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51 徒弟というシステム

 ミルカにとって、秘密通路はやっと見つけた安心できる寝床だったのだ。

 まだ子供だというのに苦労しすぎだ。


 エリックは善政を敷いているのは間違いない。

 だがエリックの福祉政策から、こぼれ落ちる者はどうしても出てしまう。

 その一人が、ミルカなのだ。


「エリック。頼みがあるんだがな」

「なんだ?」

「このミルカ、保護者が死んで、住んでた家も取り上げられてしまってな」

「……なんと」

「この通路で寝泊まりしていたんだ。だからふさいだら寝床がなくなってしまう」


 そこまで言ったとき、ミルカがエリックの手を取る。


「エリックのおっちゃん! 頼むよ! 入り口をふさがないでおくれ」

「まあ、まてミルカ。俺に任せておけ」

「わかったよ」


 ミルカは大人しく引き下がる。


「本題はここからなんだが……、エリック?」

「お、おっちゃん……」


 俺は話を続けようとしたのだが、エリックはショックを受けていた。

 おっちゃんと呼ばれたのは初めてだったのだろう。

 国王におっちゃんと呼びかける奴は滅多にいないので仕方がない。


「エリック、大丈夫か?」

「お、おう。なんだ?」

「このミルカなんだが、エリックの徒弟にしてやれないか?」


 王宮にはエリックの徒弟が二千人ほどいる。

 貧乏貴族の次男三男や、戦死した騎士の子供、それに親を亡くした子供たちだ。


 ミルカも親を亡くした子供なので、徒弟になる資格は充分ある。


「それは、まったく構わないぞ」

「おお、そうか。ミルカよかったな」

「だがな、ロック」

「む?」

「ロックの徒弟にすればいいではないか? 普通の貴族は数名の徒弟を抱えるものだぞ」

「ゴランは?」

「ゴランには徒弟が三人いる。いまは奥方の出張に付き添っているがな」

「そうだったのか」


 知らなかった。ゴランの妻が帰ってくれば、徒弟にも会えるに違いない。


「ちなみに、ルッチラはロックの徒弟ということになっているぞ」

「そ、そうなのか?」

「うむ。書類上な。家を与える際に色々手続きがあるだろう? その時にな」

「ぼくも知りませんでした」「ココゥ」


 ルッチラとゲルベルガも知らなかったようだ。


「ルッチラは俺の徒弟でいいのか?」

「とても光栄です!」「コッ!」

「それならいいのだが……」


 エリックが諭すように言う。


「ロックは貴族における徒弟の仕組みを知らないようだがな。徒弟は相続権の無い子供のようなものだ」

「そうなのか……」


 俺の知っている徒弟は、職人の親方のもとで、住み込みで働きながら修行するものだ。

 その徒弟も親方の相続権の無い子供みたいな扱いをうけているのは確かである。


 俺はミルカに直接聞いてみることにした。

 それが一番いいと思ったのだ。


「ミルカ、俺とエリックの徒弟、どっちがいい?」

「え? とてい?」

「勧めはしないが、両方断って、路上で暮らすこともできるが……。通路はふさぐぞ」

「とていってのになるとどうなるんだ?」

「家の中で仕事を手伝ったりする。俺とエリック、どちらの徒弟でも家で暮らせるし、ご飯にもありつける」

「それは嬉しいけど……どんな仕事があるんだい?」


 その問いに、エリックが答える。優しそうな口調だ。


「仕事は、色々あるぞ。侍従見習いとか騎士見習いが多いぞ」

「うちはそうだな。家の掃除とか」


 俺がそういうと、ミルカの目が輝いた。


「おれ、じじゅう? ってのはわからないけど、掃除ならできるぞ!」

「そうなのか?」

「じいちゃんが生きていたころ、家の掃除もしてたし、近所の家の煙突掃除とかもしてたんだ!」

「それは心強い。じゃあ。うちにこい」


 俺がそういうと、ミルカは嬉しそうに笑った。

 だが、すぐに不安そうになる。


「でも、本当にいいのかい?」

「構わん。だが、最初の仕事は掃除ではなく通路の補強の手伝いだけどな」

「まかせておくれ!」


 話がまとまったとき、寝室の方から声がした。


「あなた。そんなところで、なにをしていらっしゃるの?」


 エリックの奥方、レフィの声だ。

 俺たちの会話で起きたのかもしれない。


「ま、まずい。ロック隠れてくれ」

「え。なぜだ? 折角だし挨拶するぞ?」

「いや、今のあいつは、ほぼ全裸だ」

「あ、はい」


 そう言われたら、挨拶どころではない。

 俺たちは急いで通路に戻った。


「じゃあ、エリック。夜も遅いし、とりあえず下水道だけふさいで家に帰るぞ。明日また来る」

「頼んだ」


 それから魔法を使って素早く岩を積み上げて、壁を作り上げる。

 ほぼ同時に、エリックの声が聞こえてきた。


「レフィ、またそのような格好を。病み上がりだというのに。また風邪をひくぞ」

「あなたこそ、急にどうされたの? なかなか戻ってこられないし」

「いや、なに。ちょっとな」

「話し声が聞こえたような……」

「気のせいではないか?」

「そんなことはないと思うのだけど。お客様ね? ぜひご挨拶したいわ」

「もし、仮に誰かがいたとしても、その恰好ではまずいだろう」

「……なぜかしら?」

「なぜって……」


 そういえば、レフィは昔から自分の格好に頓着しないタイプだった。

 レフィがよくても、こっちが困る。

 高貴なものは裸を見せることを恥ずかしがらないとは聞く。

 もしかしたら、レフィもそうなのかもしれない。


 俺はともかく、ルッチラなど壁向こうを想像したのか、顔が真っ赤である。


 この場で、エリックとレフィの夫婦の会話を聞いているのも良くないだろう。

 俺は壁に防御魔法をかけると、歩き出す。


「とりあえず、通路をふさぎに行くぞ」

「あっ、はい」

「任せておくれ」


 俺たちは通路の穴をふさぐために移動を開始した。

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