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第24話 ドラゴンメイド

「むっ、ここは……」


 頭が痛くて目が覚める。

 ギルドで意識を失ったはずだが、今はベッドの上にいる。

 どうやら宿の一室のようだ。


 窓のカーテンの隙間から光が差し込んでいないので、まだ夜のようだが。


「酔いが回って倒れるとは、俺もまだまだ未熟だな」


 半身を起こすと、額から濡れ布巾がぽろっと落ちた。

 誰かが介抱してくれたのだろうか。


「くー……すぴー……」


 ベッドの横を見ると、ウィスリーが椅子にもたれかかって寝息を立てていた。


「ウィスリーが宿まで運んでくれたのか? 後で礼を言わねば」


 布巾をサイドテーブルに畳んでから、ウィスリーを起こさないよう気を付けながらベッドから出ようとすると。


「おはようございます、アーカンソー様」


 竜人族のメイドが礼儀正しく挨拶してきた。


「おはよう。ええと、名前は確か……」

「メルルです」


 そのようなやりとりをしている間にもメルルは手際よく俺の体を拭いてくれている。


 それで気づいたが、今の俺は下着しかはいていないようだ。


「すまないメルル。何故君がここに……?」


 ウィスリーの姉なのだから何故ということもない気はするが、ここは俺の利用していた個室だ。

 会ったばかりの婦女子が出入りしていれば、さすがの俺も気になる。


「まずは昨晩のご無礼をお詫びいたします。本当に申し訳ございませんでした。私、完全に頭に血がのぼってしまって。てっきりこの子を無理矢理に手ごめにしているとばかり……」


 メルルが沈痛な面持ちで深々と一礼した。


「ああ、誤解が解けたならいいんだ」

「お話はこの子から概ね聞くことができました。お詫びといってはなんですが、誠に勝手ながらアーカンソー様のお世話をさせていただきました」


 俺が服を着ていないのは、そういうことだったか。


「ありがとう。助かった」

「いえ。あの子を救ってくれた恩人に報いるのは当然です」


 そう言って愛おしげにウィスリーを見つめるメルル。


「後で褒めてあげてくださいね。力尽きるまでアーカンソー様をつきっきりで看病をしていたんですよ」

「そうだったか……」


 よだれを垂らしながら幸せそうな顔で眠るウィスリーを見ていると、何だか俺まで嬉しくなってくる。


「本当に慕われているんですね。呪いを解いてもらった恩があるとはいえ、未だに信じられないです」

「俺はそこまで信用がないか」

「ああ、失礼しました。貴方様でなくウィスリーの方です」


 メルルは「ハァ」とため息を吐いてから、少し懐かしそうに語り出した。


「この子は昔から手のかかる子でして。それはもう、とんでもない問題児でした。勉強も奉仕修行もしょっちゅうサボっていたので、ロクなメイドにならないのではないかとずっと心配だったんですが……遂に一族を追放されてしまって……」

「やはり君は追放されたウィスリーを追ってきたのだな?」

「はい。私が留守にしている間に、あの子はとんでもない粗相そそうを仕出かして。それでメイド長にお屋敷を追放されてしまったのです」


 メイド長にお屋敷……ウィスリーも言っていたな。

 ふたりの恰好からして、どこかの貴族にメイドとして仕えていたとか?


 ひょっとして全員メイドの一族だったりするんだろうか。

 もしそうなら、さしずめドラゴンメイドといったところだな。


「それで追いかけてきたわけか」

「はい。ですが、私もメイド長から竜化できない呪いをかけられたので、なかなか追いつくことができず……」

「ああ、そうか。ウィスリーは竜の姿しか取れない代わりに翼で飛ぶことができただろうしな」


 それにしても、メルルまで呪いをかけられているとは……。

 やはり彼女も追放されたのか?

 しかし当の本人は気にした素振りもなく続ける。


「それでも目撃例を頼りに、ようやくこのエルメシア王国で奴隷商人様に身柄を引き取られたとわかったのです。しかし、奴隷商人様に出会ったときは一足遅く、暗黒魔導士様に連れ出された後でした」

「いや俺は――」

「暗黒魔導士様とウィスリーの情報を集めていたら、たまたま公園で貴方様の姿をお見掛けしまして! 声をおかけしたところアーカンソー様に『ドラゴンの呪いを解いた暗黒魔導士ではない』と否定されてしまったというわけです」

「いやだから俺は本当に暗黒魔導士では――」

「その後、私は再び情報収集に戻りました」


 ……メルルは自分の話に熱中しているようだ。


 まあ、話の腰を折ろうとしている俺も俺か。

 こういうときは相手に言いたいことを全部言わせるのがいいと師匠のひとりが言っていた。


「ふむふむ、それで?」

「貧民街で目撃例があったので赴いたところブラッケンという方からお話を聞くことができました」

「なんと、あいつか。大丈夫だったか?」

「最初は協力的ではありませんでしたが、少ししたらとても素直になってくださいました」

「そうだろうな」


 女好きのあいつにはいい薬になっただろう。


「彼らはドラゴンを従える暗黒魔導士にやられたと言っていたので、もう間違いないと思いました。さらにブラッケン様は『太陽炉心』という鍛冶屋から依頼を受けた冒険者だろうという話をしてくださいました。その後は鍛冶師のピケル様からどの支部と付き合いがあるのかを聞いて、あのギルドに辿り着いた……というわけです。何か質問はございますか?」


 むっ、どうやら話が終わったようだな。


「質問というわけではないが、ひとつ訂正がある。俺のクラスは暗黒魔導士ではなく賢者だ」

「まあ! では、アーカンソー様は嘘を吐いていたわけではなかったのですね。重ね重ね申し訳ありません。もっと早く言ってくだされば……」

「それは……いや、そうだな。俺も悪かった」


 過去のことを蒸し返してもしょうがないだろう。


 俺だって思い込みで先走ってしまうことぐらいあるしな。

 それが肉親の安否に関わるともなれば尚更だ。


「それで、これからのことなのですが……」


 いよいよ本題が来たか。


「ウィスリーをお屋敷とやらに連れ帰るつもりか?」


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