首だけになっても、ヴァンパイアハイロードは息絶える気配がない。
俺を睨みつけている。
「さて、どうするか」
「お主らの好きにすればよいであろう」
ハイロードは全く怯えていない。
そこに剣を拾ってきたシアが来る。
「シア。とりあえず、殺しておくか」
「尋問などしなくてもいいでありますか?」
「万一にも、逃げられるわけにはいかん。それに、ゴランたちの加勢に向かわねばならないしな」
「了解であります」
俺はハイロードに魔神王の剣を振りかざす。
今まさに振り下ろそうとしたとき、
「ちょっと待て!」
「気が早すぎるぞ。ラック」
後ろからゴランとエリックが部屋にやってきた。
「お二人ともご無事でありましたか!」
「ココゥ!」
シアとゲルベルガはとても嬉しそうだ。
俺も安心して、剣をおろす。
「早かったな」
「ラックたちこそ早すぎるぞ。加勢しようと急いで駆けつけたら、もうとどめを刺そうとしているんだからな」
「ゴラン。我らも修行が足りぬかもしれぬな」
「ちげえねえな」
そんなことを言って互いに笑いあっている。
「そっちはロード5体だろ。ハイロード1体を相手にするのと大して変わらないだろ」
「それはないぞ」
「ああ、それはないであろうな。ハイロードの方が厄介なのは間違いなかろう」
ゴランとエリックは断言する。
たしかに、少しはハイロードの方が厄介かもしれない。
だが言うほど差はないと俺は思う。
ゴランとエリックは、少し離れた位置からハイロードの首を検分する。
「で、こいつがヴァンパイアハイロードか」
「首だけになっても、依然として禍々しい魔力が強大であるな」
ハイロードがエリックを見て、少し微笑んだ。
「そうか。勇者陛下自らお出ましか。その上英雄ラックご本人か。尋常ならざる強さも納得せざるをえまい」
「随分と余裕であるな」
「こうなっては、我は消滅することが決まっておる。今更、狼狽えてなどやるものか」
さすがはヴァンパイアハイロードというべきか。
覚悟が決まっている。少し感心してしまった。
だからといって、油断はするまい。救援を待っているだけかもしれないのだ。
俺は感覚を研ぎ澄ませて、警戒する。
シアも同様の危険を感じたようだ。緊張している。耳がしきりに動いていた。
一方、ゴランは余裕の態度でハイロードと向き合う。
「で、ハイロードさんよ。少し聞きたいことがあるのだがな」
「そなたも我から情報を得られるとは思ってはおるまい」
「まぁな」
ゴランも少し困った様子だ。
だから、俺が尋ねる。
「おい。昏き神の加護とやらはお前が考えたのか?」
「ふふ……我はなにも言わぬぞ。精々、不安を抱えて暮らすがよい」
そして、ハイロードは何でもないことのように言う。
「お別れの時間が来たようだ」
その言葉の直後から、ハイロードは灰へと変わっていった。
魔力はまだ残っていた。つまり、自ら死を選んだのだ。
あらかじめ、このような時に自らを消滅させるための術式を組んでいたのだろう。
後には、メダルと魔石が残された。メダルにはほとんど呪いが溜まっていなかった。
エリックが深刻な表情で言う。
「ラック。昏き神の加護とはなんであるか?」
「それはだな……」
俺は破壊したコアのもとに行く。
見たことのない水晶のような不思議な素材だ。大きさは人間の五歳児ぐらいの大きさだ。
俺は砕かれたコアを見せながら、エリックとゴランに説明した。
王都に張られている神の加護の昏き神版。
それは強い人族ほど苦痛を覚え思うように活動できなくなる結界だ。
説明を聞いて、エリックとゴランは息をのんだ。
「恐ろしいな」
「そんなものをダンジョンに張られたら、冒険者が全滅するぞ」
「昏き神の加護とは、恐ろしいものがあったものでありますな」
「確かに。驚かされた」
一瞬、負けるかとも思わされた。
「昏き者どもが、この加護を自在に使えるようになれば恐ろしいことであります」
「いや、使用に制約はあるだろう」
「そうなのでありますか?」
「制約がないのなら最初から使っているだろうしな」
「それもそうでありますね」
「ラック。制約にはどのようなものが考えられるであろうか?」
「そうだな。まず範囲が狭い。エリックたちは気付かなかったのだろう?」
エリックとゴランは頷いた。
「それに数が少ない。これまで倒したロードが誰も使わなかった。ロードですら持っていないということだ」
「作るのが難しいのであろうか?」
「もちろんその可能性もある。もしくは素材が非常に珍しいか。その両方の可能性もあるな」
エリックたちは少し安心したように見えた。
「そして、ハイロードのメダル。呪いが溜まってない」
「ふむ? 確かにそうであるな。先程倒したロードどものメダルの方がはるかに禍々しい」
「恐らく昏き神の加護を発動するには、ハイロードが溜めこんだ呪いを全部吐き出す必要があったんだろう」
「元から溜まっていなかったという可能性はないでありますか?」
「考えにくい。人を殺し、血を吸うほど呪いは溜まる。そして、ヴァンパイアは長い間、血を吸わねば力が落ちる。吸わないはずがない」
「ふむ、なるほどであります」
「それに、使ったタイミングだ。ゲルベルガさまに気づいて初めて使っただろう?」
「確かに。そうでありましたね」
「ゲルベルガさまの血を吸えば、一気に呪いが溜まる。ならば、これまで溜め込んだ分を吐き出しても問題ない。そう考えたのだろう」
「ココゥ!」
ゲルベルガは俺の胸あての内側で、小さく鳴いた。
「とりあえず、詳しく調べる必要があるようだな」
そういって、ゴランとエリックが、魔法の鞄に部屋の中にあるものを放り込んでいく。
魔法の鞄は、魔法で容量を拡大した便利な鞄だ。
重さが変わらないとか、状態を保存するなどの機能が付いたものもある。
俺も昔は持っていたが、魔神との十年の戦いで失くしてしまった。
「魔法の鞄はやっぱり便利だな。俺もまた手に入れるか」
そんなことをつぶやいた時、ゴランが振り返った。
「ラック。あれはなんだ?」
「あっ」
「忘れていたであります」
ゴランの指さす先には檻に入った巨大な狼がいた。