三支部で何をしようと、僕らは関知しません」

「そういうことじゃなぁい! チミたちの事情はどうでもいいんだ! ただ、うちにアーカンソーくんだけはいてもらわんと困るのだよ!」


 そこまで口にしてから、マニーズがハッと青ざめた。

 俺たちの雰囲気が一変したことに気づいたからだろう。


「……つまり、残りの三人に用はないってことだろ。だったら尚更、俺たちには関係のない話だ」

「第一支部に戻ってほしいっていうならアーカンソー本人に直接言ってください。僕らは御免被ごめんこうむります。それではマニーズ支部長、今までお世話になりました」


 俺たちが退室しても呼び止める声は聞こえてこなかった。

 第一支部には世話になったし、報酬も良かったけど……これで未練はきれいさっぱりなくなった。


 とはいえ……。


「これ、アーカンソーに皺寄しわよせがいくよな」

「そうでしょうね。彼とはもう関係ないとは言いましたが……」

「ギルド職員づてに情報ぐらいは流しておくか」

「その程度の義理立てはしておきましょう」

「噂として耳に入るぐらいなら、あいつが俺たちの顔を思い出して嫌な想いをすることもないだろうしな」


 間接的にとはいえ、俺たちが撒いた種だ。


 収穫道具だけはきっちり渡しておいて……刈り取りは、あいつ自身に任せるとしよう。


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