謎の女がこちらを向くと、ゲルベルガの震えが激しくなる。
「コココココココ」
「落ち着くんだ。別に幽霊じゃなさそうだぞ」
「ココッ?」
宙に浮いているように見えたのは、縄で足をつられているからだ。
さかさまで宙に浮いていたため気づきにくかったが、とても小柄な少女だ。
「た、たすけておくれ! 痛いんだよ!」
「それはいいが……。こんなところで、何やってるんだ?」
俺は縄を剣で斬って解放してやった。
「お兄さん、ありがとう。助かったよ」
「ロックさん。これは泥棒ですね。捕まえないと」
「泥棒かはともかく、勝手に侵入したのは犯罪だ。それは間違いないな」
「ココッ!」
ゲルベルガが強い調子で鳴いた。
さんざん脅された被害者として厳罰を望むという表明だろう。
「ご、ごめんなさい。おれここが空き家だと思ってて……」
「空き家でも勝手に入ったら犯罪だぞ」
「そ、そうなのかい?」
「ココッ!」
ゲルベルガが鳴いて、ルッチラがうなずく。
「ゲルベルガさまも、許せないと仰せだぞ!」
「ひい、ゲルベルガさま、ごめんよ!」
少女は土下座をしている。
「ココゥ……」
ゲルベルガはひとまず静かになった。
心優しいニワトリなので、少女が可愛そうになったのかもしれない。
「で、お前はここで何してるんだ? ちなみに俺はここの家主のロックだ」
「ぼくはルッチラだぞ」
ルッチラが胸を張って言う。
「お、おれはミルカっていうんだ」
それからミルカは頭を下げる。
「ごめんなさい! おれ、この家が空き家だと思ってて。ここで眠らせてもらいたくて……」
「家はないのか?」
「……ない」
「家族は?」
「父さんと母さんはだいぶ前に死んだ。じいちゃんがいたけど、この前死んじゃった」
「そうか。住んでいた家はどうなったんだ?」
「じいちゃん、おれを育てるために借金してたみたいで……」
「なるほど。それは大変だったな」
借金のかたに取り上げられたのだろう。奴隷にならずに済んだだけでも幸運だ。
「もしかして、奴隷にされそうになって逃げて来たのか?」
「いや、それは大丈夫だった」
俺たちの会話を聞いていたルッチラが言う。
「エリックさまが奴隷売買を禁止したおかげですね。10年前、いや8年前だったら確実に奴隷にされてましたよ」
「そうなのか。もう奴隷売買は禁止されているのか」
「はい」
エリックは良き王らしい。
無駄な俺の像作ったり、貨幣単位をラックにしただけではないようだ。
王としてのエリックも見直さなければなるまい。
「家がなくなったから、屋根のある所を探していて……」
「ここを見つけたってことか」
「うん、だけど罠があったみたいで、あのざまさ」
前の住人である男爵がトラップを仕掛けていたのかもしれない。
男爵は何を考えてトラップを仕掛けたのだろうか。よくわからない。
そんなことを俺が考えていると、ルッチラがつぶやいた。
「かわいそうに……」
「ココゥ」
ルッチラが涙ぐんでいた。
ゲルベルガも、小さな声で鳴く。かわいそうだと思っているのだろう。
ルッチラも一族が滅んで天涯孤独になった身だ。
感情移入してしまったに違いない。
「ロックさん。ミルカを官憲に突き出さないであげてください」
「コッコ!」
「それはいいが……」
ルッチラもゲルベルガも人がいい。
俺は、もう少しミルカの事情を調べてから処遇を決めたほうがいいと思う。
ミルカはルッチラたちの言葉に感激したようだ。
「とてもお優しい旦那様方だ。ありがたいありがたい」
ルッチラの手を取って何度も頭を下げていた。
「事情は分かったが、ミルカ。どこから入ったんだ?」
「えっと、あっちのほうだ」
ミルカが指さす方向には細くて小さな通路があった。
「こんな通路があったんだな」
「知りませんでした。というか地下室自体に気づきませんでした」
「俺が気づくべきだったな。すまない」
「そんな、謝らないでください!」
「ココゥ!」
ルッチラとゲルベルガは、優しいことを言ってくれる。
だが、俺はあろうことか、新居に入って間取りや日当たりなどに気をとられていた。
家具の使い勝手など、調べる暇がどこにあっただろう。
それらはすべて後回しにすべきだった。
新居に入って、真っ先にするべきことは隠し扉や隠し通路、罠などの確認だ。
10年戦い続けたせいで、スカウト技能がなまっていたと言わざるを得ない。
魔神と戦いすぎて、戦闘以外の冒険の心得がおろそかになっていた。
ダンジョンではないとはいえ、気を抜きすぎていた。反省しなければなるまい。
俺は気を取り直して、ミルカに尋ねる。
「で、ここはどこに繋がっているんだ?」
「えっと、下水道だぞ」
「なるほど。とりあえず行ってみるか」
「そうですね。ふさぐ必要もあるでしょうし……」
「ココ」
俺たちはその細い通路を進むことにした。
歩きながらルッチラが言う。
「何のための通路なんでしょうか?」
「もしもの時の逃げ道ってのが一番あり得そうだけど……。王族ならともかく男爵が逃げる必要ってあるかな」
「ですよね……」
しばらく歩くと下水の臭いが漂ってきた。
「臭いですね……」
「コゥ」
「どちらにしろ、ふさがないとまずいな」
そして、ミルカが足を止める。
「おれはここから入ってきたんだ」
「確かに下水道ですね……」
「だが、これって崩れてできた穴って感じだな」
「そういわれたら、ロックさんの言う通りですね」
秘密通路の製作者が意図した出口ではなさそうだ。
男爵家が断絶してから、秘密通路を管理するものがいなくなった。
それで、秘密通路の壁が崩れて下水道に繋がった。そんな感じだ。
「この穴は厳重にふさぐとして……別の、本来の通路もありそうだよな」
「そうなのかい?」
ミルカは首をかしげている。
俺はルッチラに
「あったぞ」
俺は崩れた岩壁の向こうに、秘密通路が続いているのを発見した。