「いきなり悪臭が酷くなったな」
顔をしかめつつ、たいまつを掲げて先導する傭兵に問いかける。
「アドバルにお前たちを紹介したのは誰だ?」
奴は金で傭兵を雇っている。
賞金首として指名手配されているアドバルは、下手をすれば裏社会でも顔と所在を売られる立場だ。
充分な資金があったとしても、裏切られる心配のある人間を直接雇うのはリスクが大きい。
この傭兵たちをアドバルに紹介した仲介人がいるはずだ。
「誰って言われると困るなぁ」
「俺たちはリーダーにいい仕事があるって言われて受けただけだしよ」
「ゲモスの兄貴が信頼できる筋からだって言ってたし、前金もよかったからよぉ」
ゲモス……この傭兵たちのリーダーの名前だな。
その男がアドバルと個人的に知り合いだったか、あるいは二人を引き合わせた何者かがいたか。
これ以上はゲモスかアドバルに聞いた方が早そうだ。
「ついたぜ。あそこの部屋にゲモスの兄貴がいる」
傭兵のひとりが扉を指差した。
どうやら使われなくなった管理室を占拠しているようだ。
「随分遅かったじゃねえか」
傭兵たちの足音で接近に気づいたのだろう。扉は中から開けられた。
現れたのは大鎧を身に纏い
事前に聞いた情報と一致する。この男がゲモスに違いない。
「てめえら、商品に手を付けたんじゃねえだろうな?」
「まっさか! 眠ったままの商売女を抱く趣味はありませんぜ!」
「ん? 待て。後ろにいるのは誰だ!?」
ゲモスが部下の背後に立っている俺に気づいた。
「お初にお目にかかる、ゲモス殿。少し『友人として』話が聞きたい」
「あぁん? 何言ってやがる。テメェみたいな奴をダチに持ったこたぁねぇ!」
む?
初級魔法だから有り得ない話じゃないが、意志力は高そうに見えないし……魅了完全耐性のアイテムを装備しているのか?
「何だ、その格好。テメェ、暗黒魔導士か?」
暗黒魔導士扱いも流石に慣れてきたな。
「そうだと言ったら?」
こうしたやりとりの間にもより上位の魅了魔法を発動してみたが、やはりレジストされる。
戦士系には精神系魔法が通りやすいのだが、それだけにベテランほど対策する。
どうやらゲモスは重戦士としてそれなりの使い手のようだ。
「まあ、なんだろうと関係ねぇ。俺たちの存在を知られたからにはブチ殺させてもらうぜぇ!」
リーダーであれば現在の状況をよく見るべきだと思うのだが、ゲモスは
「そいつはいけねぇぜ、リーダー!」
「いくらゲモスの兄貴といえど!」
「あっしの友達をやらせるわけにはいきやせんからねえ!」
「なっ、テメェら!?」
傭兵たちがゲモスの行く手を阻むように動く。
魅了された者は可能な範囲で術者を守ろうとする。
部下が魅了されている可能性を想定せずに突撃すれば、当然こうなるわけだが。
「テメェら、邪魔すんじゃねえ! 【ブランディッシュ】!」
なんとゲモスは
仲間ごと俺を
どうやら細かいことは一切考えない性格らしい。
「思い切りの良さは評価するが、それは愚策だ」
ゲモスの攻撃に合わせて指を打ち鳴らす。
俺が発動させたのは
「よっと!」
「ぬおっ!?」
傭兵のひとりが盾でゲモスの攻撃を完璧に受け止めた。
本来であれば【ブランディッシュ】の効果で横薙ぎの衝撃波が俺を含めた全員を襲うのだが、攻撃を受ける最初の一人目がノーダメージだと衝撃波は発生しない。
俺が想定していたよりもゲモスの攻撃力が低かったようだ。
「んなバカなっ!? テメェみたいな雑魚に俺の戦技を止められるはずがねえ! 【デストロイ・スマッシュ!】」
ゲモスが武器の破壊力を脅威的なレベルで向上させる戦技を発動させ、盾持ちの傭兵に向かって両手斧を大上段に構える。
「
今度は敢えて呪文名を唱えて発動。
ゲモス渾身の振り下ろしも盾持ちの傭兵によって完全に止められた。
「魔導士、テメェの仕業か!」
ゲモスがこちらをギロリと睨んでくる。
暗黒魔導士だと思われているから神官の魔法を使って動揺させるつもりだったのだが、まるで効果なし。部下が魅了されている想定をしなかったことといい、あまりにも魔法の知識がおそろかだ。
この分では耐性アイテムもアドバルあたりからの
「底は見えたな。終わりにしよう。
ゲモスを除く傭兵たちに
「うっほ!」
「なんだこりゃ!」
「力が湧いてくるぅ!」
「ゲモスを適当に痛めつけてやれ。念のために言っておくが、殺すなよ」
一様に歓喜する傭兵たちに向かって指示を飛ばす。
「へへへ、そういうことなら日頃の恨みを晴らさせてもらうぜ!」
「いつもいつも
「俺たちの受けてきた痛みを教えてやる!」
思っていたよりノリノリの傭兵たちににじり寄られたゲモスが思わず
「ま、待てテメェら! 俺を裏切るつもりか!」
「ふざけんな!」
「今更、何を言ってやがる!」
「殺す気で攻撃してきやがって!」
さて、今回の
『はじまりの旅団』にいた頃はセイエレムに「下衆の極みです!」と大反対されて使えなかったが……。
「やっぱり敵を味方にするのは効率がいい。いったい何がいけないのやら……」
傭兵たちにボコボコにされるゲモスを眺めながら、ここ数年の疑問に首をひねるのだった。