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第44話 仲違い(カルン視点)

 俺とセイエレムは第二支部の酒場で人を待っていた。


 会話はない。

 セイエレムはむっつりしたまま黙り込んでいるし、かくいう俺も気が気じゃなかった。


「戻ったわ」

「どうだった!?」


 だからシエリが帰ってきたとき、俺はすぐに結果を確認したくて思わず立ち上がってしまった。


 いや、結果自体は目に見えている。

 今更アーカンソーが俺たちと組みたがるはずがない。

 自分を不当に追放したメンバーをそう簡単に許せるはずがないし、そもそも実力的に劣っている俺たちと組むメリットがない。


 むしろ傷心から復活したシエリが、アーカンソーにどんな無神経な態度を取るか不安で仕方がなかった。


 アーカンソーは言うまでもなくエルメシア王国最高の英雄だ。

 俺たちが嫌われるのはいいとしても、王族のシエリがさらに不興を買ってしまったら、アーカンソーがエルメシア王国そのものを見放してしまう可能性があった。


 しかし俺の想像は杞憂きゆうに終わったらしく、シエリの表情はさっぱりしていた。


「相変わらず表情は読めなかったけど、怒ってはなかったわね。また来るって伝えたけど、二度と来るなとも言われなかったし」

「それが彼の本音とは限らないでしょう」


 セイエレムが厳しい顔つきでシエリに意見する。


「本当に会いたくないほど嫌ってるなら、わざわざ気を遣う必要もないんじゃない? 少なくとも脈無しには見えなかったわね」


 手応えと行かないまでも、話くらいは聞いてもらえそうということか。

 ひょっとしたら頼み込めばアーカンソーは戻ってくるのかもしれない。

 だけど、俺は首を横に振った。


「……それでもやっぱり俺はアーカンソーを戻すのには反対だ」


 復帰を果たしたシエリがいきなりアーカンソーを連れ戻すと言い出したときは、正気を疑った。

 俺たちの顔を見ればアーカンソーが嫌な気分になるに決まっている。

 なのに、追放した元メンバーを再勧誘するというのだから無神経にも程がある。

 もちろん俺とセイエレムは大反対したけどシエリの意志は固く、止めることができなかったのだ。


「仮に連れ戻せたとしても前と同じことになりますよ」


 セイエレムの意見に俺も頷いた。

 劣等感に苛まれ、意図を読み切れず、プライドをズタズタにされて、自分がどんどん惨めな存在に思えてくる。

 またあの感覚を味わわねばならないかと思うと恐怖心しか湧いてこない。


 むしろ最も傷ついていたはずのシエリが何故アーカンソーに拘るのか……拘ることができるのか、理解できなかった。


「前みたいにはならないわよ」


 シエリは、はっきりと断言する。


「少なくとも、あたしはあのときみたいに泣いたりしない。もう区切りはつけたから」


 そういうことか。

 シエリが久しぶりに部屋から出てきたとき、雰囲気の違いに驚いたたけど……理由がわかった。


 シエリは俺と同じように『諦めた』のだ。


 かつてのシエリはアーカンソーと並び立とうとして、必死に追いすがっていた。

 事実シエリは成長を果たし、パーティを結成したときとは比べ物にならないほど魔法の腕も上がっている。

 しかし、アーカンソーとの差は縮まるどころか拡がっていくばかり。


 そして……目標としていたアーカンソーが本気ですらなかったと知って、セイエレムと同様に心が折れたのだ。


 シエリはここしばらく宿の部屋に引き篭もっていた。

 アーカンソーと自分とでは次元が違うと受け入れるために、どうしても時間が必要だったのだろう。

 それまでの自分を否定して新たな自分を再構築するのは、地獄の苦しみだったはずだ。


「父親に……王に命ぜられたんですか?」


 まだ納得できていないセイエレムが、デリケートな部分に切り込んだ。


「見くびらないで!」


 当然のようにシエリは激昂する。

 かつてのように短気を起こすシエリを見て、俺は逆にホッとしてしまった。


「……言い過ぎました。撤回します」


 セイエレムは即座に謝罪した。

 自分でも言い過ぎたと本気で思っているようで、その表情には誠意が感じられる。


「……いえ。あたしも大人気なかったわ」


 セイエレムが驚きのあまり目を見開いた。

 気持ちはわかる……少し前の彼女なら不貞腐れてなかなか機嫌を直さなかっただろう。


 アーカンソーの背中ばかりを追っていた少女が、大人になった。

 この変化を喜ぶべきかどうか、正直言ってわからないけど……。


「どうしてそこまでアーカンソーに拘るんだ? 言っちゃなんだけど、あいつは俺たちのことなんて……」


 これだけはどうしても聞いておきたい。

 傷ついて諦めて……だったら尚更、アーカンソーとは顔も合わせられないはずなのに。


「そうね。あいつにあたしたちは必要ない。それは間違いないわ」

「だったら――」

「でも、あたしには必要なのよ」


 そう宣言するシエリの瞳は強い確信を秘めていた。


「だから、どんなことをしても必ず許してもらう。いいえ、許してもらえなくてもかまわないわ。彼といっしょに冒険ができるなら、どんな手でも使う」


 ますますわからない。

 いったい何が彼女をそうまで駆り立てるんだ?


「納得は行きません。行きませんが、譲る気はないのですね?」


 セイエレムもまた、強い意思を込めてシエリを見つめる。


「ええ、そうね」

「でしたら、僕が『はじまりの旅団』を抜けます」

「なっ……!?」


 絶句した。

 セイエレムがはじまりの旅団を抜ける……!? 


「そう。じゃあ、しょうがないわね」


 シエリが達観したように呟く。


「おいおい、待て待て! お前ら落ち着けよ! アーカンソーが戻ると決まったわけでもないのに先走るな!」


 俺が間に入って何とか取り持とうとするが、ふたりは押し黙ったままだ。

 このままじゃパーティが分裂してしまう。


「慌てないで、カルン」


 シエリがニヤリと笑った。

 嫌な予感がする……。


「あたしにいい考えがあるわ」


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