俺はヴァンパイアロードを消滅させてからふと気づく。
「あ、消滅させちゃったけど、良かったか?」
「それは、構わないであります」
「なら、よかった」
シアは深々と頭を下げた。
「ロックさん。ありがとうであります。これで一族の汚名をそそげたでありますよ」
「あ、メダルも切り裂いてしまったが、よかったのか?」
「分裂していても、大丈夫でありますよ」
「そうか」
「呪いまで払ってもらえて、助かったであります。解呪するのがとても大変でありますからな」
「随分と呪いが溜まっていたな。厄介なものを体に埋め込んでいたものだ」
溜まっていた呪いの量は尋常ではなかった。
あれだけ呪いを溜めても、まだ次元の狭間を開くには至らないのか。
「昏き者どもの神って、どのくらい強いんだ?」
「わからないであります。でも、魔神王より強いのは確かでありますよ。魔神王が尖兵でありますからね」
「それは恐ろしいな」
「だからこそ、召喚させないようにするしかないであります」
もし、この世に昏き者どもの神があらわれたら、どうなるのか。
俺やエリックたちが力を合わせて倒せなかったとしても、まったく不思議ではない。
幸運が重なって無事に倒せたとしても、大きな被害が出るのは確実だろう。
「確かに未然に召喚を防ぐのが一番だな」
そういって、シアを見ると、とても真剣な顔をしていた。
じっと俺の顔を見ている。
「どうした?」
「ロックさん……さっき、ヴァンパイアロードが、その剣のことを魔神王の剣と言っていたであります」
「……そうだっけ?」
とりあえず、誤魔化してみた。だが、シアはじっと見てくる。
後ろを向いてみた。回り込んでくる。
「はっきりと聞いたでありますよ」
「聞き間違いでは?」
「獣人は耳もいいであります。絶対に聞いたであります」
ものすごく怪しまれている。
問題は、なにを怪しまれているかだ。
貨幣単位にもなったラック本人かと怪しまれているのか。
それとも、なぜ魔神王の剣を持っているのか怪しまれているのか。
そのどちらを怪しんでいるかで対応が変わる。
俺が一生懸命考えていると、シアが「はぁ」とため息をついた。
「まあ、いいであります。言いたくないことは誰しもあるでありますからね」
「そ、そうだな」
「とりあえず、隠れているゴブリンどもを倒すでありますよ」
ヴァンパイアロードを倒しに来たというのに、シアはゴブリンにまで気を遣う。
殊勝な心掛けである。
たまに、強敵を倒した後、雑魚は放置して帰る冒険者がいるのだ。
その場合、生き残った雑魚どもが近くの村に押し寄せる可能性がある。
結果として、少なくない被害が出ることも珍しくない。
たとえ、雑魚の魔物であっても、近隣の村落にとっては脅威なのだ。
「そうだな、ゴブリンは皆殺しにしないとな」
「はい。手分けして倒していくでありますよ」
そういって、シアは鼻をクンクンとならす。
「獣人は嗅覚も鋭いでありますからね」
「それは便利だな」
「ふへへ」
照れたのか、シアは変な声で笑う。
「シアの職業は戦士か?」
「そうでありますよ」
「鼻と耳がいいならスカウトも向いていそうだが……」
「もちろん、第二職業はスカウトでありますよー」
戦士とスカウトという組み合わせはとても便利だ。
パーティーでもソロでも、大活躍できる。
シアの鋭い嗅覚のおかげで、隠れているゴブリンたちを順調に仕留めていった。
坑道の奥の方に、より強いゴブリンがいる傾向があるようだ。
ゴブリンロードはいなかったが、ホブゴブリンなどはいた。
10匹ほどゴブリンを倒して、シアは言う。
「もう近くにゴブリンはいなさそうであります」
「臭いでわかるのか?」
「もちろんであります」
「素晴らしい」
それから、討ち漏らしがないか再び確認してから戻ることにする。
「一応、道中でもゴブリンがいないか注意しながら戻るでありますよ」
「そうだな。俺も注意しておこう」
シアが鼻をひくひくさせながら言う。
「ラックさん、ところでアリオさんたちは、大丈夫でありますかね?」
「大丈夫だろう。アリオたちはFランクにしては慎重で優秀だったし」
「……」
シアが急に黙った。じっとこちらを見てくる。
「どうした?」
「いま、あたしはロックさんではなく、ラックさんに尋ねたでありますよ」
「…………」
言葉に詰まった。何とかして誤魔化さなくては。
シアがうんうんとうなずきながら言う。
「確かに改めてみたら、ロックさんは、英雄ラックの像に似ているでありますな」
「に、似てないだろ」
「いえ、似ているでありますよ!」
どこをどう見たら似ているというのだろうか。
あの像ほどイケメンではない。ゴランたちもそれは認めていた。
「やはり、ロックさんは、英雄ラックだったのでありますね」
「いや……」
「もう、隠さなくていいでありますよ。魔神王の剣を持っている時点で、英雄ラック本人以外にあり得ないでありますよ」
「なんというか……」
「わかっているでありますよ。事情があって隠しているでありますね? ラックさんは恩人でありますから、秘密にするであります」
シアは信じ切ってしまった。
事ここに至っては、認めて改めて口止めしたほうがいい。
「仕方がない。認めよう。俺がラックだ」
「……でありますよね」
シアは「今更なにを?」と言いたげな顔をしている。
「だが、事情があって、正体を隠していて……」
「それも、わかっているでありますよ。命にかえても、秘密は守るであります」
「いや、そこまで強い決意で守らなくてもいいけど」
命をかけるような秘密ではない。
シアには命が懸かっているなら、いや、そこまでいかなくても困ったらばらしていい。
そう、はっきりと言っておいた。