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第42話 予期せぬ来訪者

 マニーズとの会話ですっかり心がささくれだってしまった俺は、十三支部の酒場へ急いだ。


「あっ、ご主人さまおかえりー!」

「ただいま……」


 出迎えてくれたウィスリーの笑顔を見た瞬間、気持ちが晴れやかになる。


「メルルはいないようだな」

「ねーちゃは買い出し。それより、どーだった?」

「マニーズは俺が考えていた以上にどうしようもない犯罪者だった。証拠を持たせた上で自首させたよ。当局ですべて白状するはずだ」

「ひえー。それじゃあ、第一支部は大変なことになりそーだね」

「あー……」


 事前に根回しをしておくべきだったか? そこまで頭が回らなかったな。

 とはいえマニーズの息がかかったギルド職員に逃げる暇を与えかねないし、冒険者たちにも少々の混乱は我慢してもらうしかないか。


「じゃあ、しつこいスカウトはもう来なくなるかなー?」

「そう願いたいな」


 スカウトについてはまだなんとも言えないが、少なくとも俺退治の依頼は取り下げさせた。

 俺がパーティにいたら第一支部の依頼を受けられるとかいう、ワケのわからない話もなかったことになるだろう。


「ご主人さま、ひょっとしてすっごく疲れてる?」

「……そう見えるか」

「マニーズって、そんなに強敵だったの?」

「超高難易度クエストをこなすほうが何倍も楽だったよ」


 やはり折り合わない他人とのコミュニケーションは疲れる。

 できるだけ精神操作系の魔法には頼りたくないが、結局マニーズにもかけてしまった。

 そもそも最近は、魅了魔法などに頼り過ぎなのだ。

 もっとスマートな解決方法があったのではないかと今でも考えてしまう。


「こんなことでは、人の心をわかるようになるのはいつになるやら」


 あるいは永遠にわからないのかもしれない。

 剣や魔法で解決することしか能のない俺は、無知のまま生きていくしかないのだろうか。


「ご主人さまには人の心があるよ」


 漏れ聞こえた呟きに顔を上げると、ウィスリーがまっすぐな瞳でこちらを見つめていた。


「だって、あちしを助けてくれたもん」


 あっけらかんと。

 当たり前のように。

 何一つ疑問がなさそうな顔で言うものだから。


「……助けられたのは俺の方だ」


 そこに、すべての答えがある気がした。


「へ? ご主人さま、何か言った?」

「……いや。なんでもない」


 さすがに今の独り言を聞かれていたら、ウィスリーの顔を見られなくなってしまう……。


「おっ、アーカンソーさん! 戻ってたか!」


 ちょうどいいタイミングでイッチーたちが声をかけてくる。

 その後ろには十三支部の冒険者たちが笑顔で勢ぞろいしていた。


「その様子だとうまくいったようだな」

「ああ、バッチリ噂を流してきたぜ!」


 イッチーがニカッと歯を見せながらサムズアップした。

 彼らは「アーカンソーが第七支部に現れた」という情報を広める手伝いを、快く引き受けてくれたのだ。


「第七支部はアーカンソーが来たと大変な騒ぎになっておったの」

「これでしばらく十三支部にスカウトは来なくなると思うんだぜ!」


 ニーレンとサンゲルに続いて、他のみんなも「俺も」「私も」と手柄をアピールしてくる。


「みんな、ありがとう。今日も奢らせてくれ」

「ヒャッホー! 一生ついて行くぜぇ!」


 すぐさま全員が思い思いの席について酒を注文し始める。

 現金なものだ。

 しかし、嫌いではない。


「あ、そういえば」


 隣のテーブル席に陣取ったイッチーが何かを思い出したようにこちらを向いた。


「第一支部では情報を流すどころじゃなかったんだ。なんか大変な騒ぎになってたぜぇ?」

「む、そうか」


 心当たりがあるだけに一瞬ドキリとする。

 しかし、俺の内心に気づいた様子もなく三人は杯を酌み交わした。


「支部長が汚職収賄の容疑で逮捕。とんでもないスキャンダルだの」

「なんでも王国騎士団が捜査するらしいんだぜ」


 なんと。騎士団が冒険者ギルドに介入するのか?

 王国権力は冒険者ギルドとは一定の距離を保っていると聞いていたが……。

 マニーズの自供の中に彼らが動くような案件があったのだろうか?

 いや、俺が考えても仕方のないことだな。


「ウフフフ……これでようやく、あたしたちとハーレムパーティを組めますね!」


 突然レダがしなだれかかってきた。

 腕にやわらかい感触があたる。


「離れろ離れろ! ご主人さまに近づくなーっ!」


 すかさずウィスリーがレダを引きはがした。


「メスガキィ……また邪魔しようってわけ?」

「あちしがいる限りご主人さまに近づけると思うなよ!」


 おお、また取っ組み合いが始まってしまったか。

 これを見ると、いつもの十三支部に戻ってきたという気分になるな。


「俺はウィスリーちゃんに賭けるぜぇ!」

「幼馴染に賭けんとは薄情だの。まあ、ワシもウィスリー嬢だが」

「オレもウィスリー女史……って、これじゃ賭けは成立しないんだぜ」


 イッチーら三人組を始めとして十三支部の冒険者たちがあれやこれやとはやし立てる。

 酒場内での喧嘩を誰も止めに入らないあたり、ウィスリーが仲間として受け入れられている証かもしれない。

 少々荒っぽいが、これが十三支部の日常というやつなのだろう。


 さて、前はメルルが登場して勝敗がつかなかったが今回は――


「……なんだ? 唐突に嫌な予感がしてきた」


 ウィスリーとレダの喧嘩を見て既視感デジャヴを覚えたからだろうか。

 なんだか胸騒ぎがする。


「いやいや。さすがに気のせいだろう」


 前に乱入してきたメルルとの誤解はとっくに解けて、今では俺に仕えてくれている。

 みんなの協力のおかげでスカウトも減るはずだし、ブロッケンやマニーズとも決着をつけた。カーネルのような礼儀知らずも現れないはず。


 そう、問題はすべて解決された。

 俺は望んでいた平穏を手に入れ――




「……ようやく見つけたわよ、アーカンソー」




 聞き覚えのあるりんとした声が響く。


 それだけで。

 たったそれだけで、騒ぎに包まれていた酒場が一瞬で静まり返った。


「き、君は……どうして君が……」


 酒場の入り口には、俺の前には絶対に現れないはずの人物が立っている。

 あの日に泣かせてしまった少女は、誰にも無視なんてさせないとばかりに圧倒的な存在感を放っていた。


 いつも感じていた懐かしさと同時に、奇妙なチグハグ感にも襲われる。

 姿こそ同じだが、まるで別人であるかのような印象を受けたからだ。

 だから俺は確信が得られないまま、彼女の名を呟いていた。


「……シエリ、なのか?」


 俺の元パーティメンバー。

 はじまりの旅団の大魔法使い。

 そして――


「フン! 他の誰に見えるっていうの?」


 エルメシア王国の第三王女メールシア・エルメリク・レ・サージョ。

 王位継承権を持つ王族のひとりである。



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