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第28話 ウィスリーの料理

「俺は最初から、こういうのでよかったんだな」


 もともと偉大な冒険者に憧れていたかというと……そういうわけでもない。


 おそらく俺は、ただ単に、ともに時間を過ごせる仲間たちが欲しかっただけなのだと思う。


 仲間に認めてもらおうと空回からまわった結果が、パーティからの追放だったわけだ。


 追放された直後はどうしていいかわからず迷走してしまったが、結果として自分が本当にやりたかったことをはっきり自覚できた気がする。


 最悪と思えた出来事も、実は前に進むために必要だった……というわけだな。


「ご主人さま! できたよー! 食べよ食べよ!」

「ああ、今行く」


 満面の笑顔で手を振るウィスリーのもとに向かう。


 幸福な時間を少しでも長く味わうために、地面をゆっくり踏みしめながら。



 ◇ ◇ ◇



「じゃじゃーん!」


 ウィスリーがシートの上にたくさんの弁当箱をひろげた。


「これは宿の料理では……ないよな」

「うん。あちしとねーちゃと早起きして、宿のお台所を借りて一緒に作ったの!」

「やけに大荷物だと思ったが、全部弁当だったのか」


 見た目的にもかなりボリュームがありそうだ。

 はたして三人で食べきれるだろうか。


「お口に合うといいのですが……」


 自信満々のウィスリーと比べてメルルは不安そうだ。


 料理の腕に自信がないのだろうか?


「では、いただこう」


 ふたりに見守られる中、俺は肉団子にフォークを刺して口に運んだ。

 味わうためにしっかり咀嚼そしゃくしてから、ゴクンとのみ込む。


「……うむ、実に美味い。これならいくらでも食べられそうだ」


 俺のコメントを聞いたメルルがホッと胸を撫で下ろした。

 どうやら肉団子を作ったのは彼女だったようだ。


「ご主人さま! こっちのサラダも食べて!」


 ちょっとムッとした顔のウィスリーが、サラダボウルを目の前に突きつけてきた。


「わ、わかった。食べるから」


 ここまで推してくるということはサラダはウィスリーが担当したのだろうか?

 盛り付けがゴチャッとしていて、見た目はあまりよろしくないが……。


「ん? 普通にいけるな……」


 覚悟して食べてみたが、どうということはなかった。


 柑橘かんきつ系のドレッシングだろうか?

 葉野菜にとてもマッチしている。


「ウィスリーが作ったんだな? とても美味いぞ」

「にへへー」


 ウィスリーの笑顔に安心したのも束の間、ウィスリーが首を傾げた。


「どっちがおいしい?」

「何……?」

「ねーちゃのと、どっちがおいしかった?」


 その瞬間、表情の強張りを自覚する。

 暑さからではない汗も流れ落ちた。


「それは……甲乙つけがたいというか……そもそも肉と野菜とでは、美味しさの方向性が違うというか……」


 むっ、ウィスリーの背後からメルルが必死に目配せしてきている。


 つまり正解は――


「だが、どっちかというとサラダのほうが美味しかったかな!」

「にへへー、やった! ねーちゃに料理で初めて勝ったー!」


 ウィスリーが喜び勇んでいる間にメルルがこっそり耳打ちしてくる。


「ちなみにサラダのドレッシングは私が担当致しました」

「な、なるほど?」


 つまり、ウィスリーは野菜を千切って盛りつけただけで、肉団子もサラダも実質的にメルルの料理だったということか。


「じゃあ、今度はこっち!」


 ウィスリーがまだ明けていなかった弁当箱の蓋を開けた。


「うっ……!?」


 ムワッと立ちのぼった臭気に思わず顔を覆ってしまった。

 弁当箱の中身はドス黒いスライムのような何かだ。


「この粘液は……スープか……?」

「んーん? ローストビーフだよ?」


 ローストビーフがどうしてこんな見た目に……?


「ウィスリー! そんなものいつの間に用意したのっ!?」


 なにやらメルルが慌てているが……。


「にへへー。これはね、ねーちゃが来る前にこっそり作ったやつ! 自信作なんだー」


 ウィスリーの解答を聞いたメルルが唖然あぜんとしている。

 つまり、この事態は彼女にとって予想外のアクシデントということ。


 ……だんだん嫌な予感がしてきた。


「あ、味見はしたのか?」

「してないよ。だって、一口目はご主人さまに食べてほしかったから!」


 ウィスリーの満面の笑顔を見て、俺はようやく理解する。


 メルルが不安そうだったのは料理の腕に自信がなかったのではなく……!


「はい、ご主人さま。あーんして♪」


 眼前にスプーンに盛られたローストビーフ(?)が突きつけられる。


 メルルに助けを求めて視線を送るが、悲痛そうに首を横に振られてしまった。


「ぬぅ……!」


 アーカンソー……これは試練だ。


 無詠唱で耐毒魔法を使うのは容易い。


 だが、それはウィスリーの気持ちを踏みにじる行為……人の心と真反対の所業であると、さすがの俺でもわかる。


 そう。

 これはウィスリーと共に過ごす上で乗り越えなければならない試練なのだ。


「で、ではいただこう」


 臭いと見た目が酷いだけかもしれれないし。

 案外、味は普通のローストビーフやも――


「ぐはぁっ!?」


 口に含んだ瞬間、俺は何故か吐血した。


「ご主人さまーっ!?」

「アーカンソー様! お気を確かに!」


 ふたりの叫び声が聞こえる。


 そのまま意識を手放しそうになったが、危機にひんしたときに備えて組み込んでおいた上位治療グレーター・ヒールが自動発動した。


 おかげで即座に覚醒する。


「少々刺激は強かったが美味かったぞウィスリー!」

「ほ、本当に? 前みたいに血を吐いてたよっ!?」

「大丈夫だ! もともとそういう発作が起きる体質なんでな……もう平気だ!」


 確かにダメージは消えたが、味覚を刺激するドロ臭さとネチョネチョした口の中の感触だけはぬぐえない。

 必死に強がりながら、俺は涙を流していた。


「ご主人さま泣いてるよ! やっぱり不味かったんじゃ……」

「そんなことはない。これはそう、感涙にむせび泣いているだけだ」

「……ほ、本当に大丈夫?」


 ウィスリーは不安そうにしていたが、俺は力強く頷いてみせた。


「さあ、おかわりをくれ!」


 さきほどの上位治療グレーター・ヒールの効果はまだ続いている。

 同じような毒素ならしばらく分解してくれるはずだ。

 料理の毒さえ効かなければ、あとは俺が味に耐えればいいだけ……!


「ご立派です……!」


 何故かメルルが口元を抑えながら泣いていたが、今の俺はそれどころではない。


 ウィスリーのローストビーフ……このまますべて平らげてみせるぞ!


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