「ちょっと、これ! どういうことよ!」
ウィスリーとカイルも目の前の光景に
「見てのとおりだ。ここにはカイルの姉以外にも大勢の女性が囚われている」
下水道の広まった一角にたくさんの女性が倒れていた。
年齢層は幅広く、これといって共通点は見られない。
敢えて言えば全員の服がみすぼらしく、貧民街の住人であろうことぐらいか。
「これってつまり、誘拐されてたのはカイルのおねーさんだけじゃなかったってこと!?」
ウィスリーか叫んだのと同時くらいに、通路から三人の男がひょっこり現れた。
「な、なんだテメェらは!」
「どうしてここに!」
「見られたからには生かして帰すわけには――」
「
俺が生み出した紫色の雲に包まれた男たちはあっさり眠りこけた。
「他にもいるかもしれない。ウィスリー、周囲の警戒を頼む」
「あい!」
「シエリは――と、すまない。少し待ってくれ」
言いかけたタイミングでイッチーに渡しておいた通話のピアスから着信があった。
「俺だ」
『新情報だ! どうも貧民街では女が何人も行方不明になってたらしい!』
「そのようだ」
『そのようだ……って、もう知ってたのか!?』
「ああ。その行方不明になっていた女性たちをたった今、保護したからな」
『……は? マジで?』
「マジだ。そういうわけで救助に人手がいる。大至急、カイルの家に集合してほしい」
「それ、貧民街のどこだぁ? 聞き込みすればわかるだろうけど少し時間がかかるぜ?」
「では、ギルドに誰か使いをやるから案内してもらってくれ」
『わかった!』
「では、通話を終了する。待たせたな、シエリ」
「別にいいわよ。やるべきこともあったし」
シエリは女性の近くにしゃがみこんでいる。
どうやら待っている間に容態を診ていてくれたようだ。
「どうだ?」
「命に別状はないけど全員昏睡してるわね。魔法の薬か何かを使われたんじゃないかしら?」
「拘束されていないのは、意識が戻る心配がないからか。錬金術師に診てもらって適切な解毒剤を処方してもらうほうがいいだろう」
「
「……この人数を今起こすつもりか?」
「あっ、それもそうよね。アンタなら魔力も余裕で足りると思ってつい……」
足りないのは魔力ではなくて、俺の管理能力なんだがな。
この人数に目を醒まされてパニックでも起こされたら事態を収拾できる自信がない。
今のところは寝ていてもらったほうが助かる。
さて、イッチーたちのために道案内ができる者をギルドに帰さなくては。
そうなると適切なのはやはり――
「カイル。すまないがギルドに戻ってみんなを呼んできてくれないか?」
「えっ、でも姉さんが……」
「彼女がそうなのか?」
「う、うん」
カイルが心配そうに姉と思しき女性を介抱している。
つまり彼女を確保すればクエスト完了だ。
しかし、この状況を放置して帰るわけにはいかない。
冒険者には『緊急救助』の義務がある。
危機に陥っている無力な人に遭遇した場合、可能な範囲で助けなければならない。
意図的に見過ごしたことが露見すれば冒険者資格剥奪もあり得る。
イッチーたちを呼んだのも女性たちをギルドまで護送してもらいたかったからだ。
今すぐ避難させたいのはやまやまだが、カイルの自宅に女性たちを運び込むにしても、狭すぎて全員を寝かせておけるスペースがない。
当然、無防備なまま外に放置するなど論外だ。
だから、我々はこの場を離れられない。
しかし、姉の判別という役割を終えたカイルなら、ギルドへの使いにやっても問題ない。
最適解を求めるなら他に選択肢などないはず。
だが――
「シエリ。君はどう思う?」
「へっ? 今、あたしに聞いたの? 意見を? アンタがっ!?」
「そこまで驚くことか?」
「当たり前でしょ! 冒険の最中にアンタが他人に意見を求めてくるなんて、今まで一度だってなかったじゃない!」
思い当たるところがありすぎて胸がチクリと傷んだ。
しかし、今は感傷に
「俺以外の考えも聞いておきたかったんだ。どう思う?」
「……そうね。カイルの安全も考えるならギルドに走ってもらうのもいいように思えるけど、お姉さんの傍を離れたくないって思うのは人として当然だし、何より彼は依頼人よ。意向には沿うべきだし、こっちの都合で働かせるのもどうかと思うわ」
肉親の傍を離れたくないのは人として当然か……そんな発想は浮かばなかったな。
だが、今の俺には理解できる。
ウィスリーやメルル、それに十三支部のみんなは肉親でこそないが、大切な家族も同然だ。彼女たちが同じような目に遭ったら、俺も気が気でなくなるだろう。
しかも依頼人の意向に沿うべきという意見はまったくもって正論だ。
無理難題を言ってくる依頼人というわけでもないんだし、こちらの都合を押し付けるのは道理が合わない。
直情的なきらいのあるシエリだが、だからこそ俺よりは人の心を理解している。
やはり聞いておいて正解だったな。
「とても参考になった。ありがとうシエリ」
「えっと。別にいいわよ、これくらい。なんだが調子狂うわね……」
シエリが頬を掻きながら、あらぬ方を眺めた。
「さて。となると、どうすべきか」
パニックになるリスクを背負ってでも女性たちを起こして地上に帰るべきか?
そうなるとギルドまで我々が護送する必要があるし、一時撤退ということになる。
その間に誘拐の主犯に逃げられるリスクもあるが、緊急救助の要件は満たせる。
そもそも何故か悪臭がしないからうっかり忘れていたが、ここは下水道だ。
こんな不衛生な場所に放置したら病気になってもおかしくない。
今は救助を優先すべきか?
こんなことになるならギルドに転移用の魔法陣でも書かせてもらうんだったな。
「ご主人さま。あちしがギルドに行くよ!」
ウィスリーが挙手したのは、俺が撤退案に傾きかけたときだった。
彼女を行かせるということは、当初の予定どおりイッチーたちの到着まで待機することになる。
「……行ってくれるか?」
少し迷った末に問う。
「この中だとあちしが一番経験が浅いし、走るのには自信があるから!」
「そうだな。結果的にイッチーたちを早く連れてこれるかもしれん」
時短できれば、あらゆるリスクを軽減できる。
足手まといも既に女性たちを抱えているのだ。カイルひとり増えたところで変わらない。
下水道の衛生状況も俺が結界を張れば女性たちをこの場で守りつつ、不浄も排除できる。
万が一にでも主犯を取り逃がせば同じような事件が起きるかもしれない。
よって当初の予定を貫徹する。
撤退ではなく残留だ。
「ウィスリー。一刻も早くイッチーたちを呼んできてくれ」
「あいあい! それじゃご主人さま、行ってきます!」
ウィスリーがにぱっと笑ってから
それをしっかり確認してから指をパチンと打ち鳴らして部屋全体に対不浄結界を展開する。
「我々は守りを固めるぞ」
「がってん!」
シエリのいつもの返事を聞いて少し懐かしい気持ちに駆られる。
もちろん、この場に
どちらの役目も俺がこなさないといけないだろう。
「シエリは
「アンタはどうするの?」
「考えることは山積みだが……ひとまず彼に『友人』になってもらうとしよう」
そう言って俺は眠りこけている男のひとりを揺り起こした。