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第26話 お召し替え

「おはよー、ご主人さま!」

「おはようございます、アーカンソー様」

「むっ、もう朝か」


 ドラゴンメイド姉妹の挨拶で目が覚めた。

 目をこすりながら身を起こすと、メルルがにっこりと笑う。


「いいえ、もうじきお昼が近いです」

「俺はそんなに長く寝ていたのかっ!?」

「本当はもっと早くにお声かけするつもりだったのですが……」


 メルルの視線がウィスリーのほうに泳いだ。


「ご主人さまを起こさないであげてって、あちしが頼んだの」


 申し訳なさそうにうつくウィスリー。

 メルルがすぐさま妹を庇うように前に出る。


「怒らないであげてください。この子なりにアーカンソー様の体調を思いやっていたのです。お叱りの言葉でしたら、務めを果たさなかった私に」

「いやいやいや! 別に叱ったりなんてしないとも。少し驚いただけだ。むしろ礼を言わねばなるまい。休ませてくれてありがとう、ウィスリー」

「……あい! それじゃ、あちしお出かけの支度してくるからーっ!」


 ぱぁっと笑顔になったウィスリーが慌ただしく部屋を出て行った。


 よっぽど今日のピクニックが楽しみだったんだな。


「さすがですね、アーカンソー様」


 メルルが何故か褒めてくれた。


「何がさすがなんだ?」

「いえ、こちらの話です」


 メルルは微笑みを浮かべたまま、何故かその場に凛々しくたたずんでいる。

 ウィスリーの後を追う気配がない。


「あー、その。着替えたいので、そろそろ部屋を出てもらえると助かるのだが……」


 いつまで待っても俺の横に控えているので、耐えかねて声をかけてみたところ。


「お手伝い致します」

「……え?」


 一瞬、言葉の意味が理解できなかった。

 何かの間違いだろうと考え直し、笑いながら首を横に振る。


「いやいや、着替えぐらいひとりでできるぞ。子供じゃないんだからな」

「そういうわけには参りません。まだ解呪の確認はできていませんが、仮にも主人と仰いだ方のお召し替えを手伝わないなど言語道断。ささ、どうぞお立ちになってください」


 いったい何を言っているんだ?


「えっ、いや待ってくれ。布団の下は下着だけなんだ」

「失礼ながら、昨晩看病のために拝見させていただきましたので。今更恥ずかしがらずとも」

「それとこれとでは話が違う!」

「問答無用です!」


 メルルにがばっと布団を取り上げられた。

 下着一枚の下半身が晒される。


「ぬわっ! こ、こんな無体な!」

「さあ、観念してお召し替えを受け入れるのです!」


 ううっ、なんてことだ!

 メルルはウィスリーと違ってグイグイ来るタイプだぞ!


「クッ、許せメルル!」


 指を打ち鳴らして術者闘装メイガス・フォームの魔法を使った。


 いつもの漆黒のローブが俺の身を包み込む。


「ああっ、そんな! 殿方の初お召し替えタイムが……」


 それまでのメルルが嘘のように、しおしおとしおれてしまった。


 そんなに俺の着替えを手伝いたかったのか……?


「すまないが、俺もまだ君の主人としての心構えも覚悟もできていないんだ。だから、そう。いずれな」

「……本当ですか? 本当ですね? 信じてますからね?」


 メルルの顔がずずいっと迫る。


「まさかと思うが、おかしな下心はあるまいな?」


 さすがに怪しく思えてきたので探りを入れてみると、メルルはぴくりと体を震わせた後でコホンと咳払いをした。


「……そのようなことは決して。アーカンソー様の大胸筋が固そうだなとか、僧帽筋の曲線が美しくて触れてみたいなとか、考えておりませんとも」


 そうか、メルルは筋肉好きだったのか……。


 てっきりお堅い真面目な性格とばかり思っていたが、出会って二日目で残念な一面を見せつけられるとは。


「そこまで触りたいなら別にいつでも触らせてやるが……」

「ほ、本当ですか!? あ、いえっ! 違うんですけど! 全然そういうわけじゃないんですけど、殿方の肌を間近で見たのが初めてでしたので! 物珍しさから、つい……」

「男の裸を見たことがないのか?」

「そうですね。お屋敷には女性しかおりませんでしたので。男子は大人になる前にほとんどが巣立ちますから、見たことのある男性は子供ばかりで……」


 うーむ。

 それならどうやって新しい子供が生まれてるんだとか、聞きたいことはいくらでも頭に浮かんでくるが……。


 要するに俺の裸にも懸命に平気なフリをしているだけで、実はあまり免疫がないのか?

 そう思うとメルルが途端に可愛らしく見えてくるな。


「わかった。そういうことであれば俺も覚悟を決めよう」


 俺はメルルのほうに手を伸ばした。


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