ミルカとガルヴの対面が終わった頃、ゴランが部屋から出てきた。
「なんか吠えていると思ったが……? お、その子は誰なんだ?」
「あとで朝食のときにでも話すよ」
「そうか」
そこにルッチラとゲルベルガが出てきた。
ルッチラの後ろをゲルベルガがとことこ歩いている。
家の中ではあまり抱えないのかもしれない。
ずっと抱えていたら、ゲルベルガが運動不足になるので、そのほうがいいのだろう。
「あ、ガルヴ起きたんだ」
「がう」
ルッチラは、ガルヴが熟睡して起きなかったことを知っている。
「物音がしたら、起きないとだめだぞー」
「がぅ……」
ルッチラに頭を撫でられながら、優しく諭され、ガルヴは耳をぺたんとさせる。
そんなガルヴにゲルベルガが近づいていく。
「ココッココッ!」
「がう……」
ゲルベルガにきつめに鳴かれて、ガルヴはますますしゅんとする。
言葉はわからないが、きっと叱られたのだろう。
「まあ、ガルヴ、あまり気をおとすな」
「がう」
俺がガルヴを励ましていると、ミルカが言う。
「ロックさん、掃除用具とかってどこにあるんだい?」
「ああ、そういえば、ないかもしれん」
「えっ、ないのかい?」
「昨日、引っ越したばかりだからな」
「そうなのか」
「あとで、掃除用具も買いに行こう」
「頼むぜ!」
ミルカは元気にそういった。
それから適当に朝ごはんを食べる。
料理人などいないので、昨日買った食べ物の残りとパンぐらいのものだ。
「うまい、うまい! めちゃくちゃうまいぞ!」
「それはよかった」
残り物の食事に、ミルカは感激していた。
俺は朝ごはんを食べながら、ゴランたちに事情を説明する。
ミルカの紹介と、秘密通路についてだ。
「王宮との間に秘密通路なぁ」
「警備が不安になるわね」
ゴラン親子は真剣な顔で心配していた。
「今日は急いで通路に空いた穴を補強して、通路全体も補強して、王宮側には通行できる扉をつける予定だ」
「扉?」
「選ばれたものしか通れない扉をな。いざというときに逃げ道があった方がいいだろ」
「たしかにな」
王族は秘密の逃げ道を持っているものだ。それは複数あった方がいいだろう。
大人しく聞いていた、シアが言う。
「ところで、男爵夫人はどうして罠を用意したのでありますかね?」
「ミルカが引っ掛かった奴か?」
「そうであります。王様と自分が通るだけの道にそんなの作るとは思えないであります」
「自分たち以外が通ることを警戒したんじゃないか」
「例えば誰でありますか?」
「そりゃ、先々代の王妃様だろ」
「なるほど……そういうものでありますか」
シアは真面目な顔でうなずいている。
国王たるもの、おそらく堂々と愛人を作っていたはずだ。
それでは王妃としては面白くない。
もしかしたら、屋敷での逢瀬の最中に王妃に乗り込まれたりしたのかもしれない。
それは男爵夫人としても国王としても面白くない。
だから、怪我しない程度に足止めする罠をつくったのだろう。
宙吊りにするのは屈辱を与えるためだ。
そうすれば、二度と、王妃は通路を通ろうとはしないだろうと考えたのかもしれない。
そんな俺の推測を話している間、ミルカは、
「うまい、うまい!」
がふがふ朝ごはんを食べていた。
そんなミルカを、セルリスが構っている。
「これも美味しいわよ?」
「ありがたいぜ」
「これも食べる?」
「いいのかい! ねーさん! いい奴だな! ありがとう」
「も、もっと食べる?」
セルリスは面倒を見るのが好きなようだ。
ねーさんと呼ばれて、嬉しそうにしている。
一方、ゴランがガルヴの頭を撫でる。
「そうか、ガルヴは起きれなかったか!」
「……がぅ」
「そう、気をおとすな。そのうち活躍する機会もあるぞ」
それを聞いていたシアが言う。
「ガルヴはまだ子狼でありますから、起きれなくても仕方ないでありますよ」
「がう?」
ガルヴは首をかしげている。
「こんなに大きいのに、子供なのか?」
思わず俺はシアに尋ねる。
ガルヴは小型の馬ぐらいの大きさだ。
「霊獣の狼はもっと大きいでありますよ」
「そうなのか」
「ガルヴは……おそらく十歳ぐらいでありますかね」
「犬で言うと生後何か月相当ぐらい?」
犬は大体一年で成犬になるのだ。霊獣狼はどのくらいで成狼になるのだろうか。
「犬で言えば、五か月ぐらいでありますよ。霊獣狼は成狼になるのに二十年以上かかるでありますからね」
「そうなのか。ガルヴは子狼だったか」
「がう!」
ガルヴは自分は一人前だと言いたげに、胸を張る。
成狼ぶりたい年頃なのだろう。
だが、昨夜の様子を見るに、成狼とは言えなそうだ。
「そうかそうか。ガルヴは可愛いな」
とりあえず、俺はガルヴの頭を撫でておいた。
朝ごはんを食べた後、シアは冒険者ギルドに行くことになった。
ちょうどいい依頼がないか探しに行くのだという。
「アリオとジョッシュによろしく頼む。人手がいるなら声をかけてくれって伝えてくれ」
「この家のことは、アリオたちに言っていいでありますか?」
「いいぞ。居候じゃなくなったからな」
「了解であります!」
ゴランも出勤した。
しばらく、通路の補強とか手伝いたいと言っていたが、セルリスに説教されたのだ。
そして、セルリスは我が家に残った。
「私は手伝うわ!」
「そうか。頼む」
それから俺たちは家を出て買い物に向かう。
壁を補強するための石材が必要なのだ。
エリックの寝室の隣に通じる壁につける扉も買っておきたい。
俺がゲルベルガを抱いて、家を出る。
ガルヴもしれっとついてきた。大きいので目立つ。
「石材売っているお店はあっちよ!」
セルリスは王都育ちなだけあって、詳しいようだ。
「おれが使う掃除用具も買って欲しいぞ」
「石材店の近くにあるから大丈夫よ」
「やったぜ!」
俺たちは楽しく王都の道を歩いて行った。